それ藪蛇じゃないですか?
さて、帰ってきたはいいが…
「この腕、どうしようか…」
俺は玄関先で自分の腕とにらめっこしていた。
「なんで俺はこれを保管してもらったのかをまずは考えないとな。」
意識を失う寸前、碌な考えが思い浮かぶとは思わないが…
「やっぱり、これ取り込むの?」
うわー、生理的にやだ。
男だからそんなもんないけど。
それでも倫理的に嫌だ。
「別の肉じゃダメなのか?」
幻想郷で食べるタンパク質は基本的に魚だが肉が皆無って訳でもない。
実際、鶏肉は結構出回ってるし結構値段が張るが牛肉も売っている。
「…そろそろ腹括りますか。」
幸い、ウジが湧いている様子はない。
本当にただ腐っているだけだな。
俺はスライムに化けると自分の腕を取り込んだ。
「うえぇ…美味しくないよぉ…」
味覚はないが脳が錯覚している。
そもそも腐っている物を食べられる奴なんて基本的にいない。
食べられる腐敗は発酵になるし…
自分の腕が完全に取り込まれるのってどのくらいかかるんだろうか?
色々考えているうちに腕はかなりの速さで溶けて俺の体内に収まった。
人間の姿に戻って腕を確認してみる。
「うーん…?」
腕が生えている様子がない…
「まさかこれ失敗!?」
だとするとこれ結構駄目じゃない!?
焦っていると無くなった腕が少しうずくのが感じた。
覗き込んでみると何か切断面がぴくぴくしている。
「ゆっくり生えてくる感じ?」
確かによく見てみれば気持ち肩の筋肉が出来ているような…
「マジでか…」
妖怪としての治癒力の高さに驚きながら俺は家に戻った。
「ただいま~…」
「おかえり…ってどうした!?やけに顔色悪いぞ!?」
「自分の腕食ったら誰だってそうなるでしょ…」
思い出しただけでも胃のあたりがキリキリしてくる。
「…飯は無しにしとくか?」
「悪い、それで頼む…寝る。」
ほっとけば吐きそうだ。
「…そういや小鈴は?」
悲鳴を上げる胃を抑えながら俺は訊く。
「小鈴は街に買い物に出たよ。」
「ひとりで買い物!?おぇぇ…」
「いいからお前は寝とけ。この場で吐かれるのが一番迷惑だ。」
「…りょ。」
段々と尻に敷かれつつあるのを感じながら俺はベッドに入った。
ぐったりとしたまま微睡みを楽しむ。
…胃の悲鳴がなければもっと気分が良かったんだろうけど。
そんなこんなで腕を取り込んだ初日は胃袋が一切の食事を拒否して終わった。
「…なんか、随分と大変だな。」
夜になって正邪たちもベッドに入ってきた。
「大丈夫そうか?」
「おう、腕はまだだが胃は回復したぞ。」
「ふぅ…よかったです…私の所為で腕を失ったらどうしようかと…」
「気にすんなよ。何度も言ってるだろ。」
「でも…」
「はいはい小鈴ちゃん。こいつが言ってるから気にしないの。それに――」
「正邪。」
幻想郷の核心に触れかけた気がする正邪を俺は止める。
「…あぁそうだったね。」
「なにがですか?」
「何でもないよ、おやすみ。」
そういうと正邪は俺にくっついて寝息を立て始めた。
小鈴は中々寝付けないのかごそごそと動いているのが掛け布団の動きで分かった。
「…小鈴。」
「なんでしょうか?」
正邪を起こさないように呼び掛けると小鈴はすぐに返事を返した。
「人の形をしているが俺達はあくまで妖怪だ。その所為でいろいろと隠すこともあるかもしれない。だから――」
「どうしても隠すような場所は突くなと?」
「そう言うこった。打草驚蛇して帰れない状況を作らせないという点でも俺たちはお前を守る必要がある。」
「それ藪蛇じゃないですか?」
「犬も歩けば棒に当たるともいうな。とにかく、だ――俺みたいになるなよ。」
「それはどういう――」
「おやすみ、小鈴。」
半ば強引に会話を打ち切って俺は眠る。
我ながらマズいことを教えた気がする。
小鈴ならば今の断片から俺が妖怪化した経緯も分かってしまうかもしれない。
たしかに元は人間だったが、今の俺は妖怪側だ。
すこし、小鈴との距離を考えなおさないといけないな。
だがそれよりも今はこの腕だ。
俺は正邪のぬくもりを感じながらうとうとと眠りに落ちた。




