…何この手紙。
地霊殿に手紙を届けてから3日目。
俺は扉をノックする音で目を覚ました。
「誰だこんな時間に…」
俺は重い瞼を擦りながら横開きの玄関の扉を開ける。
「…悪いね。起こしちまったかい?」
扉を開けるとお燐が手紙を持って立っていた。
「今までの朝の中で2番目くらいにいきなりな朝。」
「なら大丈夫だな。ほれこれ。」
そういってお燐は俺に手紙を押し付けた。
「これは?」
「鈴奈庵のご主人から。見つかっちまってね。」
「ザルな警戒だな。」
「ほっとけ。それじゃ、もうあたいを手紙の運搬屋にするんじゃないよ。」
そういってお燐は扉を閉めた。
「…お疲れ様。」
俺は眼を擦ると囲炉裏端に座って火を起こした。
暖かい炎のおかげで手紙が読めそうな明るさにはなった。
『猫辰 鬼人正邪 様』って書いてあるし別に開けても問題はないか。
俺は封を破ると手紙を広げた。
―――――
猫辰様、及び鬼人正邪様へ
拝啓
いかがお過ごしでしょうか。
貸本屋鈴奈庵の店主、本居と申します。
お手紙をいただき妻共々安堵の息を吐いている最中、この手紙を書かせて頂いております。
まずはご報告の手紙をありがとうございます。
こちらとしても、娘が急に居なくなったことによる不安で眠れぬ夜を過ごすのではとハラハラしていました。
地底にいる事にも驚きですが里を守っていただいた猫辰様が付いて頂けるのであればこれ以上心強いこともありません。
まことに勝手なお願いであることは重々承知ですが1ヶ月の間、娘をよろしくお願いいたします。
小鈴への手紙は罰則を兼ねて書かないことにしました。
しかし私が心配して怒っていたことを伝えて頂けると助かります。
また、好奇心旺盛な娘の事ですから猫辰様にいくらか無茶を振ることもあるかと思われます。
そのため、無理なことは「無理」とはっきり言い放ってください。
他にも書きたいことは数多くありますが、紙の都合上これにて締めくくらせて頂きます。
敬具
―――――
「…何だこの手紙。」
手紙を読み終えた俺は思わずつぶやいた。
「えぇ…」
いくつかツッコミどころがある。
うん、まずなんで返信したの?
ただの報告だけでここまで律義な返事が来るとは思わなかった。
それこそ、紙切れ1枚くらいかと思っていたらまさかこんな丁寧な返事が来るとは…
そして紙の質感がすごくいい奴。
多分高級紙だよね?
次になんで連れ戻そうとしないの?
普通ならあんな手紙書いても小鈴が拉致されたとか思って霊夢さんに依頼しそうなのに何でこんなに信用されてるの?
続いて、鈴奈庵の店主名前なんていうの?
実際に敬具の後に書くはずの名前もないし、名乗るべきところでも本居としか書いていない。
…本当に考えれば考えるだけよく分からない手紙だ。
「何か頭痛くなってきた…」
俺は額に手を当てて熱がないか確認する。
うん、平熱。
ため息を吐いて重い腰を持ち上げる。
小鈴のあの性格は間違いなくお父さんからもらったに違いない。
とその時、正邪が居間に入ってきた。
「おはよう、正邪。」
「…おはよ。」
どこかむすっとした表情で正邪は俺を見ている。
「どうかしたか?」
「…起きても布団にいなかったからな。」
「あぁ、すまん。お燐から手紙をもらってた。」
そういって俺は手紙をぴらぴらと見せる。
「小鈴ちゃんのご両親から。」
「へぇ。」
そういって正邪は手紙を受け取ると目を走らせ始めた。
やがて最後まで読み終わったのか頭に手を当てる。
「…何この手紙。」
「だよねぇ…」
「それに私に向けてじゃなくてお前に向けてだし。」
「そうか? たしかに1人に向けて言ってるように見えなくもないが…」
「別に気にしてねーよ。天邪鬼なんて普通は忌み嫌われてる存在だからな。」
そういって正邪は手紙を付き返す。
「…正邪。」
「なんだ?」
「ほれ、ここ。」
俺は自分の膝を叩く。
「なッ! 別に私は…」
「俺の気分だからな。」
「ったく…分かったよ。」
そういって正邪は俺の膝の上に頭を乗せる。
「周りがどう思おうと俺は正邪の事信じてるよ。」
「そこは…いや何でもない。」
「そうか?」
「あぁそうさ。」
しばらく沈黙が続く。
その間俺は正邪の頭をゆっくりと撫でていた。
「それでもちょっと…胸糞悪いな。」
「珍しいね。」
「別に珍しくなんてないさ。これが本来の私だ。」
「そっか。」
「こんな私は嫌いか?」
「別に嫌いじゃないよ。その反対。そっちのが正邪らしいなって思う。」
「…褒めても何も出ないぞ。」
「分かってるよ。」
しばらくそうしてるととたとたと軽い足音がした。
「んぁ…」
居間に小鈴が顔を見せる。
「あっ、おはようございま…お楽しみの最中でしたか!?ごめんなさ…」
『絶対に違うから!』
俺と正邪の声が居間に響き渡った。
それから誤解が溶けたのはもう5分してからだった。
「あぁ、そうそう。そういえば鈴奈庵から手紙が返ってきたぞ。」
「帰ってこいって手紙ですか?」
「いや、1ヶ月娘の事をお願いします、だってさ。」
「そうですか! これでちゃんと調査が出来ますね!」
「ちなみに無茶な要求は断ってもいいというお達しもいただいてるぞ。」
「そっ、そんな事しませんよ~…」
目が泳いでる。
さては絶対何か企んでたな。
「んじゃ、朝ごはん作るか。」
「私も手伝います!」
「おう、あんとさん。正邪の仕事を奪わない程度に頑張ってくれ。」
「なんで私が使えない設定なんだよ!?」
「冗談だって。いつもの美味しいごはん期待してるぜ。」
「まったく、おだてりゃいいってもんじゃないだろ…」
そんなどうでもいい会話をしながら俺たちは料理を作るために重い腰を上げるのだった。




