大和撫子マジ強い…
気が付くと、街道に入っていた。
つまるところ…
「旧地獄街道。」
「その通り!」
人気のない旧地獄街道に大声が響く。
次の瞬間、上空から鬼が下駄を踏み鳴らして落下してきた。
「うぉッ!?」
慌てて飛び退き石のかけらを避ける。
「やぁやぁ我こそは! 大江山星熊童子、星熊 勇儀! 不敬な侵略者め! 今ここで鬼の名のもとに貴様を退治してくれよう!」
えぇ…
どうやら地底の下っ端を倒したことで俺は侵入者に認定されてしまったようだ。
…めんどくせぇ。
「やーやー我こそはー猫辰と申すー。星熊 勇儀よ、私は争いを目的とはしていない。この地底で静かに余生を過ごしたいだけなのだ。認めていただけまいか。」
なんとなく適当になったけどこちらに戦意はないことを伝えておく。
「ほう、ではこの地底で住むために試練を与えよう!」
うわ、勇儀さんの顔がすっげー意地悪そうな笑顔だ。
どちらにせよ、勇儀さんとは戦う運命だったようだ。
スペカも持たない私にあの三歩必殺を凌げと?
無理無理無理無理!
これが「無駄」だったらどれほどよかったことか。
しかしながら私が強化されたのは肉体であって弾幕ではないんだよな~。
「《鬼符「怪力乱神」》!」
そんなことを考えていると勇儀さんが弾幕を放ってきた。
えぇ~…
しょうがないから、本体に戻ると俺は弾幕を避けることのみに専念する。
だって弾幕が撃てない以上近接戦闘するしかないもん。
しかしながら、勇儀さんは星熊童子。
その戦闘力は言うまでもなく普通の鬼よりも強い。
う~ん、勝てるか心配になってきたぞ?
というか勝てる気がしない。
まあ、やれるところまでやってみますか。
まずはこのエグい量の弾幕を掃除しなくては。
何かいい奴はないかね?
弾幕を避けながら俺は考える。
一休さんみたいに木魚の音が聞こえてきそうだ。
…よし、なんとなく思いついた。
という訳でさっそく変化!
「なに!?」
勇儀さん、分かりやすい反応をありがとう。
「暴食。」
俺が化けたのはキリスト教で言う「七つの大罪」の1つ、「暴食」。
すなわち「ベルゼブブ」だ。
何処からともなく現れた大量の蠅によって弾幕が食い荒らされる。
「という訳で俺とお前の間に道というものが出来たわけだ。」
俺は蠅が開けてくれた道を高速で進み、鬼に化けて勇儀さんに拳を叩き込む。
勇儀さんはそれを腕でガードする。
硬ッ!?
殴ったこっちの腕が痺れる程硬いってどんだけだよ勇儀さん!?
「お前、面白い奴だな! 私が勝ったらお前を私の子分にしてやるよ!」
「悪いけどそれは遠慮したいな。こちらも平穏に暮らしたいだけなんでね!」
なんかどこかの殺人鬼みたいだけどまあいっか。
そのまま俺の望んでいた肉弾戦に入ったわけだが…
いかんせん勇儀さんが強い。
殴ってもこっちの腕が痛いし勇儀さんの攻撃はパンチだけで周りに旋風が巻き起こっている。
…チート的存在っすな。
さっきからこっちも色んな奴に化けて戦っているが勇儀さんより強い奴がいない。
俺の十八番の饕餮の恐怖ですら勇儀さんは耐えきって見せる始末だ。
大和撫子マジ強い…
唯一上回っているとしたらこちらの方が変則的な攻撃を出来るという点だ。
色んなものに化けて戦っているから勇儀さんはその変化について行けずに俺への攻撃は実際ほとんど届いていない。
という訳でお互いに決め手のない膠着状態の中腹を探りあっている状況だ。
「なぁお前! なんで最初に弾幕を展開しなかった?」
勇儀さんが拳を乱打しながら聞いてくる。
ちょいこっちが持たないかも。
俺は何とかその拳を捌きながら返事をする。
我ながらかなりレベルの高いことをやったと思う。
「弾幕が撃てないからだ!」
「ほう、そうか。それは悪かったな!」
そういうと勇儀さんはもっと攻撃の手を強めてきた。
「だったら肉弾戦で本気を出しても問題はないな!?」
疑問形で丁寧に疑問符までつけてくれてるけど答えはNO。
こんなん捌き切れません。
一旦距離を取って殴られるのを防ぐ。
勇儀さんは俺が弾幕が撃てないことが分かった所為か距離を取った俺に弾幕を打ってくるようなことはしてこなかった。
あっそうそう、ひとつ言い忘れてた。
勇儀さんの右手には「星熊盃」が乗っています。
つまりだ。
さっきの攻撃はすべて片手。
というより俺が一撃喰らわせた時もあれ左手で軽く捌いちゃってるからね?
いやー、無理。
よく「東方地霊殿」で霊夢は倒せたと思う。
素直に関心だ。
どうやって勝てっちゅーねん。
エセ関西弁で愚痴っていると勇儀さんはその盃をグイっと煽り、何処からか取り出した一升瓶を盃に空ける。
そういえば勇儀さんのあの戦闘スタイルって一部に出てくる波紋を使う男爵をモデルにしたんだろうな。
…よし、現実逃避終わり。
勝てる作戦を考えようか。
俺は勇儀さんの周りを高速で回りながら隙を伺う。
攻撃するとすれば盃を持っている右側か…
しかしここで勇儀さんは鬼の力に物を言わせて俺の時間稼ぎを容赦なく奪っていった。
「そんなにころころと回っていると目が回っちまうじゃないか!」
そういって片足を踏み鳴らした瞬間、周りの地面が砕け散った。
その衝撃は俺のところまで響き、体勢を崩されると同時に地面から飛び上がる岩の破片も避けないといけない。
…正直言って俺が戦ってきた敵の中では1番の強さを誇っている。
何より恐ろしいのは鬼の力の使い方と勇儀さんの体捌きだ。
どこをどう動かせば優位に立てるのか、どのタイミングで攻撃を仕掛ければいいのか、というのを熟知している。
さらにそこに鬼の力が加わって、攻撃するときはとんでもない破壊力が生まれる。
体勢を立て直していると勇儀さんが土煙の中から現れた。
「やっべ。」
そんなことを言う暇があったら避ければいいものを動けずに喰らう俺。
「ガッハ!」
腹を殴られた所為で息が出来ない。
よく一瞬息が止まったとかいうけど実際そんな甘い物じゃない。
息を吐くことが出来ても吸うのが非常に厄介なのだ。
「~~~~~っすうう!」
やっと息を吸えたときには勇儀さんの蹴りが目の前に迫っている状況だった。
本能的に頭を下げて蹴りを回避する。
俺は正邪に化けると一言呟く。
「リバース。」
「効くかぁ!」
正邪の能力すらも、圧倒的な怪力乱神にはかなわなかった。
そのまま拳を叩き込まれ地べたを這いつくばる。
「はははッ! 私の勝ちだ! さぁ、言った通り子分になってもらうよ!」
「……。」
俺はこの状況下で必死に頭を働かせていた。
どうすれば…どうすればこの状況を打破できる?
そして俺は1つの案にたどり着く。
我ながら命知らずな作戦だ。
だがそれしかない。
「ふふふ…ふふふふふ…」
俺は思わず笑ってしまった。
「ん? 何がおかしいんだい? 言ってみな。」
「いえ、勇儀さん。俺は…まだ戦えますよ。でも、これはかなり卑怯な戦い方になってしまうので鬼である勇儀さんは激怒してしまうでしょう。でも、これが俺の秘策でもあるんです。」
勇儀さんは怪訝そうに俺を見る。
「ほう…卑怯な戦い方、ねぇ。」
そうつぶやくと勇儀さんは考え始めた。
本当に決着がついてからだと俺の戦術で殺されかねないので出来ればあらかじめ了承を得ておきたい。
案の定、勇儀さんはすぐに俺の顔を見た。
「本当に、それはお前の秘策なのか?」
「えぇ。」
「…そうかい、まだ戦えるというのなら見せてみな!」
その言葉を待っていた。
「すいませんね!」
そういうと俺は化けた。
人類の進化を促し、今なお人類の生活を支え続ける偉大な存在に。
そう、「火」だ。
シンプルに強い。
「ウガァァァァァ!?」
勇儀さんは驚いたように叫ぶ。
この火は俺自身であり、俺のエネルギーそのものともいえる。
そして、火とは純粋なエネルギーの塊だ。
いくら叩いても簡単に消えることはない。
そんな厄介な火に化けた俺は勇儀さんの体を容赦なく焼く。
勇儀さんは俺を振り落とそうと体を暴れさせるがそんなもので振り落とされるほどやわじゃない。
そのとき、勇儀さんは走り出した。
とんでもないスピードで地面を砕きながら突き進む。
「なるほど、あんたの言うことはもっともだ! 力に化けちまえば私でも倒すことが出来ない! むしろ物体があるからこそ通用する『怪力乱神』だからこそ相性が悪い! でも、ここの土地勘はあんたよりもあるんだよ!」
そういうと勇儀さんは跳びあがった。
その着地地点にあるのは…温泉!
しまった!
暖かくても水は水、H2Oだ。
火の状態で入った俺は消滅することになる!
「ぐぅ!」
俺はまた化けることにした。
化けたのは水だ。
だが、ただの水じゃない。
地獄の絶対零度まで冷やし込んだ水だ。
勇儀さんが着水した瞬間、そのお湯は一瞬にして氷風呂へと変貌した。
「なぁぁぁにぃぃぃ!?」
突然の極寒に勇儀さんの体はショックを受け、思うように体は動かせない。
反対に俺は絶対零度まで冷やし込み、風呂のお湯を体の一部に取り込んだので最早ここは俺の独壇場だ。
更に思いっきり冷やした以上、勇儀さんの体は凍傷で腐ってしまう。
さすがにそこまで俺も鬼じゃないからな。
いや、鬼を殺しかけている今何をおっしゃいますかなんて言われたらそれまでだけど。
俺は勇儀さんの周りを水に変えて浴槽の外へ押し出す。
「これで俺の勝ちですよ、勇儀さん。卑怯な手なのであなたの勝ちとも取れますがね。」
びしょ濡れの勇儀さんはしばらくこっちを睨んでいた。
ちなみに俺の右手には星熊盃が乗っている。
中身はすっかり零れてしまったがいい記念にはなりそうだ。
「……。」
「……。」
両者でにらみ合いが続く。
「ガハハハッ! 参ったよ! 私の負けだ!」
勇儀さんは頭をガシガシと掻きながら負けを認めてくれた。
「ありがとうございます。」
俺は頭を下げると星熊盃を返杯した。
これで俺は晴れて自由を手に入れたのであった。




