三途の川で魂を洗いかけた私にまだ働けっていうのか?
5月28日、現在の夢創伝のストックは5つ。
対する竜人卿のストックは1つ。
あれ~?
饕餮。
全てを喰らう化け物。
中国神話の四凶の一匹。
俺と同じ「化ける程度の能力」を持ち、相手のもっとも恐れるものに化ける化け物。
そして、俺に小説の投稿という勇気をくれた化け物。
そいつに俺は化けた。
化けた瞬間、兵士どものもっとも恐れているものが手に取るように分かった。
さらにそいつに化ける。
キトラ。
キトラのもっとも信頼する兵士どものもっとも恐れるものはキトラだった。
キトラの能力で土を盛り上げて兵士を囲う。
これでどんなに兵士たちがあがこうが逃げられることはない。
檻の上に降り立ち中を覗き込む。
正邪の体は壁の上に安置した。
人の形をしているが、誰なのかを判別するのは不可能だ。
「…馬鹿野郎。」
そうつぶやくと檻の中に飛び込む。
猫辰の姿で戦車を真っ二つに切断する。
「グォォォォォォ!!!」
割れた戦車から5人の兵士たちが這い出して来る。
戦車の中に銃を持ち込んでおくべきだったな。
そんな余裕があればだが。
躊躇いなく5人に爪を振り下ろす。
いとも簡単に兵士たちは切断された。
キトラの竜たちが最後の抵抗とばかりに銃を撃ってくるが俺には通用しない。
俺の口からは静かにある言葉が放たれた。
「滅べ。」
尾を振って残った奴らを壁に叩きつける。
何人かは打ちどころが悪かったのかそのまま絶命した。
まだ生きてる奴はゆっくりと咀嚼して殺す。
悲鳴を上げて俺の鼻面にナイフを突き立てているがそんなもので死ぬほどこの体はやわじゃない。
「やめてくれぇ!」
俺は口を動かすのをやめた。
血が喉を潤す。
「ふふふ…やっと言うことを聞いたか。このけだも…」
俺はそれ以上言葉に耳を貸すのをやめた。
無言で飲み込む。
手に持っていたナイフごと胃袋に収める。
脱出を許すほど俺の体は大きくない。
身動きが取れないまま消化されてくれ。
土の壁を跳びあがって正邪の隣に行く。
「正邪…終わったよ。」
そういうと俺は人間の体に戻り、正邪の体についた黒い煤をそっとふき取る。
正邪のひきつった顔が煤の中から現れた。
「……。」
無言で正邪の瞼を下ろしひきつった顔を何とか無表情に戻す。
「覆水盆に返らず、だねぇ。」
後ろから声が聞こえる。
そこには三途の渡し守、小野塚 小町が鎌を担いでこちらを見下ろしていた。
「何の用?」
「別に。魂を回収しに来ただけさ。」
「正邪の魂は渡さない。」
次の瞬間、鎌の刃が俺の首の前に置かれていた。
「口に気をつけな、坊や。私をただのさぼり魔とは思わないことだ。」
「…俺の魂で正邪を見逃すことはできるか?」
「『地獄の沙汰も金次第』で解決できるとでも思ってるのかい?」
「だからこそ俺の魂で対価を支払う。」
しばしの沈黙。
ぶっちゃけ死ぬなら死神に頼むのもありかもしれない…
そんなことを考えていると鎌が退けられた。
「おもしろくないねぇ。興醒めだよ。そこの兵士たちだけを回収してあたいは帰るとしよう。」
そういうと小町は消えた。
「ふぅ…」
俺は再び饕餮に化ける。
さっきも言ったがこの化け物は俺に小説の投稿の背中を押してくれた方のキャラクターだ。
マイペースに、楽しそうに、生き生きと生きる饕餮に俺は心を打たれた。
だから、この力で俺は正邪を甦らせよう。
ゆっくりと正邪との思い出を振り返る。
初めて会ったのは寺子屋に襲撃をしてきた時。
あの時の正邪はからかいがいがあったなぁ…
次に会ったのは本当についさっき。
この戦場だ。
頼りになる戦力であり、心を開けた友だった。
本当に触れ合えた時間は短かったけどその一瞬一瞬を俺は憶えている。
俺は正邪に化ける。
「受けた恩は忘れない。お前が死ぬなら俺は生死をひっくり返してやる。」
そっと正邪の額に手を添える。
『《魂魄反転》』
俺の言葉が誰かと重なる。
ゆっくりと正邪の顔に赤みが差してきた。
「う、うぅ…」
「正邪!」
正邪が生きを吹き返す。
「なんでてめえがいるんだよ…サグメ。」
開口一番正邪の台詞がそれだった。
「同族のよしみだ。次はないと思え。」
後ろから不思議な雰囲気の声が聞こえる。
振り返ると白い片翼の天邪鬼、稀神 サグメがそこに立っていた。
「…ケッ!」
正邪が顔を背ける。
「余計なお世話だ。」
「そうか。お前の姿に化けたそいつが《魂魄反転》を唱えるのを補助していなければそいつは死んでたぞ。」
正邪が目を見開く。
「ッ!」
そんな危ない橋を俺はしれっと渡ってたのか…
初耳だ。
「なんでそんな危ない橋を渡ろうとしたんだよ!?」
正邪が慌てたように聞く。
「知らん。そんな危ないものだとは思わなかったしな。」
「ただでさえ危険な技の上、人の能力を借りてやっているんだ。そうではない方がおかしい。」
俺の回答にサグメは馬鹿にしたようにコメントを添えた。
やかましいわ。
「まったく…規格外というかなんというか。」
おかげで正邪からも呆れられた。
あれ~?
「まあ、生き返ってくれて良かった。お前さんも俺みたいなお人好しに着いて行くんじゃないぞ。」
正邪はため息を吐いたのち上体を起こして俺に手を差し伸ばした。
「えっと…なんだ…その…ありがとう…な。」
つっかえながらも正邪は顔を赤くして俺に感謝する。
「どういたしまして。」
俺はそれだけを返すと正邪の手を握った。
「さて、ここの洗浄は終わったんだ。次は何処をきれいにするんだ?」
笑いながら俺は言う。
その返事を正邪は返した。
「三途の川で魂を洗いかけた私にまだ働けっていうのか?」
その返事にサグメはくすっと笑う。
「上々。私も参加させてもらうとしよう。」
土壁の上で2人の天邪鬼と1匹の妖獣は互いを見つめあい笑った。




