じゃあ行こうよ。現実に。
一区切り付いていないのに新しい小説を投稿する阿呆がここに居た。
「これでよし、と。」
俺、寝起きのねこはキーボードに添えた手を離した。
小説を書く以外は普通の学生だ。
しかし、どうも上手くクラスに馴染めない。
「まぁ、いいけどさ。」
そう言って大きく背伸びをする。
骨がパキパキと心地良い音を立てていく。
時計を見ると6時半を過ぎていた。
「やっべ。もうお母さんが起きてくる時間じゃん。」
そういうと俺はパソコンの電源を落とそうと再びキーボードに指を添えようとした。
そこからだ。
俺の歯車が狂いだしたのは。
「ちょっと待って。」
後ろから声が聞こえた。
家族の誰の声でもない。
振り返るとそこには男が立っていた。
年は40〜50ぐらいだろうか。
緑のハンチング帽にフレームの厚いメガネをかけている。
何より目を引いたのはその上着で、ビールの絵と「BEER」と書かれた謎のロゴがが入っていた。
変な人だ。
直感で悟って逃げるべく席を立とうとした。
しかし、座面とお尻が一体になってしまったかのように動けなかった。
そんな俺には興味なしとばかりに男はパソコンの画面を覗き込む。
丁度「小説家になろう」の俺の東方二次創作である「東方竜人卿」が表示されていた。
「『東方竜人卿』か…面白い小説を書いているんだね。」
「…誰ですか?」
恐怖に怯える中ではそれが俺の出来る精一杯の行動だった。
「君のよく知っている人間だよ。」
そういうと男は座ったままの俺に手を差し出す。
俺は怪訝な顔をした。
細い指に独特の指凧がある。
キーボードを長い事いじっていないと普通は出来ない凧だ。
「君が思い描く世界って言うのは現実じゃない。」
「当たり前です。」
「じゃあ行こうよ。現実に。」
何言ってんだ、こいつ。
そう思ったのに何故か「1+1=2だ。」というなんとも当たり前な事を言われているような気もする。
「本当に連れて行ってくれるんですか?」
「あぁ、もちろん。」
自信に溢れた声に誘われて俺はその手を取る事にした。
男が微笑む。
ゆっくりと意識が手から零れ落ちる感覚がする。
「ようこそ、現実に。君に新しく名前をあげよう。『猫辰』だ。寝起きのねこが書いた竜人のユイで猫辰だ。」
面白いだろ、というように男は片眉をあげる。
それを最後に俺の意識は完全に手から滑り落ちた。
こいつも失踪しないように頑張ります。