心眼、これ即ち心の眼
『出来る人はもう始めてる! 心眼をマスターしてキミも未来をつかみ取ろう!!』
いつも通う塾のある駅。
そのホームから見えるビルに、そんなキャッチコピーの看板が掲げられていた。
ある日の、塾からの帰り道でのことだ。
僕は、レースクイーンが着るような少しだけ近未来っぽい服装の綺麗なお姉さんが、何かを配っているのに出くわした。
何を配っているのかは判らないけど、少しだけ興味があった僕はさりげなく近くを通ってみることにした。
その行為は駅に行く最短距離を歩いただけで、決してお姉さんの服装がお腹の辺りを露出したちょっと刺激的なものだったからではない。
「どうぞぉ。これどうぞぉぉ」
お姉さんはやる気があるのかないのか良くわからない声。
僕はお姉さんの出してきた手にあったそれを受け取る。それはチラシだった。
「あら? 僕、興味あるの?」
お姉さんは何故か僕に話しかけてくる。
「興味? いえ、特に」
僕は声を掛けられ立ち止まる。実際のところチラシには全く興味なかったが、声を掛けられ、何かを見透かされた気がした。
お姉さんが近い。何だか良い匂いもする。僕の心臓は高鳴った。
「――あ。このチラシの事じゃなくて、わ・た・し・に、よ?」
お姉さんは僕の興味の方向を確信でもしているかのように聞いてきた。
「ど、どうして、そう思うんですか?」
僕は図星を指されて動揺する。
「これ、これのおかげなのよ」
お姉さんはご機嫌な表情で、僕が手にしたチラシを指し示す。
僕はここで初めてチラシに目を通した。
それは駅で毎日のように見る『心眼教室』のチラシだった。
お姉さんは駅前の路上で熱心に語る。
『心眼教室に通ってから、人の心が見えるようになった』と。
だから、僕がチラシではなく彼女に興味を持っていると判ったのだ、と。
僕はお姉さんの話を聞いている内にだんだんと興味を持つようになっていた。
――『未来を見通す力』。
実際にそれを手にしたらどれだけ人生が変わるのだろう。
このお姉さんもその力を手に入れているのだ。そう考えたら、僕にも決して無理な事ではないように思えた。
気がつくと僕は『心眼教室』に通うようになっていた。
月謝は月二千円。中学生の僕のお小遣いでも何とかやりくり出来る金額なのは幸いだった。
通いだして何ヶ月かしたある日。
「では、目を閉じてください」
講師の合図で僕は目を閉じる。
「目の前が暗くなりましたね? 真っ暗なはずです。そして、イメージしてください。そのまぶたの先を」
僕は閉じられたまぶたの先をイメージする。しかし、真っ暗なままだ。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
更に強くイメージする。
ポウゥ。
漠然としたイメージだが、何かが浮かぶ。白い何かが。
「先生、何か白いものが見えた気がします」
僕は目を閉じたまま講師に伝える。
「そうですか。ここでは漠然としたイメージを『心眼』したので、そんな風に見えたのでしょう。もう、あなたは『心眼』を使って『未来を見通す』事が出来るようになったはずです」
そう話す先生の表情は穏やかなものだった。目を閉じている僕にもそれがわかったのだ。
こうして僕は『心眼』を手に入れた。
そして、それを使う機会がさっそくやって来た。
期末テストだ。最終日、一番苦手な英語のテストで実践する事に決める。
問題用紙が配られ、僕はざっくり目を通す。見るからに難しい問題だ。今までの僕ならすでに諦めているだろう。
しかし、今は違う。
そう、『心眼』を使うのだ。
僕は、おもむろに目を閉じた。
目の前の暗いまぶたの先。それをイメージする。問題の答えを、未来を『見通す』のだ。
僕は意識を集中する。
焦っては駄目だ。冷静に、心を落ち着けて、未来を見通すのだ。
それまで聞こえていた他の生徒たちの鉛筆を走らせる音が、いつの間にか聞こえなくなる。
……。
……。
徐々に何かがぼんやりと浮かび上がってくる。それはただの白いイメージではない。
僕は勝利を確信した。
僕の『未来を見通す力』が見せたもの。
それは、追試を受ける僕の姿だった。
そして、何かを思う猶予もなく、テストの終了を告げるチャイムが鳴った。
良くある話(短編的に)




