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5/水島くんかく語りき「ガールフレンドのいる俺とは」



「前原。激怒だったよなあ」


 メイン料理の山形牛を食べ終えてまだ余裕の水島くんは、追加オーダーをしたマグロのカルパッチョと、カマンベールチーズのフライを、サラダと共にもしゃもしゃ口にしている。見事なまでの喰いっぷりだ。


「カンカンだったよね」

 あの時は人生はじまって以来の大事だと慌てたけれど、今となっては懐かしい思いでだ。

 先生に同情だってできる。忙しい行事が終わり、やれやれと戻ってみれば、生徒は好き勝手に騒いでいる。そりゃあ雷のひとつも落としたくなるだろう。

 

 結果。

 わたし達三名は、そろって職員室前に立たされた。


 ※ ※ ※


 廊下に立つ木瀬くんは慣れた調子であった。

 伸ばした髪を切れと注意され、無視しては立たされていた。いわば木瀬くんは常習犯だ。けれど問題をおこした経験のないわたしと、優等生であった水島くんの顔は強張こわばっていた。


「俺の鉄壁てっぺきの内申書が……」

 水島くんが呆然と呟いていた。


 わたしは私立の女子校を第一目標にしていた。可もなく不可もなく。真ん中程度のわたしの成績で、はいれる高校だ。でも水島くんは市内トップの公立高校が第一希望だ。廊下に一度立たされるだけで、水島くんの内申書に傷がつくとは思えなかったけれど、この時期に気にする気持ちは分かる。

 わたしは、彼に申し訳なくて仕方なかった。


「ごめんね。水島くん、とばっちりで」

 わたしが謝ると、「いや」水島くんは頭を振った。


「俺もやりたくてしたんだ。いいんだ。成沢さんのせいじゃない」

「水島。おまえ男らしいぞ」

 木瀬くんが、すかさず茶化した。


「ガールフレンドのためだもんな。これくらい、いいってもんだよな」

「え?」

「え!」


 わたしは疑問符で、水島くんは感嘆符の違いはあれども、同時に短く叫んだ。

 職員室から出て来た他の学年の先生が、じろりと睨んでから足早に去って行く。わたしと水島くんは反射的に背筋を伸ばした。木瀬くんはだらけた姿勢のままだ。


 きっとさっきの一言は、この場をなごませる為の、木瀬くんなりの冗談だったのだろう。そういう事にしておこう。そう思って納得したのに。しばらくしてから水島くんが、小声で木瀬くんに声をかけた。


「木瀬」

「ナニ?」

「成沢さんは、その……ガールフレンドなのか?」


 随分赤い顔をしながら、恐る恐るといったていで、水島くんは木瀬くんに確認する。

 わたしはその内容に、改めてとびあがった。


「ガ、ガールフレンドお?」

 思わず素っ頓狂な声をあげた。

 ただしあくまで小声でだ。場所はわきまえていたし、これ以上目立つことは避けたかった。

 今だって部活に行く子や、帰宅組みの生徒がひっきりなしに通って行く。


「そうだろう」

 わたしの動揺など歯牙しがにもかけず、木瀬くんはしゃらりと言う。


「おんな友達なんだから、ガールフレンドだろ?」

「おおっ。そうか! そうだな! うん、そうだ」


 水島くんは喜色きしょくにじませた声で頷くと、

「俺に、ガールフレンドかあ……」ながいため息をもらした。


 わたしは変な汗がでる思いであった。

 木瀬くんはどこかずれている。そう思っていたけれど、本当にずれている。そして水島くんもずれている。

 わたしは速攻で訂正したかったけど、上手い言葉が見つからなかった。

「イヤだ」と言えば、水島くんが傷つくかもしれない。見たところ、かなり喜んでいる。


 わたしは特別ぶさいくというわけではない。そう思いたい。

 ただ特別かわいいわけでも。まあまあ可愛いわけでもなかった。中肉中背で、ごく平凡な容姿をしている。唯一褒められるものがあるとすれば、癖のないまっすぐの黒髪だ。それだって単に伸ばして、耳の下でふたつ結びにしているだけだ。

 同級生のなかにはアイプチで二重ふたえにしたり、色つきリップで精一杯のお洒落をしている子もいる。聖子ちゃんみたいな髪型の子だっている。そのなかでわたしは校則通りの髪型。校則通りの制服の着方。すごく普通のおんなの子だ。

 水島くんが感激して喜んでくれるのは、ある意味嬉しい。

 だからといって、「そうだね」と全面的に受け入れるのには抵抗がある。

 ガールフレンドとか。ボーイフレンドとか。そういうのは、もっと華やかなおんなの子たちの特権だ。

 どうしよう。なんて言えば良いのだろう。わたしがぐるぐると迷っているうちに、

「どうしよう、俺! どうする、俺?」

 水島くんは、一人で勝手に盛り上がっている。


 木瀬くんが「なにが、どうしたんだよ」と、律儀に尋ねる。

 大抵の男子は水島くんに語らせたがらないのに、木瀬くんは反対だ。水島くんの呟きに、木瀬くんは一々つっこむ。前々から感じていたのだが、どうやら水島くんの言動を面白がっているふしがある。

 

 水島くんはきっと顔をあげた。

「いや、だって俺の人生に、ガールフレンドの文字は絶対こないと思っていた。少なくとも大学までは、ないと確信していたんだ」

 変わった自説を、水島くんはとうとうと語った。


「……なんで大学なの?」

 思わず興味をひかれ、わたしは水島くんに尋ねた。すると善くぞ聞いてくれました、とばかりに水島くんは身を乗り出した。


「俺の父さん。会っただろう?」

「うん」

「ああ」

 木瀬くんと共に頷く。白衣を着た水島医師を、わたしは思い返した。

 木瀬くん相手に、わたしにはよく分からない音楽談義に盛り上がっていた。終いには「お昼食べちゃってください!」と、現れた奥さん(水島くんのお母さんだ。ちなみに水島くんは、お母さんには全然似ていない)に怒られていた。


「俺は父さん似なんだ」

「……うん」

「そうだな」

 遺憾いかんともしがたい事実ではあるが、水島家は恐ろしいほど似ている父息子おやこだった。お母さんに似ていたら、水島くんはもう少しスマートで格好良かったかもしれない。


「だろ? そして父さんは、さっぱりもてなかったらしい。おんなの子に告白される事もなく十代を終えたと、ばあちゃんに聞いてる。そして俺も幼稚園の頃から、身内以外からバレンタインのチョコをもらった覚えさえない」

「へえ」

 木瀬くんは相づちをうったが、わたしは無言を通した。下手な事を言うと、まずいような気がした。


「けど大学にはいった途端、父さんに声がかかった。教授からじゃないぞ。女性からだ。高齢のおばあちゃんとか、おばちゃんじゃないぞ。女子大生からだ。青天の霹靂へきれきで、父さんはその場から走って逃げ出したそうだ。俺にもよく分からないが、よほど気が動転したらしい。

 ともかく女性だ。なんでか分かるか? 医学部だったからだと俺は推測している。ちなみに父さんも同意見だ。つまり冴えない男が恋愛する為には、これって言う武器が必要なんだ。運動選手はモテるだろう? けど俺にはダメだ。最初から問題外だ。議論の余地もない。うちは代々運痴なんだ。なにせ父さんに至っては、十一歳まで自転車の補助輪を外せなかったらしい」


「うわっ。それは酷いな」

 木瀬くんが顔をしかめる。


「俺もそう思う。だから父さんは、とにかく必死で俺の自転車の練習に付き合ってくれた。親の恥を息子でそそいで欲しかった一心みたいだ。おかげで小二の時には、補助輪なしでなんとか乗れた。木瀬は?」

「五歳」

 なさけ容赦ようしゃない現実を、木瀬くんが口にする。


「補助輪なしだぞ。五歳でどうやったら乗れるんだ」

 不満そうに水島くんが口を尖らせた。


「俺、集合住宅に住んでいて、回りは年上ばっかりだったからなあ。補助輪あるとダセエ、ガキっぽいって言われて。チビなりに悔しくてさ。半日くらい練習したら乗れたぞ。成沢は?」

「一年生」


「まあ、フツーだな」

「うん」

 一年生の二学期だった点はふせておいた。いつ乗っても一年は一年だ。


 水島くんが小声で、「くそっ」と呟く。

 しかし次の瞬間には、さっさと話題を元に戻す。本当に切りかえが速い。


「まあ、ともかく。備わっている武器は各自で違うもんだ。父さんは医学部生という立場がそれだった。ただし大学時代も結局恋人はできなかった。母さんとは見合い結婚だ。それだって医者でなければ、できたか怪しかったと常々言っている。だから俺も四代目になる! 恋人を。将来的には結婚相手を得るためには、それしかないんだ。なかったんだ。なのに!」


 水島くんはわたしの方をぐるりと向いた。目が真剣だった。ちょっと怖い。


「ありがとう」

 重々しい声で、礼を言う。


「え? なに?」

 当然だが、わたしは戸惑った。お礼を言われる覚えは無いのだ。


「ありがとう。成沢さん。父さんができなかった義務教育中のガールフレンド。すげえぞ、俺! そうだな。ガールフレンドの為に内申書にマイナスがはいるのも、男の醍醐味だいごみだなっ」

 水島くんは実に爽快に。満足そうに笑った。


おとこだな、水島」

 木瀬くんが生暖かい目つきで、水島くんの肩を叩く。

 わたしは乾いた笑いを口元に浮かべるのが、やっとだった。一刻も早くこの場から解放されます様に。そう願いながら、その後は無言で、至極しごく真面目に立っていた。


 ※ ※ ※


「あれは木瀬くんに見事にのせられたね」

 わたしが言うと、「え? アレはのせられたのか?」


 水島くんは皿を奇麗に空にして、今度はデザートをチェックしている。デザートならわたしも食べる。別腹だ。


「俺は夏美さんが、人生はつのガールフレンドだと信じていたぞ。こころの支えにしてきたんだぞ」

「光栄です。あ、わたし洋梨のシャルロットにしよう」

 つややかな洋梨のコンポートをのせたケーキを指差す。今夜はどう考えてもカロリーオーバーだけど、構うものか。


「お、美味そう。俺は栗とチョコのジェラートと、コーヒーもらう」


 中学生には荷が重かったガールフレンドも、今なら可愛らしいなあと思える。第一ガールフレンドなどとは名ばかりで、わたし達三人はあまされものクラブの仲間として変わらぬ関係を続けた。


「しかし、俺たちだけ罰せられるのはせなかったな」


 水沢くんの呟きに、「そうだね」わたしは肩をすくませた。

 本当は違うけど、わたしはそれを彼らに告げる気はなかったからだ。






アイプチ。お手軽感覚で目を二重にできる「のり」の様なもの。未だに流通して、尚かつ中学生、高校生に使われているという事実に驚愕。目にナニかをするという事に、恐怖を感じるカラスウリ(先端恐怖症あり)には、絶対ムリな代物。


聖子ちゃんカット。80年にデビューした松田聖子の髪型。

当時は新人アイドルから、中高校生まで。おんなの子たちがこぞって真似していた髪型。ただしすると「ブリっ子」と(主に同性から)影口を言われる覚悟も必要だった。……かもしれない。

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