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12/そしてわたし達は海へむかう


「青年のしゅちょーみたい」


 イマジンのポスターを指差して木瀬くんが言った。ポスターは、われるままに木瀬くんにあげた。

 丸めたポスターを手に、木瀬くんは歩道橋にあがった。

 わたしはこれが夢で、また木瀬くんが消えちゃうんじゃないかと思うと、オーバーを掴む指を離せなかった。迷子になるのが怖いこどもみたいに、オーバーの裾を掴んだまま一緒にあがった。

 木瀬くんは坊主頭にしていなかった。帽子の下には、ちょっとだけ伸びた茶色の髪があった。


「切らなかったんだ」

「そー。俺ってば短髪が破滅的に似合わなくて」


「だから学校来なかったの?」

「そー。だって俺別に校則違反してないもんね」


「そうだね」

「そーだよ」

 木瀬くんは歩道橋の手すりに乗り出す格好で頬杖をついた。


「ずっと木瀬くんの家に行ってた」

「うん。あんがと」


「でも会えなくて」

「うん。ノートは姉さんが受け取って、会社でこっそりコピー取って返していた」


「お姉さん。いるんだ」

「うん。全然似ていない姉貴」


「連絡欲しかった」

「うん。ごめんね。俺さ。どうしてよいのか、わかんなくなってさ。駄目だよな、俺。でも水島と成沢さんの愛は感じた」


「友情だよ。それ」

「愛じゃないんだ」


「友情」

「そっかあ」


「学校来ないで、どこで何してたの?」

 わたしの質問に木瀬くんは口を開かなかった。雪がわたし達の頭に。肩に降り積もる。雪の降る速度がはやくなっている。

 空は灰から、牛乳みたいな濃いしろになっていた。わたし達のまわり全部がしろくなっていく。


「あそこでさあ」

 やがて木瀬くんが眼下に広がるグラウンドを指差す。いつか見た光景そっくりだった。


「俺、小学校を卒業したばっかで、春休み中だった。少年団のサッカーで一緒だった先輩に誘われて、中学の練習に参加したんだ」

「……うん」


「なんか特別扱いされているみたいで、馬鹿みたいにはしゃいでさあ。あの時三、四人参加してたんだけどさ。俺も仲間も、もう盛り上がってさあ」

 懐かしむような口調だったけど、そこには僅かばかりの苦みが含まれているように感じた。


「午前中いっぱい練習して。昼になって。俺たちは先輩の為に、水道でポカリの粉末といてた。そこに三年が来てさあ。ちょっと来いって、俺だけ呼ばれて。俺、ドキドキしてさ。もしかして才能あるとか言われちゃう? レギュラーに王手? なんて能天気な事考えて。そんで着いて行ったら、突然どつかれた。

 あれ? なに。コレ? って、頭が全然ついていかなくて、ぼんやりしてたら今度はフェンスに押し付けられて。先輩が俺の髪を鷲掴みにして引っぱった。痛いよりも、驚きでさ。なにされてんのか、俺、全然分からなかった」


 わたしは何をどう言えばよいのか分からなくて、無言で頷くしかできなかった。


「ついこの間まで小学生でさあ。ランドセルのガキだったじゃん。暴力なんて想像もしてなくて。いや、中学には怖い先輩やツッパりもいるって、そりゃあ知ってたよ。聞いてたよ。でも部活でさ、そんな目に自分が合うなんて、ホント全然思ってなくてさ。

 お前この頭なんだって、先輩達に囲まれて小突こずかれて。頭はたかれて。こんなふざけた頭でサッカーする気あんのか、って言われて。地毛です。染めていません。そう言ったら余計はたかれて。そんなの関係ない。生意気だって。坊主にしてこい。ここでしろって言われて。俺、地面に倒されて。いっちゃん図体でかい三年が俺に馬乗りになって、身動きできなかった。

 もしかしたら脅すだけだったのかもしんないけど。小便ちびりそうになるくらい怖くて。三年が大声で俺の仲間呼んだ。そんでこいつの髪の毛切っちまえって言った。呼びだされた仲間もブルって、誰も助けるような事言ってくんなくてさ。そのうち一人がハサミ持ち出して。勝つための儀式でーすとか言いながら、三年がハサミをじゃくじゃくいわせて、あいつら笑いやがんの。俺……」


 頰杖の姿勢をくずし、木瀬くんは両腕のなかに顔をふせた。

 わたしは掴んでいたオーバーの裾から手を離して、木瀬くんの無防備な背中にそっと腕を回した。わたしなんかじゃ到底回しきれないおおきな背中が、ちいさく思えた。


「俺、悔しいし怖いしで、泣いちゃってさ。そしたら余計あいつら笑って。そん時だった。突然でっかい音でブザーが鳴ったんだ」

「ブザー?」


「そ。すげえ音でさ。三年も皆固まって。俺はいち早く音の方を見た。そしたら俺たちを見下ろす歩道に、小学生が立っていたんだ。そいつの鞄についている防犯ブザーが鳴っていた。三年が、チビそれなんとかしろって怒鳴って。相手は小学生だし。そのまま逃げちまうかと思ったら、そいつしれっとした顔で、故障して誤作動おこしました。どうしましょう。誰か止めてくださーい。お願いしまーす。って、逆に大声で叫びだしたんだ。

 お願いしまーす。たすけてくださーい。たすけてーー!! って。それで大人が来たらマズイじゃん。俺らの格好みつけられたら、下手したら出場停止がかかる。それくらいあいつらにも分かってた。焦った三年は睨みきかせてから、とんずらした。俺の仲間だった奴らは目も合わせずに逃げた。俺ひとりが呆然とその場に残ってた。そしたらそのチビが、俺に声かけたんだ。大丈夫かって。そう言いながらブザー止めた。ブザーが壊れて誤作動なんて嘘っぱちだったんだ。俺を助けてくれたんだ」

「それ……」


「そ。水島だった」

 木瀬くんが臥せていた顔をあげて、ニッと笑った。


「小学生だと思っていたチビは同学年の水島だった。手さげ鞄持って、あいつ小学校の黄色い帽子被っていたんだぜ。卒業したのにそんな格好でいたから、俺全然気がつかなくて。水島が逃げるぞって言って。俺荷物とかそんなの全部そのままにして、フェンスよじ登って水島と走ったんだ。水島は進学塾の春休み講座に行く途中だったらしくてさ。たまたま通りかかったら、やられている俺に気がついて一芝居うってくれたんだ。

 自分だって四月から通う中学校だぜ? 下手したら巻き込まれるじゃん。でもそういうのど返しであいつは、さして親しくない俺のピンチを救ってくれた。見過ごしたらゼッタイ後悔するからって言ってさ。

 俺そん時思った。でぶ島で、体育の時は百パー仲間外れになっていて、嫌味なガリ勉野郎だと思っていたけど、ホントはめちゃめちゃカッチョイイ奴だって。俺をしめた三年連中は部活で派手に活躍して、それなりにチヤホヤされてた。でも俺は知ったんだ。かっこいいってのは、そういうんじゃないって」


「うん」

 すごく分かる。わたしは頷いた。


「成沢さんの事。村上から聞いちゃった」

「え!?」


「そしたらさ。俺だけ逃げてんの駄目じゃん。って思って。そんで本日登場しました」

「なんで、村上くんとは連絡し合ってるの? 酷いよ!」


「いや。だから、ホラ。水島と成沢さんは俺にとって特別だったから。それで余計顔合わせられないっつうか。あと、村上は当事者同士で親が連絡取り合っていたっつうか」


 えへへ、と誤摩化すみたいに笑った木瀬くんの背を、わたしは力いっぱい殴ってやった。「暴力はんたい。LOVE&PEACE」と、木瀬くんは両手をあげて逃げ回った。わたし達は雪のなか。歩道橋のうえを、笑いながら走り回っていた。




 翌日から登校した木瀬くんに、クラス中が戸惑った。

 そんな中。登校して木瀬くんを目にした水島くんは、周囲の空気をものともせずに、「木瀬!?」と叫ぶなり、「馬鹿野郎!」と突進して行き、木瀬くんに見事にかわされた。


 木瀬くんは変わった。

 常に教室の隅で大人しくした。わたし達は参考書を解いたりして、静かに休み時間を過ごしていた。

 村上くんが一度だけ教室を覗きに来たけれど、何も言わずに去って行った。わたしはあの夜以降、村上くんと廊下ですれ違っても得に話しもしなかった。村上くんもいない者として、わたしを扱っていた。


 二学期の終業式。

 成績表を手にわたし達は学校を後にした。わたしも水島くんもこの日から塾の冬期講習があったけど、堂々とサボった。親とは時間をかけて話し合っていた。


 わたし達だけが今日の別れを知っていた。

 学校帰りの荷物を持ったまま、わたしと水島くんは市電に乗った。

 電車の窓から見渡す街の光景は、クリスマスの賑わいで華やかだった。けれどわたし達は浮き立つ気持ちとはとおかった。みぞれ交じりの雪が降っていた。わたし達は駅前で電車をおりると、駅を背にして徒歩で港を目指して歩いた。

 鉛色の海が、あらい波頭を高くたかくあげていた。海鳥が、ぎゃおぎょおと鳴き、魚と潮の匂いが濃く鼻先を刺激した。みぞれの向こう側に船が見えた。


 青函連絡船「羊蹄丸(ようていまる)

 青森に渡るフェリーだ。


 ※ ※ ※


「俺。転校するんだ」


 木瀬くんがそう言ったのは、登校を始めた日の帰り道でだった。

 木瀬くんは明日も雪だね。みたいな感じでさらりと言った。水島くんはかなり驚いていた。けれどわたしは「ああ、そうか」そんな、しずかな思いで受け止めていた。前日の木瀬くんの告白を聞いていたためかもしれないし、学校に来ない間、彼がお父さん宅に居た事も聞いていた。


「なんで!」

 水島くんは案の定詰め寄った。

 納得しなければ、はいそうですかと聞き流す事など水島くんにはできない。


「なんで、転校なんてすんだ!」

「俺ん家。去年から父さん単身赴任で青森なんだ」

 木瀬くんが言った。


「姉貴はこっちで就職してるし。母さんの実家もこっちだし。俺の受験が済むまで単身の予定だったんだけどさ。この間の登校停止処置で、母さんはまいってしまうし。親爺はいかるし。俺を姉貴とふたりでコッチに残しても、またぞろ問題おこすかもしんないって、話しになって……」


 木瀬くんはそこで言葉を切ると、姿勢をただし、「あまされものクラブ木瀬直樹。転校し、受験は青森の私立高校を狙う事と相成りました」なぜか敬礼をしながらそう言った。


「木瀬え……」

 水島くんが泣きまねをしながら、やおらがばと抱きついた。

「俺。お前と離れたくないっ」


「俺もっ。大好きだぜ! 辰文たつふみ!」

「俺だって。俺だって前から好きだったんだあ、直樹!」


「はいはい」

 ひしと通学路で抱き合っている男ふたりをおいて。わたしはひとり歩き出した。

 なにを言っても木瀬くんは行ってしまうんだろう。それが分かっていた。


「夏美ちゃん、薄情!」

「俺等三人一組みでの、あまされものクラブだろう!」


 二人がすぐさま追って来て、結局三人で団子のようにもみくちゃになりながら帰った。



 木瀬くんは転校をわたし達以外の誰にも言わなかった。

 先生には木瀬くんの両親から本人の意思を尊重して欲しいと、申し出がされていた。木瀬くんは終業式に参加し、普通に過ごしていた。

 帰りの会が終わるといち早くクラスのドアをくぐり、「したっけ」それだけを呟いて、足早に去って行った。


 


 わたしと水島くんは、みぞれに濡れる羊蹄丸を見上げた。

 木瀬くんのお母さんとお姉さんがさっきまで一緒に居た。お母さんはわたしと水島くんの手を交互に握りしめ、「ありがとう」「ありがとう。直樹にこんな良いお友達がいてくれて有り難う」そう言っては涙ぐんでいた。


 お母さんは木瀬くんそっくりの奇麗な茶色の髪だった。

 かつて。髪の色で先輩にしめられ。泥だらけになって帰って来て、それからサッカーをきっぱりと止めてしまった息子に、お母さんは謝ったと聞かされた。「ごめんね。お母さんのせいで、こんな色でごめんね」木瀬くんはその言葉にやりきれなさを噛み締めた。木瀬くんのお母さんは高校三年の就職活動で、信用金庫を受ける前に学校側から、「水商売になるわけじゃないだろう。銀行員だぞ。黒く染めてから試験にのぞむよう」そう言われたそうだ。


「でもさ、変だよな。母さんが謝るの変だよな。俺も母さんも悪い事なんてひとつもしていない。そうだろ? 気合いいれる為とか。銀行だからとか。そんな理由で俺は丸坊主になるつもりも、黒くするつもりもない。俺は俺だ。でもさ。水島と成沢さんのピンチを救う為だったら、きっと丸坊主にだってなってみせる」


 木瀬くんの照れくさい最後の宣言に、わたしは赤面し、水島くんは感激していた。


 木瀬くんはわたし達を残し、笑顔で、手をあげて連絡船に乗り込んだ。

 出発の銅鑼どらが鳴り響く。

 乗船客から色とりどりのテープが、見送りの人々に向かって投げられる。

 木瀬くんは見事なコントロールで、わたし達に向かってテープを投げた。あおいテープがみぞれの空を横切ってわたし達三人をつなぐ。蛍の光が港に流れる。船が汽笛をあげる。木瀬くんが船上からおおきく手を振る。わたしも振る。水島くんも振る。

 船がゆっくりと港を離れていく。テープが掌のなかでぴんと張り、次にちぎれた。

 蛍の光がとおくなる。船が津軽海峡目指して湾を出て行く。


 木瀬くんがだんだん。ゆっくりと。でも確実にちいさくなっていく。

 わたしと水島くんは切れたテープの変わりに、鞄のなかからいくつもの紙飛行機を取り出した。イタズラ書きをされたり、汚されたイマジンのポスターで折った紙飛行機だ。それらを、「木瀬くーん」「きせえぇ」と呼びながら船にむかっていくつも。いくつも飛ばした。

 紙飛行機は海風に舞い上がり、いくつかは海まで行かず。いくつかは波間におちて。木瀬くんに届くことなく消えていった。木瀬くんの姿はもう分からずに、わたし達はしばらくの間、船の過ぎ行く波の跡を眺めているだけだった。



 それが木瀬くんと会った最後となった。

 固定電話で長距離通話をするのに、抵抗のある時代だった。受験は目の前だった。

 卒業し、わたし達はそれぞれの高校へと進学した。最初の二、三年は木瀬くんと年賀状のやり取りがあったけれど、やがてそれもなくなっていった。

 ただ街中でやわらかな茶色を目にすると、胸を揺さぶられた。

 木瀬くんのやるせなさを思いだした。

 水島くんのひたむきな強さを懐かしんだ。

 わたし達はいつの間にか大人と呼ばれるようになっていた。





 

青函連絡船/1988年まで函館と青森を運行していた船です。出航の時には銅鑼が鳴り、テープが船で旅立つ人と、港で見送る人々をつなぎ、蛍の光が流れました。郷愁いっぱいの演出でした。

本作舞台の館岡市は、函館をモデルに書いているので登場させましたが、青函のかんがどこにもナイじゃん! と自己ツッコミとなりました。詰めが甘かったです。

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