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11/君へおくるイマジン

したっけ/北海道弁で「じゃあな」「そうしたら」など。別れ際にも「さよなら」「バイバイ」で使う。



 「ーーそれな、池端が俺等を集めて頭髪違反だって言いやがってさ」


 わたしは又、席に着いた。

 村上くんはカウンターに立ったまま話し始めた。

 それは水島くんの推測すいそく通りの内容だった。

 あの日。写真撮影までに、まともな髪型に戻さなければ卒業アルバムには載せられない。池端先生は、そう宣言をした。


「けどよ。それではいそうですかって、なんかしゃくじゃん。そうそう、いいなりになってたまるかって」

 村上くんは、先生方との話しの最中に席を立った。


「卒アルなんてイラネー」

 そう言って椅子を床に蹴り倒した。

 がしゃりという耳障りな音が、進路指導室に響き渡った事だろう。尻馬しりうまに乗る形で、木瀬くんを除く六名が話し合いを放棄した。

 部屋を出て行こうとする彼らと、川島先生がもみ合いになった。

 川島先生がいくらいかついといっても、多勢に無勢だ。押し切られそうになる。池端先生が止めに入ったけれど、これがマズかった。

 池端先生は川島先生と違ってひょひょろだ。かとんぼだ。逆に、「うるせーんだよ」と興奮した村上くんに胸ぐらを掴まれた。


「ちっとだけ脅してやるつもりだったんだよ」

 村上くんが拳をあげた。その瞬間。ふたりの間に、割ってはいったのが木瀬くんだった。

 村上くんの振り下ろした拳は先生ではなく、木瀬くんにクリーンヒットした。その時に木瀬くんが言った。「暴力じゃだめだ」そして背後にかばった先生もろとも、二人は床に倒れてしまった。


「じゃあ、池端先生の傷は……」

「床に倒れていた椅子にぶつかって切っただけ。そんであの騒ぎ。ったく。だせえよな」

 得意そうに村上くんが言った。わたしは全然面白くなかった。


「じゃあ、木瀬くんは……悪くない。よね?」

「だな」

「じゃあ何で学校に来ないの?」

「さあなあ」

 村上くんは欠伸あくびを噛み殺しながら、「反省文書いて。髪の毛切ればそれでチャラになるはずだぜ。メンドーなんじゃね」と、言った。

 お店の時計がオルゴール曲を鳴らした。中島みゆきの「悪女」が流れだし、針が十時を指した。


「あと三十分っで閉店よお」

 お姉さんが村上くんの隣で、のんきな声をあげた。お客さんが会計に立つ。


 わたしは村上君に、「木瀬くんを殴ったのね」と、ひそめた声で改めて聞いた。

「あ? ああ。当たった。って感じだけどな」

「木瀬くん、殴られ損じゃない!」

 わたしの言葉に村上くんが笑った。悪びれない笑いだった。

 なにが可笑しいのか分からない。お客さんが「したっけ」と言い残し外へ出る。わたしは酸欠の金魚みたいに、口をおおきく開け閉めし、しまいに「村上くんのせいじゃない!」叫んだ。お姉さんが驚いたようにわたしを見た。


「あ?」

 村上くんが眉を寄せる。


「だって、そうじゃない。村上くんがちゃんと先生の話しを聞いていたら、もめ事なんておきなかったし、木瀬くんは殴られなかった。池端先生だって怪我しなかった。こんな事になっていなかったじゃない!」

 木瀬くんは悪くなかった。その思いで叫んだ。


「木瀬くん、悪くないのに学校来ないんだよ。それで悪く言われているんだよ。それって全部。村上くんのせいじゃない!」

「あ”あっ?」

 村上くんがカウンターから身を乗り出した。


「お前、何チョーシこいてんだ?」

 鋭い目つきで睨んでくる。

 いつもだったら、目が合っただけでわたしは飛び上がって逃げていたはずだ。けどここで、引く気になんてなれなかった。


「なによっ!」

 わたしも立ち上がると睨み返した。


「いっちょまえに、メンチ切る気かよっ」

 馬鹿にしたように鼻で笑い、村上くんがわたしの肩をこずいた。怖かった。怖くないはずがない。少しばかり友好的に話したとはいえ、相手は有名なヤンキーなのだ。けれど文句を言いたい気持ちがまさっていた。


「なによ! 殴る気!?」

 カウンターを挟んで、わたし達は縄張り争いをする猫みたいに睨み合った。


「わたしを木瀬くんみたいに殴る気? 卑怯者! なにが借りよ。馬鹿みたい。校則やぶって注意されるなんて当り前でしょう!」

 例え殴られたって、謝るつもりは毛頭なかった。唇を噛み締め、ふうふうと村上くんと睨みあった。


「村上くんだって、本当は悪いと思っているくせに! だから借りだって言うんでしょう。そうだよね、先生を殴っていたらもっと酷い騒ぎになっていた。分かっているくせに」

「俺にそんなふざけた口きいて、ただですむと思ってんのかよ。あ”あ”っ!」


「はい、はい。いい加減そこで止めときな」

 わたし達の間にはいったのは、お姉さんだった。


「とめんなよっ」

 村上くんが怒鳴った。


「この女、俺をなめてやがるっ」

「なめてなんか、いない。ただ村上くんが悪かった、って言ってるのっ」


「はいはい。大悟。あんた女子相手にみっともないよ。あんたも、」

 お姉さんは、やんわりとわたしの肩に手を置いた。

「不良相手に、はれない意地通すんじゃないの。このままやっていたって困るのはあんたでしょ。ほら。お迎え。来てるわよ」

「え?」


 お姉さんがあごで扉を示す。そこに立っていたのは恰幅かっぷくの良い水島医師だった。


 ※ ※ ※


「青春だよなあ。仲間を思って不良と対決。俺もしたかった!」

 水島くんが顔を輝かせる。


「そんな格好良いものじゃなかったけどね」

 わたしは苦笑いをもらした。

 卓上に置いたスマホが点滅する。


「ちょっとごめんね」

 断ってから確認する。家からだ。わたしは送られてきた短い文章を確認した。水島くんが気にする素振りで、「家? 時間大丈夫か?」と、聞いた。

「大丈夫。ななから」

 わたしの言葉に、「七生ななおくんかあ。元気してる?」水島くんが破顔はがんした。


「元気してるけど、相変わらず家にばかり。帰りにプリン買って来いってさ」

 わたしの子どもは一人。以前は里帰りの度に、水島家に一緒に遊びに行っていた。水島医師にも懐いていて、おじいちゃん先生。そう、ななは呼んでいた。


 ※ ※ ※


 あの後。

 わたしと村上くんは共に水島先生の運転する車に乗せられ、家に送られた。

 後部座席で村上くんと並んだ途端。わたしは怖さに震えあがった。

 ああ、なんであんな事を口にだしてしまったんだろう。明日から学校に行って五体満足でいられるだろうか。不良の定番である呼び出しとかを受けたらどうなるんだろう。村上くんはぶすっとしたまま一言も話さない。

 水島医師だけがご機嫌で、「いやあ、夏美ちゃんが見つかって良かったよかった。大悟くんに感謝だなあ。夏美ちゃんになにかあったら、辰文たつふみが浮上できなくなるとこだったよ!」と、ひとりで盛り上がっていた。こういうところがホント、親子だなと思ったものだ。

 村上くんは市営住宅のあたりで車を降りた。


「ちゃんと家に帰るんだよ」

 窓から顔をだして水島医師が釘をさす。それに村上くんは「うっす」と応えてから、背を向けた。

 わたしは車の窓を開けると、「村上くん!」彼を呼び止めた。


「あ?」

 不機嫌な顔で村上くんが、肩から振り返る。


「みつけてくれてありがとう。助かった。ありがとう」

 それは本心だった。木瀬くんうんぬんを差し引けば、彼に感謝していた。


「……ああ」

「焼きうどん美味しかった。あの、それからさっきは。あの、」


「もういい」

「……うん」


「けど、学校で俺になめた口きいたら、おまえしめるから」

「わかった……それとね」


「なんだよ。まだ文句あんのかよ」

 れたように村上くんが言った。


「わたし木瀬くんの彼女じゃないから。仲間だから」

 それだけ言うとわたしは、「じゃ」窓をそそくさと閉めた。過ぎて行く車の中から、こちらに向かって拳を握り、親指をあげている村上くんの姿が、外灯に照らされて観えた。


 ※ ※ ※ 


「村上は幼稚園の時はさあ」

 水島くんが言う。


小児喘息しょうにぜんそくでうちの常連患者だったんだ。父さん夜中でも診察室開けて診ていた事もあった。それで父さんには懐いていたんだよな」


 家に着いてわたしは案の定、これでもかと怒られた。そして泣かれた。これにはまいった。

 お母さんは水島医師に何度もなんども頭をさげた。わたしはながいお説教の後、クタクタになって寝床にはいった。

 疲れていたせいか細切れの夢を見ては、夜中に目を覚ました。

 夢のなかには木瀬くんや水島くん。池端先生。それに村上くんとお姉さんまで出てきたような覚えがあるのだが、内容はなにひとつ覚えていないのだった。



 週末にわたしはお母さんに連れられて、村上くん宅とアルバトロスにお礼に行った。

 村上くんはいなくて、彼のお母さんとちいさな弟が二人居た。村上くんのお母さんは、地味な普通のおばさんだった。弟が菓子折りを受け取り、はしゃいでいた。

 アルバトロスは休日のお昼前だと言うのにがらんとしていて、夜よりも一層さびれて見えた。お姉さんは、昼のあかりのなかでも姉で通じるくらい若かった。小遣いのなかからうどん代を払って、わたしはアルバトロスを後にした。それきりお姉さんには会っていない。後年。進学で故郷を離れる時、わたしは一度だけ店へ行ってみたのだけれど、その時にはもう違う店になっていた。



 わたしはこれらの後、水島くんと話し合って、学校の掲示板に貼るポスターを作った。

 クラスの皆を巻き込むことを、わたし達は止めた。

 木瀬くんは悪くないという事実に、わたしのなかの焦りや不安が消えた。

 木瀬くんの家は、相変わらず誰もいない。けれどわたし達は待っていようと決めた。学校や先生に抗議をするのではなく、「暴力はだめだ」と言って自ら拳を受けた木瀬くんの気持ちに、少しでもより添いたかった。それでつくったのが、イマジンの歌詞を書いた手書きのポスターだった。

 木瀬くんが文化祭で歌った。平和と平等。争いのない世界を呼びかける歌だ。

 なにを訴えているのか、他のひとには分からないポスターだったろう。

 申請をだしに行った生徒会からは、「なんの為?」と、尋ねられた。水島くんが、「世界平和」と、すました顔で応えた。


 ポスターは全く目立たない、グラウンド横の掲示板に貼られた。

 立ち止まって読む人もいない。時にはいたずら書きがされた。そうする度に、ふたりで新しく書き直した。

 街はクリスマスに向けて賑わいを増していた。繁華街の大通りや駅前には飾り付けがされ、ケンタッキーフライドチキンのCMが頻繁にテレビに流れた。わたしは受験という事もあいまって、なんとなくそういう浮かれた気分にはのれずにいた。

 学校が終わると遠回りになっても掲示板の前を通り、木瀬くん宅に行くのが日課になっていた。水島くんは塾が忙しくなり、二日に一度はわたしひとりで木瀬くんの所に行っていた。


「俺だけごめん」

 水島くんは申し訳なさそうだったけれど、わたしは構わなかった。彼の狙う高校の、毎年の倍率も、厳しさもよく分かっていた。


「その代わり。数学教えてね」

 そう言うと、「まかせておけ」と胸を叩いた。


 その日も、掲示板の前を通った。

 灰色の空からは、雪がちらちらと舞っていた。仰向きで空を眺めると、すうとおちてきそうな濃い灰色だった。風のない日で、雪は天からまっすぐ。静かに降っていた。

 踏みつけられたでこぼこのグランドを、わたしはひとりで黙々と横切っていた。

 掲示板の前にたたずむ人影があった。その人はイマジンのポスターに手をのばしていた。又いたずらだろうか。先日も、こころない落書きがされていた。もしそうだったら、持ち帰って書き替えよう。そう思って近づいた。


 後ろ姿はおとこの子だった。

 学校の敷地内なのに私服だった。紺色のオーバーの下はジーンズ。頭にはすっぽりと帽子を被っている。

 誰なのか分からないたたずまい。それなのにわたしの足は自然と早まった。まさか。もしや。背格好が似ている。まとう雰囲気が似ている。見当違いかもしれない。ガッカリするだけかもしれない。でも。

 わたしは名を呼んだ。

 思ったよりも、ちいさな声しかでなかった。

 耳に届くわけがない。そう思ったけれど、その人が振りかえった。

 眠そうな目元がたわんで、「よ」と言いながら手をあげた。

 わたしと彼をへだてている、雪がもどかしかった。足元の固まった雪も、降りしきる雪も。

 彼がこのしろい世界に隠れて、いなくなってしまうのではないだろうか。そんなありもしない恐れを抱きながら、わたしは足を早めた。


 もう少し。

 もうすぐ。

 のばした指先が紺色のオーバーに届く距離で、わたしは叫んだ、「木瀬くん!」オーバーの胸を掴む。ガクガクと揺らす。「木瀬くん。木瀬くん。木瀬くんっ!」


「なに。なに。なに?」

 木瀬くんがわたしの両腕にそっと手をかけた。


「そんなに揺さぶられると、酔って俺、ゲロ吐くかも」

 そんな阿呆なことを言いながら、木瀬くんはげらげら笑った。



 

本来の原稿ではポスターの後に、「イマジン」の和訳歌詞がはいっています。転記フリーの個人和訳を見つけたのですが、なろうで歌詞の使用は違反行為になると思い掲載を断念しました。興味のある方はジョン・レノン「イマジン」の和訳歌詞をご覧ください。

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