殺し屋
「それで、結論はでたのか ? 」
聞こえない振りをしながらわたしは、空になったカップを持ったまま、店の奥の壁掛け時計を眺めていた。あと7分程で0時になる。クリスは苛立ちを押し殺しながら、小さくため息をついた。
「いいか、よく聞けよ」
クリスは身を乗り出してわたしを説得してきた。
「まず第一に、あの女はアンドロイドだった。助かりたければリコールに応じれば良かったんだ。だけどあいつは出頭せずに、自分でプログラムを書き換えて、挙げ句の果てには自分を人間だと思い込んでいた。あいつは欠陥品だった。そうだろ ? 」
「その欠陥品を造ったのは人間だ。だったら裁かれるべきは人間じゃないのか。リコールにしたって一般には公開されていない。会社の損失になるからだ。だからリコールに応じたところで、どうせ殺されてたんだろうよ」
「だったらなおさら、お前が気にやむ必要なんてないじゃないか。どうせ処分されたんだ。順序と、誰が手を下すのかの問題じゃないか」
わたしは処分と言う言葉に嫌気がさして、窓の外に目をやった。LEDの街灯が煌々と道路を照らしていた。乾いた風は冷たいらしく、通りを歩く人々はマフラーに顔を埋めて、足早に歩いている。一昨日殺人事件があったわりには、街の様子はいつもとあまり変わりないよに思えた。きっと彼らにとってはどんな凶悪な事件も、戦争も、画面の奥で起こっている物語にすぎず、ドラマや映画を観ているのとなんら変わらないのだ。
「それともお前は、女の後を追って死んだ、あの哀れな大学生に同情しているのか ? 本気であの機械女と男が惚れあっていたと思ってるのか ? 」
「まさか」
わたしは吐き捨てるようにそう言った。
「だったら何なんだ !? 」
クリスが机を叩いたせいで、店中の注目を集めてしまった。が、幸いにも店内にいたのは初老のマスターと、パートの学生だけだった。マスターは店の奥に学生を連れて行った。堅気に迷惑をかけたくはなかったが、どうせもうこの店に来ることはないだろう。そう思うと少し気が楽になった。
「なあ、考え直せよ。時代は変わったんだ。戦場に兵士が必要なけりゃ、俺たちみたいなのには、こんな殺し屋紛いの仕事しか無いんだぞ」
そう言うクリスの口調は説得ではなく、もはや懇願に近いものだった。クリスが殺し屋に向いていないのは、わたしでも容易に理解出来た。もちろんクリスも、わたしが殺し屋に向いていないのを知っているだろう。
クリスが眠りについた時、壁の時計はもうすぐ午前1時になろうとしていた。わたしはテーブルに2人分の代金と、多めのチップをおいて店を後にした。
歩きながらわたしは考える。
部屋は片付けてあるな。
考える。
拳銃はテーブルの3段目の引き出しだ。
考える。
弾もまだあったはずだ。
考える……。
……。
わたしはそっと、囁くように呟いた。
「結局のところさ、クリス。変わったのは時代じゃなくて、時代の名前だけってことさ」
人工月は今日も満月だった。