賢人化計画
哲学者の王がいた。
彼は非常に聡明で、学識も深かったので、国中の者が皆、愚かに見えて仕方がなかった。
殊に、日々過酷な労働を繰り返し、天災や動乱に巻き込まれては、虫けらのように死んで行く無知な民衆を、哀れに思っていた。
王は、彼らを救うにはどうすべきか、為政者として、そして哲学者として考えた。
民衆に学問を教え込んで、幅広い知識に基づいて思考し、討論する力を身に付けさせれば、無知ゆえの哀れな境遇から、救い出せないだろうか?
そうして、思慮深く、相互理解の行き届いた人々で王国が満たされたならば、統治者が事細かに指示を出さずとも、自ずと国は治まり、皆が幸福に生きられるに違いない。
王は、これを具体化する政策をまとめ上げ、こう名付けた。
『賢人化計画』と。
・・・古の哲学者が残したとされる著書に、こんな一節がある。
『もしも、思慮分別のある賢人だけが集まって、国を創ったならば、それこそが理想郷となるであろう。』
学識ある王は、この言葉に着想を得て、『賢人化計画』を考え出していた。
そして自らの王国において、古の哲学者の言説が正しいものかどうか、民衆を使って、壮大な実験を始めようとしているのであった。
かくて、『賢人化計画』は実行に移された。
王は国内各地に学問所を建設し、教鞭を執る学者たちを集めた。膨大な費用を要したが、それは増税によって賄った。
重臣たちの中には、余りに突飛なやり方に、反対する者もいたが、王はこう言って押し通してしまった。
「これは、民衆の為の政策であり、増税である。何を遠慮する事があろうか。」
一方、民衆からしてみれば、頼みもしていないのに村や街へ、学問所や、図書館が建てられ、その費用として税金まで上げられたのでは、たまったものではない。
加えて王が、若者たちを強制的に学問所へ通わせる法律を制定したので、働き手まで失ってしまった。
人々は理不尽な仕打ちに嘆いた。
「王様は、何を考えておられるのだ。我々は、日々の生活の糧を稼ぐだけで、精一杯だというのに・・・」
「税金は重くなり、若者たちは駆り出され、これじゃ戦争しているのと、何も変わりゃしないじゃないか・・・」
この様な声が王にまで届く訳もなく、結局、民衆は、例によって支配者の言いなりになるしかなかった。
こうして、『賢人化計画』が緒に就いてしばらく後・・・
王国は天候不良の影響で、未曽有の大凶作に見舞われ、食糧難に陥ってしまった。
悪い事に、若い働き手を学問に奪われた影響で、減産を余儀なくされていたのが、これに拍車をかける。
民衆は、一杯の麦粥を家族で分け合ってすする、困窮極まる生活を強いられた。このまま放っておけば、餓死者すら出かねない状況であった。
しかし、王はこの現状に、手を差し伸べようとはしない。
「確かに今、民衆は飢えているかも知れない。だが、ここで『賢人化計画』の手を休めてしまっては、彼ら自身の来るべき輝かしい将来が、失われてしまうだろう。痛みをともなわぬ革新などあり得ないのだ!!」
王からすると、事ここに至って僅かばかりの食糧を施したところで、焼石に水を注ぐようなものである。
ならば、今の窮状を耐えながら人材を育成し、希望を未来に繋げる他ない、と考えていた訳だが、無知な民衆には、それが理解出来ない。
彼らは口々に叫んだ。
「なんて酷い王様だ!一生懸命働いてる我々を見捨てるなんて!!」
「学問なんて、何の役にも立たないし、お腹も膨れない。どうして、そんな事も分からないんだ!?」
こうした直情的で、いつの世にも言われて来た不満に混じって、今回は学問を修めた若者たちから、違った声も上がる。
「そもそも、王が民衆を守るという義務を果たさないならば、我々だって王に従う義務はないはずだ!!」
「民衆は苦しんでいるのに、王や貴族が裕福な生活をしている。この格差は階級闘争によって打破するしかない!革命だ!!」
「そうだ!革命だ!!」
王は学問所の開設に当たって、各地から、優秀だとされる学者たちを呼び集めたのだが、その中には危険思想の持主も多数、混じっていた。彼らは学生となった若者たちに、自らの思想を植え付けていたのだ。
確たる考えのない人間というのは、貧すれば、過激で理路整然と見える意見に流されるものである。この場合、民衆もその例から漏れなかった。
前々から燻っていた王への不平不満は、いつの間にか若者たちの過激思想を燃料として燃え上がり、いつしか王制打倒を叫ぶようになってしまっていた。
この事態に驚いたのは、他ならぬ王である。
彼は穏健で古典的な哲学者であったので、『賢人化計画』によって学問を普及させた結果、今まで大人しく従っていた民衆が、まさか過激思想に染まるとは、思いも寄らなかったのだ。
「陛下、大変です!城下で民衆が暴動を起こしました!『革命だ!』と叫んでおります!!」
危急を告げる伝令が、息を切らせながら、王の待つ宮廷へ駈け込んで来た。
「最早、手段は選んでおれません。陛下、軍隊を出して不届きな奴原を、鎮圧しましょう!」
脇に控えていた将軍が、進み出て進言する。
「何を申すか、馬鹿者め!?民衆を弾圧するなど、王者のする事ではないわ!!」
なまじ教養があるばかりに王は、将軍の乱暴な提案を拒絶してしまった。
「しかし、他に手段が・・・」
「心配致すな。余が直々に民衆と会って話をしよう。彼らは何か勘違いをしておるのだ。余がそれを解きほぐして参ろう。」
哲学者である王にとって、弁証術を駆使した討論は、最も得意とするところだ。学問を多少、かじった程度の者たちを相手なら、説き伏せてみせる自信があった。
臣下たちは皆、挙って諫めたが、王はそれに耳を傾けようとはせず、宮廷を出て行ってしまった。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「陛下は賢いあまり、愚者が理解出来ぬのだ・・・」
暴徒と化した民衆は、富豪や貴族の邸宅を襲い、金品や食糧を強奪しながら、数を増やしつつ、王城へと迫っていた。皆、口々にこう叫んでいる。
「特権階級を吊し上げろ!」「王制を打倒しろ!」「革命だ!!」
大半の者たちは、自分が口にしている言葉の意味を、良く分かってはいなかった。
ただ、王や貴族を倒せば、自分たちの空腹が満たされる、と信じているだけである。
そんな暴徒の前に、王は一人で立ち塞がった。
荒れ狂っていた者たちも、それがかつて、自分たちが崇拝していた主君だと気付くと、思わず怯んで立ち止まってしまった。
王は彼らに語りかける・・・
諸君、どうか心を穏やかにして、我が言葉に耳を傾けて欲しい。
諸君らの怒りは、食糧の不足である事は、良く分かった。これについては、出来る限りの善処を約束しよう。余は王としての名誉にかけて、王国の民らを、飢えさせるような真似は、決してしないつもりだ。
ただ一つ、理解を求めたいのは、『賢人化計画』についてである。
これは別に、学問を強制し、諸君を苦しめる為の政策ではない。むしろ逆なのだ。
もしも、全ての民が、幅広い知識と、思慮深さと、お互いを理解できる思いやりを持ったならば、きっとこの王国は理想郷となるだろう。余は学問を通じて、その事を諸君に学んで欲しかったのだ。『賢人化計画』とは、そうした目的であったのだ・・・・
つい先ほどまで、暴徒と化していた民衆は、王の穏やかだが、力強い話振りに引き込まれ、次第に落ち着きを取り戻そうとしていた。
「飯の心配をしなくて済むようになるなら、それで良いんじゃないか?」
「その通りだ、それに、学問って奴を勉強すれば、幸せになれる気がして来たぞ。」
「大体、なんで俺たちは革命とか言ってたんだっけ??」
だが、そんな移り気な人々に、苛立ちを覚える者もいた。これまで散々民衆を扇動して来た、過激思想の若者や、学者たちである。このまま鎮静化してしまっては、彼ら自身が吊し上げられかねないのだ。
「皆、騙されるな!王は嘘をついているぞ!!」
「そうだ!食糧の事だって、その場逃れに言ってるだけだ!!」
「学問だって、自分の都合の良い奴隷を仕立てる為に、利用するつもりだぞ!!
「もしも、このまま引き下がったら、反逆者として処刑されるぞ!!」
扇動者たちは、思い付く限りのでまかせを叫んで、鎮火しようとしていた民衆の怒りに、再び燃料をぶちまけた。特に、このまま退けば処罰されるかも知れない、という一言は、人々を恐慌状態に陥れる。
「畜生、俺たちが馬鹿だから言い包めようとしてたんだ。許せない!」
「やっぱり王制は悪だ!打倒すべきなんだ!!」
「革命だ!革命だ!」
民衆の誰かが、王に石を投げつけた。それが呼び水となって皆、手当たり次第に手にしていたものを、王に投げ始める。
再び辺りは狂騒に包まれようとしていた。王は、石や瓦礫やらをぶつけられ、体中、痣だらけだった。王冠もいつの間にか頭から落ち、地面に転がっている。
死を覚悟した王の脳裏に、ある考えが浮かんでいた。それは哲学者らしからぬ姑息な策略であった。
だが、生死の瀬戸際で、体面など構ってはいられない。王は有らん限りの大声で、その場にいる者たちに問うた。
「お前たち、余を亡き者とした後、この国を誰がどうやって治めるつもりだ!?」
この叫びを耳にした民衆が、一斉に手を止めた。そして、お互いの顔をうかがい合う。
彼らは扇動されるままに、暴動を起こしたものの、この後の事は、何も考えていなかった。
それは、扇動者たちも同じで、王制打倒や革命といった、威勢の良い言葉で自分たちの行動を正当化していたが、国の統治をどうするかなど、全くの無計画であったのだ。
「そうだ・・・王がいなくなったら、俺たちはどうすればいいんだ・・・」
「決まってるだろ、人望もある誰かが、公正で高潔な指導者になるんだ!」
「だからその、誰かってのが誰なんだよ!!」
民衆にも、扇動者にも、自らが指導者になろうとする者などいなかった。統治者が代わったところで、食糧難が解決する訳ではないし、失政を犯せば、今、自分たちがそうしているように、暴動を起こされるに違いないからだ。
彼らは、互いに責任を押し付け合い、口論を始めてしまった。
王はその隙に、そっと踵を返し、王城へと逃げ戻る。
「おいたわしや、陛下、なんというお姿に・・・」
宮廷に詰めていた臣下らは、全身痣だらけで、衣服もボロボロになった王が戻って来ると、絶句してしまった。
だが王は、そんな事には関心を払わず、怒声を上げて皆を叱りつける。
「何を悠長にしておる!?早く兵を出して、城下の反逆者どもを始末せんか!!」
「しかし陛下、先程は民衆の弾圧など、王者のする事ではないと・・・」
将軍が戸惑いを漏らすと、王は一層、声を張り上げて言い放つ。
「彼奴らは余に、石を投げおったのだ。最早、我が民ではない。むしろ民に害を成す反逆者ぞ、それを駆除するのに、何の遠慮があろうか!?」
「御意にこざいます!されば早速に、反逆者どもを成敗してご覧に入れましょうぞ!!」
将軍は、反逆者を殲滅し、手柄を立てる絶好の機会とばかりに、足早にその場を立ち去った。
王は、その後ろ姿を見送りながら、思った。
『賢人化計画』など、夢物語であった。民衆の一部が、余計な知恵を身に付けたばかりに、今回のような大騒ぎに発展してしまったのだ。
考えてみれば民衆など、働かせて税を搾り取る為の家畜のようなものである。家畜に学問も、知恵も必要ない。ただ主に従えば良いのだ。
『愚民化計画』
王は、新たに考え出した政策に、こう名付けた。
民衆にとって、労働に必要なものを除き、あらゆる知識や、情報を彼らから遮断する。そして、支配者にとって管理し易い存在とするのだ。
王は呟いた。
「これこそ、我が王国にとって百年の大計に違いない・・・」
(おしまい)




