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賢人化計画

作者: ゴン太
掲載日:2016/02/08

 哲学者の王がいた。

 彼は非常に聡明で、学識も深かったので、国中の者が皆、愚かに見えて仕方がなかった。

殊に、日々過酷な労働を繰り返し、天災や動乱に巻き込まれては、虫けらのように死んで行く無知な民衆を、哀れに思っていた。

 王は、彼らを救うにはどうすべきか、為政者として、そして哲学者として考えた。


 民衆に学問を教え込んで、幅広い知識に基づいて思考し、討論する力を身に付けさせれば、無知ゆえの哀れな境遇から、救い出せないだろうか?

 そうして、思慮深く、相互理解の行き届いた人々で王国が満たされたならば、統治者が事細かに指示を出さずとも、自ずと国は治まり、皆が幸福に生きられるに違いない。


 王は、これを具体化する政策をまとめ上げ、こう名付けた。

『賢人化計画』と。


・・・古《いにしえ》の哲学者が残したとされる著書に、こんな一節がある。

『もしも、思慮分別のある賢人だけが集まって、国を創ったならば、それこそが理想郷となるであろう。』

 学識ある王は、この言葉に着想を得て、『賢人化計画』を考え出していた。

 そして自らの王国において、古《いにしえ》の哲学者の言説が正しいものかどうか、民衆を使って、壮大な実験を始めようとしているのであった。



 かくて、『賢人化計画』は実行に移された。

 王は国内各地に学問所を建設し、教鞭を執る学者たちを集めた。膨大な費用を要したが、それは増税によって賄った。

 重臣たちの中には、余りに突飛なやり方に、反対する者もいたが、王はこう言って押し通してしまった。

「これは、民衆の為の政策であり、増税である。何を遠慮する事があろうか。」


 一方、民衆からしてみれば、頼みもしていないのに村や街へ、学問所や、図書館が建てられ、その費用として税金まで上げられたのでは、たまったものではない。

 加えて王が、若者たちを強制的に学問所へ通わせる法律を制定したので、働き手まで失ってしまった。

 人々は理不尽な仕打ちに嘆いた。


「王様は、何を考えておられるのだ。我々は、日々の生活の糧を稼ぐだけで、精一杯だというのに・・・」

「税金は重くなり、若者たちは駆り出され、これじゃ戦争しているのと、何も変わりゃしないじゃないか・・・」


 この様な声が王にまで届く訳もなく、結局、民衆は、例によって支配者の言いなりになるしかなかった。



 こうして、『賢人化計画』が緒に就いてしばらく後・・・

 王国は天候不良の影響で、未曽有の大凶作に見舞われ、食糧難に陥ってしまった。

 悪い事に、若い働き手を学問に奪われた影響で、減産を余儀なくされていたのが、これに拍車をかける。

 民衆は、一杯の麦粥を家族で分け合ってすする、困窮極まる生活を強いられた。このまま放っておけば、餓死者すら出かねない状況であった。

 しかし、王はこの現状に、手を差し伸べようとはしない。


「確かに今、民衆は飢えているかも知れない。だが、ここで『賢人化計画』の手を休めてしまっては、彼ら自身の来るべき輝かしい将来が、失われてしまうだろう。痛みをともなわぬ革新などあり得ないのだ!!」


 王からすると、事ここに至って僅《わず》かばかりの食糧を施したところで、焼石に水を注ぐようなものである。

 ならば、今の窮状を耐えながら人材を育成し、希望を未来に繋げる他ない、と考えていた訳だが、無知な民衆には、それが理解出来ない。

 彼らは口々に叫んだ。


「なんて酷い王様だ!一生懸命働いてる我々を見捨てるなんて!!」

「学問なんて、何の役にも立たないし、お腹も膨れない。どうして、そんな事も分からないんだ!?」


 こうした直情的で、いつの世にも言われて来た不満に混じって、今回は学問を修めた若者たちから、違った声も上がる。


「そもそも、王が民衆を守るという義務を果たさないならば、我々だって王に従う義務はないはずだ!!」

「民衆は苦しんでいるのに、王や貴族が裕福な生活をしている。この格差は階級闘争によって打破するしかない!革命だ!!」

「そうだ!革命だ!!」


 王は学問所の開設に当たって、各地から、優秀だとされる学者たちを呼び集めたのだが、その中には危険思想の持主も多数、混じっていた。彼らは学生となった若者たちに、自らの思想を植え付けていたのだ。


 確たる考えのない人間というのは、貧すれば、過激で理路整然と見える意見に流されるものである。この場合、民衆もその例から漏れなかった。

 前々から燻っていた王への不平不満は、いつの間にか若者たちの過激思想を燃料として燃え上がり、いつしか王制打倒を叫ぶようになってしまっていた。



 この事態に驚いたのは、他ならぬ王である。

 彼は穏健で古典的な哲学者であったので、『賢人化計画』によって学問を普及させた結果、今まで大人しく従っていた民衆が、まさか過激思想に染まるとは、思いも寄らなかったのだ。


「陛下、大変です!城下で民衆が暴動を起こしました!『革命だ!』と叫んでおります!!」

 危急を告げる伝令が、息を切らせながら、王の待つ宮廷へ駈け込んで来た。


「最早、手段は選んでおれません。陛下、軍隊を出して不届きな奴原を、鎮圧しましょう!」

 脇に控えていた将軍が、進み出て進言する。


「何を申すか、馬鹿者め!?民衆を弾圧するなど、王者のする事ではないわ!!」

 なまじ教養があるばかりに王は、将軍の乱暴な提案を拒絶してしまった。


「しかし、他に手段が・・・」

「心配致すな。余が直々に民衆と会って話をしよう。彼らは何か勘違いをしておるのだ。余がそれを解きほぐして参ろう。」

 

 哲学者である王にとって、弁証術を駆使した討論は、最も得意とするところだ。学問を多少、かじった程度の者たちを相手なら、説き伏せてみせる自信があった。

 臣下たちは皆、挙《こぞ》って諫めたが、王はそれに耳を傾けようとはせず、宮廷を出て行ってしまった。

 誰かが、ぽつりと呟いた。

「陛下は賢いあまり、愚者が理解出来ぬのだ・・・」



 暴徒と化した民衆は、富豪や貴族の邸宅を襲い、金品や食糧を強奪しながら、数を増やしつつ、王城へと迫っていた。皆、口々にこう叫んでいる。

「特権階級を吊し上げろ!」「王制を打倒しろ!」「革命だ!!」


 大半の者たちは、自分が口にしている言葉の意味を、良く分かってはいなかった。

ただ、王や貴族を倒せば、自分たちの空腹が満たされる、と信じているだけである。

 

 そんな暴徒の前に、王は一人で立ち塞がった。

 荒れ狂っていた者たちも、それがかつて、自分たちが崇拝していた主君だと気付くと、思わず怯んで立ち止まってしまった。

 王は彼らに語りかける・・・


 諸君、どうか心を穏やかにして、我が言葉に耳を傾けて欲しい。

 諸君らの怒りは、食糧の不足である事は、良く分かった。これについては、出来る限りの善処を約束しよう。余は王としての名誉にかけて、王国の民らを、飢えさせるような真似は、決してしないつもりだ。


 ただ一つ、理解を求めたいのは、『賢人化計画』についてである。

 これは別に、学問を強制し、諸君を苦しめる為の政策ではない。むしろ逆なのだ。

 もしも、全ての民が、幅広い知識と、思慮深さと、お互いを理解できる思いやりを持ったならば、きっとこの王国は理想郷となるだろう。余は学問を通じて、その事を諸君に学んで欲しかったのだ。『賢人化計画』とは、そうした目的であったのだ・・・・


 つい先ほどまで、暴徒と化していた民衆は、王の穏やかだが、力強い話振りに引き込まれ、次第に落ち着きを取り戻そうとしていた。


「飯の心配をしなくて済むようになるなら、それで良いんじゃないか?」

「その通りだ、それに、学問って奴を勉強すれば、幸せになれる気がして来たぞ。」

「大体、なんで俺たちは革命とか言ってたんだっけ??」


 だが、そんな移り気な人々に、苛立ちを覚える者もいた。これまで散々民衆を扇動して来た、過激思想の若者や、学者たちである。このまま鎮静化してしまっては、彼ら自身が吊し上げられかねないのだ。


「皆、騙されるな!王は嘘をついているぞ!!」

「そうだ!食糧の事だって、その場逃れに言ってるだけだ!!」

「学問だって、自分の都合の良い奴隷を仕立てる為に、利用するつもりだぞ!!

「もしも、このまま引き下がったら、反逆者として処刑されるぞ!!」


 扇動者たちは、思い付く限りのでまかせを叫んで、鎮火しようとしていた民衆の怒りに、再び燃料をぶちまけた。特に、このまま退けば処罰されるかも知れない、という一言は、人々を恐慌状態に陥れる。


「畜生、俺たちが馬鹿だから言い包めようとしてたんだ。許せない!」

「やっぱり王制は悪だ!打倒すべきなんだ!!」

「革命だ!革命だ!」


 民衆の誰かが、王に石を投げつけた。それが呼び水となって皆、手当たり次第に手にしていたものを、王に投げ始める。

 再び辺りは狂騒に包まれようとしていた。王は、石や瓦礫やらをぶつけられ、体中、痣だらけだった。王冠もいつの間にか頭から落ち、地面に転がっている。

 死を覚悟した王の脳裏に、ある考えが浮かんでいた。それは哲学者らしからぬ姑息な策略であった。

 だが、生死の瀬戸際で、体面など構ってはいられない。王は有らん限りの大声で、その場にいる者たちに問うた。


「お前たち、余を亡き者とした後、この国を誰がどうやって治めるつもりだ!?」


 この叫びを耳にした民衆が、一斉に手を止めた。そして、お互いの顔をうかがい合う。

 彼らは扇動されるままに、暴動を起こしたものの、この後の事は、何も考えていなかった。

 それは、扇動者たちも同じで、王制打倒や革命といった、威勢の良い言葉で自分たちの行動を正当化していたが、国の統治をどうするかなど、全くの無計画であったのだ。


「そうだ・・・王がいなくなったら、俺たちはどうすればいいんだ・・・」

「決まってるだろ、人望もある誰かが、公正で高潔な指導者になるんだ!」

「だからその、誰かってのが誰なんだよ!!」


 民衆にも、扇動者にも、自らが指導者になろうとする者などいなかった。統治者が代わったところで、食糧難が解決する訳ではないし、失政を犯せば、今、自分たちがそうしているように、暴動を起こされるに違いないからだ。

 彼らは、互いに責任を押し付け合い、口論を始めてしまった。

 王はその隙に、そっと踵《きびす》を返し、王城へと逃げ戻る。



「おいたわしや、陛下、なんというお姿に・・・」

 宮廷に詰めていた臣下らは、全身痣だらけで、衣服もボロボロになった王が戻って来ると、絶句してしまった。

 だが王は、そんな事には関心を払わず、怒声を上げて皆を叱りつける。


「何を悠長にしておる!?早く兵を出して、城下の反逆者どもを始末せんか!!」

「しかし陛下、先程は民衆の弾圧など、王者のする事ではないと・・・」

 将軍が戸惑いを漏らすと、王は一層、声を張り上げて言い放つ。


「彼奴らは余に、石を投げおったのだ。最早、我が民ではない。むしろ民に害を成す反逆者ぞ、それを駆除するのに、何の遠慮があろうか!?」

「御意にこざいます!されば早速に、反逆者どもを成敗してご覧に入れましょうぞ!!」


 将軍は、反逆者を殲滅し、手柄を立てる絶好の機会とばかりに、足早にその場を立ち去った。

 王は、その後ろ姿を見送りながら、思った。

『賢人化計画』など、夢物語であった。民衆の一部が、余計な知恵を身に付けたばかりに、今回のような大騒ぎに発展してしまったのだ。

 考えてみれば民衆など、働かせて税を搾り取る為の家畜のようなものである。家畜に学問も、知恵も必要ない。ただ主《あるじ》に従えば良いのだ。


『愚民化計画』

 王は、新たに考え出した政策に、こう名付けた。

 民衆にとって、労働に必要なものを除き、あらゆる知識や、情報を彼らから遮断する。そして、支配者にとって管理し易い存在とするのだ。

 王は呟いた。


「これこそ、我が王国にとって百年の大計に違いない・・・」


(おしまい)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いですね! どこぞの平日に沖縄に行って基地の前で騒ぐのが真の民主主義だと言うヤツらに読ませたいですね。 [一言] 生まれつきの独裁者や極悪人なんて存在しません。 彼らは優しく賢く善意に溢…
[一言] レボリューション起こしたいっすねえ……。
2016/02/08 20:13 退会済み
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