よみがえる王国
かつて、ひとりの少女が夢見た「庭の王国」。
今は大人になり、その国に行けなくなった彼女にかわって、ふたりの旅人が王国へと旅立つ。
星の娘アストライアと、名前のない老人。
かつて存在し、今もどこかにあり続ける不思議な王国をゆく、ふたりの旅の記録。
これは、すでに完結している『庭の王国への旅』 http://ncode.syosetu.com/n3559cz/ という物語の紹介文です。
私は小学校高学年から、物語を「書く」ことを始めたのですが、それよりも以前から、物語を作ることは大好きでした。
では、作った物語を、書かずにどうしていたのか? というと「語って」いたのです。
私の物語が「筆記」ではなく「口述」によるものであった最も初期の時代、その最大にして唯一の聴衆は妹でした。
毎日毎日「おねえちゃん、何かおはなしして」という彼女に、私は思いつく限りの物語を作り出し、語りまくっておりました。
庭に出て、一緒にレゴなどの人形を動かし、
「これが薔薇の花に住んでる女神様で、これが王国一強い隊長で……」
などと設定しては、ストーリーに入り込んで遊んでいたのです。
そのとき、実際に存在する庭をもとに、私が想像で創り上げた国が「庭の王国」でした。
『庭の王国への旅』の物語には、「大戦争」というキーワードがちらっと出てきます。
これは、庭の王国が、ただ一度だけ、外の世界からの侵略を受けることになる戦いのことなのですが――
実は私は、かつて自分が語ったことであるにも関わらず、庭の王国で起こった「大戦争」のエピソードを、一度、完全に忘れていました。
では、誰がそれを覚えていたのか? というと、妹です。
ずっと昔に私が語って聞かせた物語を、驚くべきことに、彼女はほぼ完全に覚えていたのです。
かつて、父上に語ってもらった物語を、私が完全に覚えていたように。
以下に、そのときの妹と私の会話の様子をサルベージしておきます……
*****
(前略)昨夜、ふと妹に、
「そういえば昔、庭に王国があるっていうおはなしを作って、二人で人形遊びしてたやんなぁ」
と聞いてみたのです。
「おう! 覚えとるで。懐かしいなぁ!」
妹がそう言ったので、私はホッとしました。
私の吟遊詩人ぶりは無駄ではなかった……!
しかし、その後に、驚きの発言が!
「ねえちゃん、あたし、王国が最大の危機に見舞われたときの話、今でも全部覚えてるで」
え、なにそれ!?
そのよーな物語があったということを、私は完全に忘れていました。
思いついた物語を忘れることはないと思っていたのに、完全に忘れていた!
「最大の危機!? なにそれ、あそこは平和な国じゃなかったっけ?」
「平和な国やったけど、あるとき、外の世界から敵が攻めてくるんやんか。
ねえちゃん、そう言ってたで」
「マジで!?」
妹よ、そなたの物語的記憶力は姉を超えた……
ちなみに「外の世界」とは、玄関を超えた、庭よりも外のことです。
妹はすらすらと語り始めました。
妹「あるとき、外の道を通って、遠い国から敵が攻めてくるねん。それで王国の人たちは、開戦するべきか、せえへんべきかでもめるねん」
私「ほうほう」
【当時、記憶をもとに描かれた庭の王国の地図】
《主要な登場人物》
オニユリ……崖の上のお茶屋の店主。気が強く活発な少女。槍の達人。
オニユリのおばあちゃん……茶屋の主。もぐらのおじいさんと仲がいい。
もぐらのおじいさん……本物のもぐら。王国の地下にたくさんの通路を掘っている。
隊長……庭の王国で一番強い戦士。
若者……何の変哲もない一般人の若者。心優しく正直者。
バラの女神様……庭の王国の女神。王国の中心であるバラの木に住んでいる。
天文学者……へんくつな天文学者。ロスコーの森で一番高い木の上の天文台に住んでいる。
竜……緑色のドラゴン。秘密の洞窟に住んでいる。
魔女……人間嫌いの魔女。人里離れた場所(←洗濯物干し台にひっかけられた植木鉢)に住んでいる。
旅人……外の世界からやってきて庭の王国に住み着いた若者。いつも帽子を目深にかぶっている。
妹「そんで、王国の人たちは最初は和平を申し入れようとするねんけど、そのために送られた使者は、首を切られて死体になって帰ってくるねん」
私「ちょっと待てや。」
その頃、私は小学校の三年生か四年生であったはずなのですが、いきなりどんだけシビアな話なんだよ……
妹「あたし、そのとき、めっちゃ怖かってさー、うわぁ、そんな奴らと戦うんやって、めっちゃドキドキした」
私「おお……」
妹「ねえちゃん、めっちゃ嬉しそうに語ってたで」
私「マジかよ」
発想が今と大差ねーじゃん……
むしろ、今が昔と大差ないということ!?
妹「それで、結局は開戦することになるねんけど、敵はめっちゃ強くて、夜中にガケを登ってロスコーの森を占領して、それから、流れたり流れなかったりする川のこっちがわの、ケンタウロスたちが住んでる草原のところも全部占領してしまうねん」
私「何っ!?」
妹「やねんけど、川があるから、奴らが一気にバラの城に攻め込んでくることは、どうにか避けられてる状態やねん」
私「え? あの川は、ときどき干上がってしまうはずやったやんか」
説明しよう!
庭の王国の川、その名も「流れたり流れなかったりする川」は、その名の通り、干上がったり鉄砲水を起こしたりを繰り返す気紛れな川なのである!
なぜかというと……その「川」は、庭先に置いてある我が家の洗濯機の排水のことだったからである。
地面がコンクリートで固められているところを、泡まじりの排水がどわーっと流れていくところを見て思いついた設定だったのですね……
ちなみにその水の行き着く先は、地下の黄泉の国へと続く滝でした(←つまりでっかい排水溝)
妹「え、ねえちゃん覚えてないん?
戦争のあいだ、あの川は、敵を足留めするために流れっぱなしになるんやで。
バラの女神様が、そういう魔法をつかうんやんか」
知らんぞ、そんな話!?
幼き日の私は、今とは違う回路で神託を受信していたようですね!
というかそれは、状況的には、我が家の洗濯機がぶっ壊れたということなのでは……
私「あれ? ちょっと待てよ。でも、ロスコーの森の天文台から、バラの城までは、ロープと籠でできた直通のゴンドラみたいなやつが出てなかった? 星読みの結果をすぐ送るために」
妹「あったよ! あと、草原のほうに向かっても一本出てたやんな」
私「そうそう! でも、アレめっちゃ目立つから、敵かて、すぐ見つけて使うやろ?」
妹「あれは敵に使われる前に、天文学者が焼き落とすんやんか」
ビバ、天文学者!
妹「そんで確か、天文学者はその作業をしてて、逃げるのに手間取って、敵の人質にとられてしまうねん」
私「マジかよ!」
危うし、天文学者!
妹「そんで、救出部隊が組織されるねん。
お茶屋の女の子と、王国一強い隊長の二人」
どんな人選だよ!?
私「そういえば、お茶屋の女の子は槍の名人やったな」
妹「そんで、もぐらのおじいさんに教えてもらった秘密の地下道を通って川の下をもぐって、天文学者が閉じ込められてる天文台の下まで行くねん。
そこはもう敵の見張り台になってるねんけど、下から階段をずーっと登りながら、敵を薙ぎ倒して上がっていくねん」
私「でもそれ、周りでキャンプはってる敵もすぐ気がつくやろ?」
妹「そやから、とちゅうで下からも敵が上がってくるし、めっちゃ戦わなあかんねん。
そんで、天文台にたどり着くねんけど、天文学者が人質にとられてるから、どうしようってなって、しかし! そのとき、空から飛び込んできた魔女が、みんなを救出してくれるねん」
私「おお! あの、人間嫌いの魔女が!」
妹「うん。そんで、そのときに、隊長が『あなたもやはり王国の魂を持つ人だった』って言うねん」
隊長、カッコイイぜ!
妹「でもその魔女は、今で言うとツンデレみたいな人でな、『ふんっ、助けに来たくて来たわけではないわ!』みたいな感じやねん」
今で言うとツンデレ……
妹「そんで、全員では杖に(←この魔女はホウキでなく杖で空を飛ぶ)乗られへんから、魔女が杖にぶら下がって、その手に女の子がぶら下がって……って順番に手を繋いでぶら下がって、バラの城まで飛んでいくねん」
そのうち落っこちそうな気がするんですけど……
妹「でな、みんなで集まって、どうやって敵を追い払うか、その作戦を立てるねん。で、協議の結果、ひとりの若者が《果ての国》に使者として旅立つことになるねん」
私「《果ての国》って……あの、自転車置き場の向こう側にある花壇のとこやんな……」
妹「そうそれ」
果ての国 = チャリ置き場の向こう
妹「そこの人らは庭の王国とは違う文明を築いてるけど、同じ塀の内側の仲間やから、このままじゃ、あなたたちもヤバイですよ~て言うたら援軍を出してくれるかもしれへんということで、使者に立つねん。
そんで、川の下流のほうを歩いてるときに、水かさが急に増してきて、若者は水に呑みこまれて流されるねん」
私「流されるの!? 確かあの下流って、滝になってて、その先は……」
妹「うん、黄泉の国まで流されてた」
黄泉の国までレッツゴー!
妹「黄泉の国は、地獄みたいなところで、めっちゃ恐ろしいねん。
そんで、若者はそこをさまようことになるねんけど、そこに、もぐらのおじいさんが穴掘って助けにきてくれるねん」
私「もぐらのおじいさんスゲェ!!」
ちなみにそのもぐらは、お茶屋のおばあさんにとっては「仲人さん」にあたる人らしいですよ!
妹「もぐらのおじいさんが地下道を案内してくれて、若者は無事に《果ての国》にたどり着くねん。
そんで、協議の末に、援軍を出してくれることになるねん。
あの人たちは、庭の王国にはない技術を持ってて、飛ぶ船を作る事ができるねん。そやから、それに乗ってくるねん」
私「おお~。それで、勝つんやったっけ?」
妹「いや、その前に、旅人が援軍を連れてきてくれる」
私「……だれ?」
妹「え、忘れたん!? 旅人やんか! あの、帽子を目深にかぶってる……」
私「あ~……なんか……おったような気がする! スナフキンみたいな存在やんな?」
妹「そうそう! ていうか、なんで忘れてるねん。めっちゃ重要人物やったやんけ……
その旅人は、どっか別の国から来て、庭の王国が気に入ったから住み着いててんけど、戦争が始まって、どっかに姿を消しててん。
王国と、外の世界を行き来できるのは彼だけやねん。
で、スパイやったんとちゃうかという話もあってんけど、彼は実は、外の世界にある、別の国の王子やってん」
私「王子だったの!? いや、でも、ちょっと待てよ? ふだん、王国の入り口にはいつも衛兵が立ってて、そんな気軽には出入りでけへんのじゃなかった?」
妹「旅人は、透明になれるマントを持ってるねん。それは、彼の祖国だけでできる品物やねん」
私「祖国……って、どこやったっけ?」
妹「なんか……確か、玄関前に、サボテンの鉢置いてあったやん。あのへんという話を聞いた覚えがある」
王子の祖国 = サボテンの鉢!
妹「そんで、旅人が自分の国の軍隊を援軍に連れて、庭の王国に入ってきててんけど、川が流れっぱなしになってるせいで、敵に正面からぶち当たることができんかってん。
そうやって詰まってるところに、飛ぶ船に乗った若者と《果ての国》の人たちが来て、旅人たちを乗せて、敵の陣地に殴りこみをかけるねん」
私「そうなんや!」
妹「旅人の国の人たちは、全員帽子を目深にかぶって同じ服装してるから、最初、若者が『旅人が増えてる~!?』って、めっちゃびっくりするねん」
私「……………」
真剣な場面にもコミカルさを忘れないのは、昔から私のポリシーだったようです。
妹「そんで、全員で敵と戦って……魔女も、そのときには完全にみんなと一緒に戦ってるし、あの、秘密の洞窟にすんでる緑色の竜も戦ってたし……
最後には、一番強い隊長が、敵の将軍と一騎打ちをするねん」
私「ちょい待ち。その敵ってさ……具体的には、どんな姿しとったっけ?」
妹「全員、黒い鎧を着て、赤いマントを羽織ってるねん。
そんで、全員同じ姿やねんけど、将軍だけ、頭に金の羽飾りをつけてるねん」
すらすらと、まるで見てきたかのごとき説明!
妹「敵の将軍もすっげぇ強くて、三日三晩の死闘が――」
私「三日三晩の死闘!?」
妹「ねえちゃん、そう言ってた。そんで、言葉の意味がわからんから、ミッカミバンノシトウてなに? て聞いたら、三日のあいだ必死に戦いまくることやっていわれて、ああそうかって」
ぴかぴかのいちねんせい きょうのことば : 三日三晩の死闘
妹「でも、夜明けと共に、ついに隊長が勝利をおさめるねん!」
私「夜明けと共に! ナイスな演出やな!」
妹「敵は、玄関の外に押し返されて退却していって、庭の王国には平和が戻るねん。
女の子はふつうの暮らしに戻って、旅人はそれからもあいかわらず、こっちに来てふらふらしてるねん。
若者は、今回の戦いのことをみんなに語り継ぐために、吟遊詩人になって旅に出る。
緑色の竜は、それまで隠れて暮らしてたけど、今回の活躍がきっかけで外に出てきて、子どもたちの滑り台になってあげるねん。
隊長は、敵の将軍を倒した手柄が認められて、バラの女神様の近衛隊長にとりたてられる。
バラの女神様はあいかわらず微笑んでて……
あ、魔女は、家やった植木鉢が戦争で破壊されたから、天文学者のところに行って住むって言ってた」
まさかの、カップル成立!?
妹「これが、王国大戦争の顛末じゃ……」
私「見事なりッ!(拍手)」
本当に、幼児の記憶力というものは侮れませんね!
妹があまりにも詳細にストーリーを覚えているので、本気で驚きました。
「それだけ真剣に聴いておったということじゃ。誉めるが良い」
という妹に、私は敬意を込めて「アーカイブ」の称号を送っておきました。
妹は「いらん。」と言っていました……
*****
――ということでした。
今回の話に出てきた地名や人名は『庭の王国への旅』にも、たびたび登場します。
もし『庭の王国への旅』を読まれる場合、「大戦争」の顛末を知らずとも物語を追うのに不足はないと思いますが、このエピソードを頭に入れておいていただければ、「ああ、あれか!」という感じで、さらに楽しめるかもしれません。
大人になった今、私は「昔の自分」が切実に羨ましいです。
プロットなどありようもない、瞬時に生まれる一期一会の「語り」の場で、自分でも先を知らないまま、まるで物語の流れそのものに運ばれるように、導かれるように、自在に語ることができていたのですから。
『ピーター・パン』で、大人になったウエンディが飛べなくなったように、その力は大人になれば失われてしまうのかもしれませんが、失われたのではなく、多くのものがその上に降り積もり、積み重なって見えにくくなってしまっただけ、と思いたいです。
心を澄ませて掘り下げていけば、再びその力が流れる水脈をたどりあてられるはず……と信じて、これからも物語の道を歩いていきたいと思います!




