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『銀狼の恋の物語』 ③

 トリノー姫を守る部下とともに、マイセンを抱いたチェーザレは、悪魔のように剣を振るって敵中を突破していきます。

 燃え上がる厩舎から駆け出してきた愛馬をとらえてまたがり、ジェノヴァの兵たちを蹴散らしながら、跳ね橋への道を切り開くチェーザレ。


 城門から駆け出してくるその姿を、小高い森の中から、ひとりの男が見つめていました。

 それはジェノヴァの《老狐》、ジョルジーノ。

 彼自らが、今回の襲撃を指揮していたのです。  


「あれが《スフォルツァの銀狼》か。……あの男、欲しいな」


 優れた武人を見れば、どんな手を使っても、自分の配下に加えたくなる――

 それがジョルジーノの性分でした。


「捕らえろ、殺すな!」


 王の命令を受けて、待機していた部隊が一斉に森から飛び出し、チェーザレたちに襲い掛かります。


「くそ!」


 チェーザレとトリノー姫たちとのあいだに敵が割って入り、彼らは完全に引き離されてしまいました。

 チェーザレは槍を振るい、それが折れると剣を抜いて奮戦しましたが、やがて十重二十重に囲まれ、馬が倒されます。

 地面に叩きつけられながら、彼は必死にマイセンを守ろうとしますが、押し寄せた敵兵たちがマイセンを奪い取ります。


「やめろぉぉぉ!」


 その絶叫を最後に、槍の石突で頭を殴りつけられ、チェーザレの意識は闇に沈みます――


   *


 一方、トリノー姫とチェーザレの部下は、必死の逃避行を続けていました。

 彼女たちを追うのは、六人のジェノヴァの騎士たちです。


「姫、ここは我らが! どうか、ご無事で、陛下の城へ!」


 チェーザレの部下が踏みとどまって叫びます。

 武装の重さがないぶん、トリノー姫の馬は、彼らの馬よりも速く駆けることができました。

 トリノー姫は迷いますが、戦えない自分が残っても皆の忠誠を無にするだけと、涙を振り払って走り続けます。

 三人のジェノヴァ騎士が後を追ってきますが、トリノー姫が森に走りこもうとしたとき、森の中から矢が飛び、追っ手を次々に打ち倒します。


「誰!?」


 叫んだトリノー姫の前に姿を現したのは、


「姉さま!?」


 ルカシュ姫と、数人の兵士たちでした。

 彼女たちは、自力で堀を泳ぎ越えて、脱出を果たしていたのです。


「カテリーナ姉上は! それに、マイセンは!?」


 問うルカシュに、トリノー姫はかぶりを振って泣き崩れます。


「叔父上……チェーザレも、か」


 いまやジェノヴァの旗がひるがえるその城を、拳を固め、ルカシュ姫は睨みつけます。


「ジョルジーノ、この報いは、必ず……!」


 そして彼女たちは、レーテ女王の城がある方角を目指し、森の奥へと姿を消します――


   *


 再び目を開けたとき、チェーザレは、ひとりきりで暗い牢獄に横たわっていました。

 それまでの記憶が一気によみがえり、跳ね起きた彼は、重い鎖に引き戻されます。

 その物音でチェーザレが意識を取り戻したことに気付き、番兵たちが牢に入ってきました。

 番兵たちはチェーザレを引き立ててどこかへ連行しようとしますが、チェーザレは手負いの獣のように全力で抵抗します。

 殴りつけられて痣だらけになり、唇が切れて血が流れても、彼は抗うことをやめませんでした。


「やめよ!」  


 不意に響いた声に、番兵たちが槍を引き、壁際に退いて直立不動の姿勢をとります。

 牢に入ってきたのは、緋色のマントを羽織った若者でした。

 どちらかといえばひ弱そうな体格の、陰気な顔つきをした若者でしたが、その眼はまるで地中で燃える溶岩のように暗い輝きをたたえていました。

 チェーザレは一目で、その男が誰か分かりました。


「おのれ!」


 怒りに我を忘れ、飛びかかろうとしますが、鉄の戒めがそれ以上の動きを許しません。


 ジェノヴァの王、ジョルジーノは満足げに微笑みました。

 彼は、ここはジェノヴァ本国であると告げ、チェーザレに、自分の配下となるようにと命じます。

 チェーザレはきっと顔を上げ、ジョルジーノの足元に唾を吐き捨てて顔を背けました。

 王に対する侮辱――その場で処刑されても何ら不思議ではない行為に、番兵たちが緊張します。

 

 チェーザレ本人は、命を失うことなど、もはや何とも思っていませんでした。

 カテリーナ姫との約束を果たせなかった、大切な者たちを守れなかった……

 そんな自責の念が、彼を捨て鉢にさせていました。


「そうか。これでも、余の申し出を拒むかな?」

 

 ジョルジーノの合図で現れた者たちを見て、チェーザレは息を呑みます。

 乳母の手に抱かれた、マイセンの姿がそこにありました。


「スフォルツァの銀狼。そなたと直に喰らい合えば、余は負けるであろう。

 しかし、狐にも、赤子を食い殺すだけの牙はある」


「卑怯者が……!」


 叫ぶチェーザレに目を細めてみせ、ジョルジーノは告げます。


「そなたに選ばせてやると言っておるのだ。この赤子の命を救いたくば、余の前に膝をつけ。それが嫌ならば……ふふ、この先は、言わぬが花というものであろうな?」  


 チェーザレの心に、カテリーナ姫のことばが去来します。


『どうか、妹たちと、マイセンを』


 誇り高い銀狼の目から涙が流れました。

 そして、彼は、ジェノヴァの王の前に膝を折ったのです――



*****



 さらなる「不幸」スパイラルに陥るチェーザレ殿であった……

 

 私はもともと「人質を取られたがために、本当ならブッ殺したいほど憎い相手に嫌々ながら仕えざるを得なくなった男」というものに凄く萌える性質があり、しかもそれが強い男であればあるほどテンションが上がるという……(←大丈夫か)

 どちらかというと感性がジョルジーノ寄りなのかもしれません。

 物語の中でだけ、ですけどね!

 

 よほどこのシーンが自分で気に入ったのか、自作のイメージ画まで残っていました(←ちなみに母上の楽譜のウラ紙に描いていた!)


挿絵(By みてみん)


 元の絵がシャーペンでシャシャシャーッと描いただけのやつだったので、すっげー 薄 い ですが、まあ雰囲気だけでも伝わればということで。 

 本当はジョルジーノはもっと底意地の悪そうな顔で、チェーザレ殿は血の涙を流さんばかりに屈辱に歪んだ顔をしているはずなのですが、画力が全く追いついていないのであった。


 ちなみにこのシーンで、友人Dさんの怒りの叫び「ジョォルッジイイィィイーノ!」が出たのでした(笑)

 それ以来、彼女はジョルジーノを呼ぶ時は、いつも不必要に巻き舌になって陛下をdisっていたものですよ……

「ジョル滅べコール」というのもあったな……!(もはや「ジョル」呼ばわり)

 そこまで悪役に強い印象を持ってもらえるというのも、物語を語る者としては、とても嬉しかったです!


(なお『銀狼の恋の物語』は、まだ続きます……)

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