『戦物語』
突然ですが私は、小学校高学年のときに、塩野七生さんの著作にハマりました。
初めて読んだのは文庫版『ルネサンスの女たち』。
それから『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』『ロードス島攻防記』、そして『緋色のヴェネツィア』『銀色のフィレンツェ』『黄金のローマ』三部作と読み、大人っぽい描写の美しさに陶然としていました。
もちろん小学生なので、書かれている漢字や言葉が、すべて読めたり理解できたりしたわけではありません。(たとえば「埋没」を「りぼつ」と読んでいたりなど……まあ、似てるけどね……)
しかし、そんな場合は「必殺! まわりの雰囲気からだいたいの意味を推測して読み流す」という技を使っていたので、何も問題なし!
難しい外交上の話などはすべてスルーし、大人な人間ドラマや戦いの描写などを「つまみ食い」して楽しんでいました。
「私も、こんな物語が書きたい!」
今にして思えばあまりにも壮大すぎる野望を抱き、当時の私が書き始めたのが『戦物語』という物語でした。
自分の中では、憧れの「三部作」になる予定!
いや……うん。いいんだ。子供はでっかい夢を持て……!
何がいったいどう三部作なのかというと、この物語の舞台は、三代続けて女領主が治める都市国家であり、その一代ずつの出来事を書いていこうとしたのです。
その都市国家の名は「スフォルツァ」。
歴史好きな方は、もうお気づきになったかと思いますが、イタリアの「スフォルツァ」家から名前をとっています。
しかも一代目の女王(「領主」だが当時の私は女王と呼んでいた)の名は「カテリーナ・スフォルツァ」。
『ルネサンスの女たち』にも登場する実在の女領主、フォルリのカテリーナ・スフォルツァさんから、そのまんま名前を頂いています!
昔の自分に、まず第一に言いたいことがあるとすれば、
「人物の名前は、ちゃんと自分で考えろ!!」
ということですね……
「一代目の「カテリーナ」が、反乱軍に加わって前領主を倒し、スフォルツァ家を再興して女王となる。
二代目の「レーテ」が、隣国との絶え間ない軍事的小競り合い・諜報戦を繰り返しながら、領土を維持。
このとき、隣国ジェノヴァ(あのジェノヴァ!?)にジョルジーノという若き王(領主)が即位し、一気に緊張が高まる。
三代目の「ルカシュ」が、母の路線を受け継ぎ、ジェノヴァのジョルジーノとの戦いを繰り返すが、長く続いた戦いに両国は疲弊。
新たに北に興った脅威・ナントカ国(名前忘れた)に対抗する必要もあり、ルカシュとジョルジーノとの婚姻をもって、両国は同盟を結び、長年の争いに終止符が打たれる」
全体としては、そういうストーリーでした!
ええ、確かに、そういう話なのですが、この流れがきちんと定まったのは、中学生くらいになってから。
小学生のときに考えていた話は、もっと無茶苦茶でした。
いや、もう本当に、 む っ ち ゃ く ち ゃ ! くらいは言ったほうがいい無茶苦茶さです。
舞台となるのは、一代目「カテリーナ」女王の時代。
主人公はカテリーナ女王ではなく、なんとかいう若い騎士(名前忘れた)です。
でも、カテリーナ女王は明らかに、主人公よりも活躍していました。
ルネサンス期イタリアに実在したカテリーナ・スフォルツァさんは、すごい美女で、なおかつ、ものすごい女傑だったとのこと。
その人への憧れから生みだした人物「カテリーナ女王」も、やはり、ものすごい女傑でした。
どれくらいすごいかというと、もう、開いた口が塞がらないくらい、スゴいのです。
その一例として、いまだにはっきりと覚えている、ひとつのエピソードが!
ある時、ナントカくん(……)をはじめとした、スフォルツァの騎士三名が、敵国ジェノヴァに捕らわれてしまうという事件が起こります。
ジェノヴァの幼い王・ジョルジーノ――後の設定では「ジェノヴァの老狐」と呼ばれる陰謀家の青年王となりますが、小学校時代、彼はほんの子供ということになっていました――が、彼らを城の前の広場に引き出して処刑しようとした、まさにその時!
がらごろがらごろ!! と、どこからともなく響いてくる、ナゾの音!
「何事だ!?」
とざわめく人々の前に、悠々と姿を現したのは!
大 砲 を引っ張ったカテリーナ女王!!
………………。
自分でも、いまだに書いていて笑ってしまうくらい、スゴいですね。
何故。
いったいどうしてなにゆえに、女王が自分で、しかもたった一人で、大砲を引っ張ってくるんだッ!?
ここはジェノヴァだろ!?
女王がわざわざ国境越えて、ずーっと一人で、がらごろがらごろ大砲を引っ張ってきたというのかッ!?
しかも、ここからが、さらにスゴいのです。
唖然とする(←当たり前だ)人々に向かって、カテリーナ女王は一言、
「伏せろーっ!」
と怒鳴り、いきなりジョルジーノに向かって大砲をぶっ放します。
(ちなみに、間一髪で席から転げ落ち、ジョルジーノくんは生きてました。それもまたスゴいぞ……)
この暴挙に、当然、場はパニック状態!
カテリーナ女王は、その隙に自ら処刑台に駆け上がると、剣を振るって騎士たちを拘束している縄を切り、さらには、問答無用で敵兵をブチ倒して、人数分の馬を強奪します。
うん……快傑ゾロでも、そこまではしないと思うね。
しかし、彼女のスゴさは終わりません。
むしろ、ここからが一番スゴいのです。
カテリーナ女王の獅子奮迅の活躍で、騎士一同は命を救われ、その場を逃げ出すのですが、当然、すぐさま追っ手がかかります。
疲労から手綱さばきの鈍い騎士たちは、土地勘のある追っ手側の巧みな誘導にはまり、深い峡谷に向かって追い詰められることに。
絶体絶命の、その瞬間!
女王の鋭い指示が飛びました!
「飛べ!」
………………………。
峡谷、です。
まあ峡谷ですから、少なくとも何十メートルとかの幅があるでしょう。
それを「飛べ!」ってのは、どういうこと?
「跳べ!」じゃなくて?
あー、まあ、跳ぼうが飛ぼうが、この際関係ないよな……
と、普通の人なら、誰もがそう思うでしょう。
しかし。
この騎士たちは違ったのです。
『――ハァッ!!』
三つの息吹が、ひとつになりました。
馬の背を蹴り。
彼らは、飛 ん だ のです。
マントを両手で広げて。
ムササビの如く。
……………………………。
ちなみに女王陛下も自分のマントで、悠然と飛んでおりました。
マントで華麗に空を飛び、峡谷を渡って、一同は無事にスフォルツァへと帰還したのです。
……もう……何か……
いえ。もう、何も言うことはないです。




