第三話「ご注文は負債ですか?」
たいへん遅くなりました!!ごめんなさい!!
ガバガバ時代考証に定評のある作者が導き出したジャガイモ警察さんへの対抗策だ!!
藁葺きベッドの感触で朝を迎えてしまった。なかなか現世では体験できない事である。
ベッドの淵からゆっくりと起き上がると、窓際に置かれたグラスを掴む。陶器製のそのグラスには、家主が朝早くから汲んできた新鮮な井戸水が注がれている。
眠気覚ましに浴びるような一杯。たまらない……。都会のカルキの香りのする水とは違う『自然の潤い』を五臓六腑に染み渡らせると、俺は大きく背伸びをした。
「あっ、冒険者さん。おはようございます!」
階段を降りると、家主である少女が作った朝食が食卓に並べられていた。
「おはようございます、メイプさん。今朝は何の料理を作られたんです?」
メイプと呼ばれた少女は、目の前で微笑みながら朝食の紹介をする。
「今朝はガレットを作ってみたんですよー!あとは裏の森で採れたリンゴと薬草のサラダ!」
俺は切り株のような円形の椅子に座ると、そこまで馴染みのないガレットという料理をまじまじと観察する。
ピザやキッシュのような円形の小さな料理からは香ばしい香りが漂っている。一口食べると、揚げたようなカリカリの食感の中にモチモチとした柔らかな舌触りがある。
「どうですか?ホクホクして美味しいでしょう?これだけしか使ってないんですよ!」
彼女はそう言うと、キッチンから籠に入った何かを持ってきた。これは……ジャガイモ?
「これ!バレーショって言いまして……二年ほど前にこの森で見つかった新しい作物なんです!」
「この森で見つかったもの……ということは他には流通してない感じですか?」
「はい!倉庫にたくさんあるんですけど、ここで作ったものはあちら側の方は買ってくれませんから……。」
少女はそう言うと伏し目がちに会話を終わらせた。
あちら側、というのは昨夜言っていた北東の王国なのだろう。『カルロ王国』という名のその王国には、この大陸の圧倒的多数派であるカルロ人という人種とほかの大陸から来た冒険者が闊歩しているという。『亜人』と呼ばれている少数派――この森に住むエルフや他の地区に住む種族――は百年前の分裂戦争でカルロ王国から追い出され、今でも迫害されているらしい。
どこの世界でも差別ってあるんだな……。俺はそんな事をただ考えながら、黙々と朝食を口に運んだ。
食事を楽しんでる間無言のままというのも気まずい。俺は黙々と食べる時間を早々に切り上げ、メイプさんに気になっていたことをいくらか質問することにした。
「メイプさんはこの森に一人暮らしなんですか?」
「あー、私の他に姉が一人いましたね。」
少女はそう言い、窓際に置かれた小さな紙を優しく撫でた。
「すいません!!また言いづらい事を聞いちゃって……。」
「気にしないでください。いつまでも引きずるわけにもいきませんし……。」
ダメだ、さっきから地雷を踏みまくってる……。
メイプさんの手から離れた紙片には、亜麻色の髪をした少女と彼女の頭を撫でるブロンド髪の美しい女性が写実的に描かれていた。
バレーショのガレットも最後の一口までなくなった時、屋外でなにか大きな音がした。
「やめろッ!!この森は我々にとっての聖域であり自治区だ!それ以上の破壊行為は我々への宣戦布告と見倣すぞッ!」
「自治区だァ……?いいか、この土地はシャムルーク家が所有する庭だッ!それを国とミツバ様のご好意で貸してやってんだよ……!しかし期限だ。いいか?この森はシャムルークの別宅に変わるんだッ!!」
俺が音を頼りに森の入口に向かうと、銀髪のエルフとガタイのいい男が言い争っている。周りには斧や松明を持った兵士の集団と、そこに弓を引く若いエルフの男達が一触即発の様相を呈している。咄嗟に大木の陰に隠れ、様子を伺う。
「待て、話が違うではないか!?我々は毎年女を一人捧げる、それが五十年前に苦しみながらも合意した契約のはずッ!今年は一ヶ月前に1人捧げた!それで一年間はこの森は安全なはずでは!?」
「あの女か……。美しくて従順ないい女だったんだがなぁ。逃げたよ。」
「逃げた……!?」
「恨むんならあの女を恨めよ。ヒャハハッ、ボロボロに傷ついたまま逃げ仰せた裏切り者をよッ!!」
「一体なにが目的だ!?追加の人柱か!?奴隷かッ!?」
「バーカ、土地だよ。こんな森さっさと取り壊してぇんだよ。まぁエルフの女とガキはよく売れるし、野郎も労働力の足しにはなるか!!立ち退いた上に新しい勤め先まで提供してやるんだぜ?そんな恐い顔せずに笑えよ、耳長野郎のギンコ君?」
「貴様ッ……!!我々エルフの誇りを侮辱した罪、必ず償ってもらうッ!!」
「おっとー?俺達に勝てるって言いたいのかー?バカ言えよ、相手はこの王国の南部を領有してるシャムルーク家だぜ?貴族だよ貴族。わかるかギンコ君?お前ら野蛮な耳長とは違うんだよッ!そんなにこの森が大事か?その命に替えても守り抜こうと思うか?悔しかったら金でも用意してみろよ!まぁ野蛮なお前らには無理だろうがな!」
ギンコと呼ばれたエルフは高笑いをする男を憎悪を隠しきれないように睨みつけながら歯軋りをした。あまりの鬼気迫る表情に、思わずこっちの体が竦むのを感じた。
「おい、そこで聞き耳立ててるヤツは何者だよ?エルフじゃねぇな?」
いつの間にか背後に兵士が立っており、屈強な男の前に引きずり出される。肉体に対して窮屈に見える鉄の鎧を着、顔の大きさに大してそれぞれのパーツは釣り合わないほどに小さい。
「あぁ?お前冒険者か?俺はシャムルーク家の兵士長、イケガって者だ!お前は何者だ?」
この男は馬鹿なのか?なぜ急に自己紹介をしだした?脳まで小さいのか?多分これがこの世界の挨拶なのだろうと勝手に解釈し、俺も名乗り返す事にした。
「おれ……私は、あっ、えっ、昨日ここに来たマコトって者だ……です……。」
ダメだ。俺はこの手の図体のデカいDQNタイプは苦手だった。こっちは仕事が恋人のモヤシっ子冒険者。コンクリート・ジャングルの生活に適応した企業戦士が、ジャングルから飛び出してきたような屈強な戦士に勝てると思うか?俺は思わない。
そもそもこういった深夜のコンビニに屯するような雰囲気のヤツに俺は注意すら出来なかった。ただのポンコツだ。
俺の余りにもあんまりな受け答えに拍子抜けしたのか、兵士達は一週間にまた来ると言い残して去っていった。『次に来る時までに六万Gを渡せば森の権利は渡す』という条件付きだ。
そして始まったエルフ達の会議。そこに何故か俺とメイプさんも参加している。
「一週間以内に六万G……。本当に出来るのか?」彼らの代表者であるギンコがそう言うと、集まった百人のエルフは一斉に首をひねる。
六万Gという金額はそんなにも法外な物なのだろうか?そんな事を呟いているとメイプさんがそっと耳打ちをしてくれた。
「あちら側では農民一人あたりの生涯に稼ぐお金が二万Gです。」
なるほど、それはかなりの大金だ。一週間以内に払うのは厳しいものがある。
その間にエルフたちはふたつの意見で分かれ、論争が巻き起こっていた。
高く売れる女を奴隷として出し、大金を得るという意見。シャムルーク家の屋敷に攻め入り強訴するという意見。どちらも払う犠牲は大きいものだ。人道的にも黙っていられないものもある。
瞬間俺の脳内で朝の出来事が天才的なアイデアに変化し、名案が降りてきた。
「あの!余所者の分際で意見するのはたいへん恐縮なんですが……。ここでしか採れないバレーショって作物!あれをブランド食材として売れば!」
「それは王国の民が我々への差別を減らすという条件付きだな。」
そうだった。朝に言われたことも忘れたのかこのポンコツは。自分の無能さと厚顔無恥っぷりに嫌気がさし、顔は朱に染まった。
「それは出荷先をカルロ王国のみに指定した場合ですよね?例えば北東のゴブリンの集落とかなら……。」
俺のことを不憫に思ったのか、メイプさんが助け舟を出す。ありがたい。
「だが……そこまでにはかなり距離があるぞ!体力のないエルフの足で片道四日はかかる!」
「それなら俺が行きます!」俺は思わず叫ぶ。言い出しっぺの法則だ。この世界の初仕事は作物の交易だ!
ジャガイモ警察さんすいませんでした