十波修②
『編入生』
登場人物
十波修.七羽院輝春.京天智緑葉.小野原英.紅神愛繭
●ノーマルラブ
本章には上記の要素が含まれますので苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
生徒会本部役員は昨日今日のことで話し合うために、毎朝生徒会室に集まっている。
集まることが苦痛だと思ったことはないが、こんなに朝早くから学園にいるのは始めてだった。
調度朝日が昇った頃。
まだ眠っていた俺の横で携帯電話が鳴り出した。
こんな時間にいったい誰だ…。
眉間に皺を寄せながら携帯のディスプレイを見ると、生徒会経理の京天智緑葉の名前が出ていた。
名前を見て簡単に話題の予想がついて、ハァッと大きく溜め息をついてから通話ボタンを押した。
「おはよう、十波君。例の件だけど、今日朝6時に正門前に集合ね。朝早く来る可能性も無きにしも非ず……問題を解決するまでは学園に一歩足りともいれさせませんから。では」
緑葉は用件を一方的に話すとすぐに切ってしまった。
相変わらず騒がしい女だ……。
緑葉の言う「例の件」とは、昨日生徒会を騒がせた「編入生」のことだ。
その編入生は女子生徒にも関わらず男子制服を着用したいと要望したらしい。
学園長の許可は得ているようだが、緑葉や輝春は納得できないと議論を繰り広げていた。
結局、その生徒の初登校日である今日、本人に直接事情を聞く……ということで話がついた。
緑葉はなんとしてもその生徒を捕らえようと、朝早く俺に電話をしてきたという訳だ。
きっと輝春や鷹沢にも電話をしているだろう。
見合学園は遠方から通園してくる生徒も多く、電車やバスの都合で朝6時頃に着く生徒もいる。
確実に編入生を捕らえたいなら緑葉の作戦は妥当だと思う。
だが。
俺は、緑葉達が騒ぐ程大問題だと思っていない。
規約には女子生徒が必ずしも女子制服を着用しなくてはいけない、という項目はない。
学園長の許しも出ているし、放っておけばいいんじゃないかと……本音はそう思う。
しかし、生徒会長である以上、風紀を乱す原因となるうる者を放っておく訳にもいかない。
春と言ってもまだ朝方は冷える。
春風に吹かれながら俺と緑葉と輝春は正門の横に立って編入生を待ちぶせる。
予想はしていたが、やはり鷹沢は来ていなかった。
鷹沢は副会長であるにも関わらず、自分の興味のないことや面倒臭いことには参加しない。
まぁ……定例会議や重要な集まりにはしっかりと参加しているから、俺は構わないが。
緑葉は朝っぱらからカンカンに怒っていた。
時間が進むに連れて、正門を通る生徒の人数が増えていく。
俺達の顔を見て生徒達が頭を下げながら「おはようございます」と挨拶する。
そしてその度に俺達を見ながら噂をしているのがわかった。
「朝早くから生徒会が……」
「どうして会長が……」
俺達がおおやけに活動するなんて行事以外には有り得ないことだったから、皆が驚いていた。
「あれ、輝春~。こんな早くから生徒会活動?ご苦労様だな」
俺の隣りに立っている輝春に一人の男子生徒が話しかけた。
俺、輝春、緑葉と同じクラスの小野原英という男だ。
制服を若干着崩して、数人の女子生徒を引き連れながら登園してきた。
小野原英は何かと目立つ男で、生徒会メンバーである俺達に引けず劣らず有名人だ。
中等部では3年間首席。
高等部に入ってからは遊びに目覚めたらしく成績は下降したが、女子生徒を連れて歩くようになった。
ルックスもかなり良い。
輝春は小野原と仲が良いようだが、俺は会話したことは一度もない。
「学園の為に朝から仕事だよ」
「へー、学園の為にねぇ……。俺は金積まれたってそんなことしたくないけどな。輝春だって本当は面倒臭いんだろ?」
小野原は冗談なのか本気なのか、俺の方をチラ見しながら生徒会を罵倒するようなセリフを吐いた。
俺は全く気にならなかったが、輝春の横で聞いていた緑葉がこれまでにない程激怒した。
「我々生徒会が懸命に活動しているからこそ、見合学園高等部は成り立っているの!
貴方みたいな人に1円足りとも積んだりしませんから、ご心配なく!
出来損ないな人にいられても、生徒会も迷惑ですから。
それと、規定外のシャツを着用するのは規定違反!!制服のボタンはきちんと留めなさい!!」
財閥のお嬢様の突然の罵声に、正門付近にいたたくさんの生徒が足を止めて唖然とした。
そこまで言われた小野原もさすがに頭にきたらしく、身を乗り出して緑葉に文句を言おうとした。
その時だった。
ほとんどの生徒が足を止めて緑葉と小野原の方へ視線を向ける中、颯爽と学園に入っていく一人の生徒に気がついた。
美しい金色のポニーテール。
長い髪を靡かせながらこちらには目もくれず学園に入っていく生徒。
その生徒はどう見ても女子だった。
しかし、男子制服の赤い学ランを身に纏っていた。
編入生の「紅神愛繭」だ。
緑葉と小野原は言い合いを始め、輝春はそれを止めようと間に入っていた為、編入生に気付いていないようだった。
俺は咄嗟に輝春と緑葉の後ろを抜け一人で生徒を追うことした。
正門を抜け真っ直ぐ行くと本校舎があり、生徒用玄関がある。
ゆっくりとした足取りで玄関へ向かっている生徒達を速足で追い抜いていく編入生を追いかける。
しかし、編入生は玄関へは向かわずに、玄関横の脇道へ入って行った。
走れば止めることもできたが、俺は編入生の様子を伺うようにゆっくり歩いて後を追った。
どこへ行く気なのだろうか。
この脇道の先には学園の庭園と、酒巻学園総取締役が住んでいると言われている建物しかない。
学園長ならまだしも、ただの編入生が総取締役に用があるとは思えない。
考えられることを一通り考えながら歩いていると、突然編入生が庭園で足を止めた。
庭園の中心に身構えた大きな桜の木。
学園創立時から植わっている貴重な木だと聞いている。
開花時期なので、満開になった桜は時折花びらを地にちりばめた。
編入生は桜の木の前で立ち止まり、花びらが落ちて行くのを食い入るように見つめていた。
何か思い詰めたような表情で桜を見つめるその横顔がとても儚げで、俺は魅了させられてしまった。
しかし、彼女を追っていたことをはっと思い出して、静かに歩み寄っていき背後から声をかけた。
「紅神愛繭さん……ですか?」
俺の声に気付くと彼女はまた髪を靡かせてすぐに振り向いた。
後をつけられていたことに気付いていなかったようで、突然現れた俺をとても驚いた表情で見つめた。
そして自分から俺の方に歩み寄ってきたかと思うと、目を見開きながら俺の顔をまじまじと見ている。
「貴方……は……?」
第一印象はとても美しいと思った。
しかし、間近で見るとより綺麗な女だと実感させられた。
透き通るような白い裸。輝いた瞳。
綺麗な声。
俺を見上げている彼女を、瞬きすることも忘れて見つめてしまっていた。
「見合学園高等部生徒会長の十波修といいます。」
そう名乗った瞬間、じっと俺を見ていた彼女はすぐに表情を変えて目を逸らした。
そして目を逸らしたかと思うと、その場から去るように何も言わずに歩きだした。
俺は咄嗟に彼女の腕を掴んで歩みを止めてしまった。
腕を掴まれた彼女は面白くなさそうな表情で振り返り、睨むようにして俺を見た。
「あんたに用はない。その手離して」
態度も表情も口調も、さっきとはまるで別人のように変わった。
突然の豹変に焦りを隠せない俺だったが、それでもその手を離さなかった。
「生徒会長として聞きたいことがあるので……生徒会室に来ていただけませんか?」
なんとか冷静に本題をぶつけてみたが、彼女は更に嫌そうな顔して力いっぱい俺の手を振り払った。
「邪魔しないで」
嫌悪にも似た冷たい瞳で俺を見てそう言うと、彼女は俺の前から走り去ってしまった。
俺は呆然と彼女が消えていくのを見送ってしまった。
なぜ呆然としたかって……。
見とれるくらい美しいと思った女性が、あんなにも豹変するものかと……。
振り払った彼女の力が見た目から想像もつかないくらい強かったこと。
そして俺の言葉に「邪魔」だと返答したこと。
こんなにも屈辱的な態度をとられたのは生まれて初めてだ。
学簿に載っているはずの詳細は一切不明。
女なのに男子制服を着て美しいと思えば凶暴で
そして俺を邪魔扱いした。
いったい彼女は何者なんだ?
その後、緑葉と輝春の元に戻った俺は
編入生を取り逃がしたことを報告し、緑葉に長々と怒鳴られた。
小野原はすでにいなくなっていて、あの後どうなったかは知らない(興味がない)。
「どんな女の子だった?」
輝春が神妙な面持ちで俺を見ながら質問してきた。
輝春に視線を返してから、どう言おうか迷っていたが、無意識にも独り言のように本音を漏らしてしまった。
「美しかった……」
俺がはっとした時にはすでに遅し。
その場にいた輝春と緑葉が驚いて固まったのは言うまでもない。
謎に包まれた編入生「紅神愛繭」。
彼女に一目惚れしてしまったこと、それは誰にも気づかれていない。
そして俺自身もまだ気づいていない事だった。
■next
やっと出てきました。
love trickの主人公(一応)になります、紅神愛繭です。
しかしlove trickのすごいところは、主人公なのに紅神愛繭目線の話から書かない!ってとこ(笑)
愛繭は中心人物であって主人公でないのかも。
ともかく、メインは紅神愛繭の話です