正常値に達するまでは
「正常値に達するまでは」
正常値に達するまでは、プリズムのように光る体液と交換できない。
いまは、人間が赤い血をもっていたなんて、信じられない時代なのだ。
すべての人が健康的なオパール色の顔をしている。
私はくすんだ病気をもつめのう色の顔色で、それを見られるのがひどく恥ずかしい。
現在、この都市は無法地帯だ。
警察はめったなことではやって来ない。
わたしは合金のストローをもって、夜道をひた走る。
無防備な市民の体液を狙って、暗闇に駆け込んだ。
ネオンは毒々しい赤い色に輝き、私の顔に反映する。
めのう色の血液では正常値をはるかに下回る。正常値に達しない人間には衣食住の自由権が得られない。
飼育所で共に育った友人は、最後にはトパーズ色になって死んでしまった。
カツコツと闇に足音が響き、不幸を知らないオパール色の人間がやって来る。
私は飛び掛かってその首にストローをつき立て、オパール色の体液を吸い込んでいく。
被害者はウンともスンとも言わずに、どっと倒れて死んでしまう。
私の顔色はどうなったろうと、手鏡を取り出す。
めのう色が薄くなり、アメジスト色に変わっていた。もう少し生きていこうと思えば、真珠色になるまで頑張るべきだ。
私は獲物を求めて羽根を広げて飛び立った。
かつての人間共は滅び去り、今この地に君臨するのは私たちだ。
器用に六本足を動かし、私は獲物を求めてカフェバーに入っていった。
癖の強いトニックを頼み、それをジンギスカン風にシェイクしてもらう。こうして私の目の前でカクテルを作るバーテンダーでさえ、オパール色だが、電灯がオパール色なのでそう見えるだけなのかもしれない。
トイレにのんきな市民が入っていったのを確認して、私は後を追う。
植物の陰で、後ろからぐっさりとストローを刺し、体液を吸収する。
平然とした顔付きでカウンターへ戻ると、バーテンがいった。
「いくら罪にならないからといって、後ろから刺すのはよくないね」
「黙ってろよ」
私はバーテンの言葉を遮り、手鏡の中の顔を見る。アメジストがラピスラズリ色に変わっていた。金と銀の光る鉱物的な輝きが、私の顔のうえでチラチラとしている。もうすぐ真珠色になり、病院でプリズム色の体液と交換してもらえる。
「おせっかいかもしれないけれど、そんなことをしていると、自分もそんな目に会いますよ?」
「そのときはそのときさ。春は長くて夏は短い。冬眠の時期までには私の顔色もオパール色に光るはずさ」
そんな私のバーテンは肩をすくめるだけだった。