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いもにえっ!

作者: 田山歴史

 日本の怖いというモノは、積み上げ式で、一つ一つ積み重ねて、最終的に背筋をヒヤリとさせるのが常套手段である。不気味さ、理不尽、とにかく分からないもの、主人公にはどうにもならないことを結集させるのが常だ。

 そして、それが究極系である。理不尽なものは理不尽なまま、謎は謎のまま終わった方が後味が悪い。謎が明らかにとかなんとか、そんなことをやられたら『後味の悪さ』が薄れてしまう。

 この物語は、そういった積み上げ式を無視して後味の悪さだけを追求して書いてみたけど、上手くいったかどうかは分からない。

 気まぐれに、読んだあなたが判断してやってください。 

 ひらがな四文字で贈る、胸糞物語。

 これはただひたすらに残虐な、それだけの話





 昔々、ある所に四人家族がいました。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹の四人家族でした。

 ひょんなことで、お父さんとお母さんがいなくなってしまいました。

 お兄ちゃんと妹は、それでも慎ましやかに生活しています。



 早差句持(はやさしくもつ)は、私のお兄ちゃんだ。

 年齢は十六歳。見た目は普通で地味。少々シスコン気味なのが玉にきず。世の中ではもしかしたらキモオタと呼ばれる人種なのかもしれないけど、お兄ちゃんが私以外の女の子に萌えている所を見たことはない。

 私の名前は、早差雲絵(はやさしくもえ)という。

「雲絵、そろそろ起きないと朝食食えなくなるぞ」

「…………むにゃむにゃ」

「ふむ……ああ、そういうことか。それじゃあ――いただきます!」

「ちぇすとー!」

 いただきますじゃない。毎朝私を性的な意味で食べようとするんじゃない。

 お兄ちゃんの顔面に鉄拳を叩き込み、私達はいつも通りに朝食を摂る。朝食は毎年のようにパン祭りを開催するメーカーの食パンで、焼いて各自でテキトーに食べる。

「お兄ちゃんは毎朝セクハラが過ぎると思うの!」

「雲絵もセクハラをすればいいんじゃないかな?」

「……ああ、その発想……確実にお兄ちゃんはキモオタだわ。死ねば良いのに」

「失礼な。お兄ちゃんは雲絵以外の女性には萌えたことはないぞ? 俺の嫁は雲絵しかいない。純粋で一途な人間をキモオタとは呼ばないだろ」

「え? ……え? しねばいいんじゃない?」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 なぜか喜ばれた。本当に死ねば良いのに。

 いやまぁ……死なれると色々と困るんだけど。本当に困ってしまうんだけど。あらゆる意味で困りまくってしまうんだけど。

 朝食の目玉焼きを作る人間がいなくなってしまうのは……非常に困る。

「雲絵は卵が好きだよね。魚卵も好きだし」

「いくらが好きなだけで魚卵に限定はしてないからねっ!?」

「今日の夕飯はなにがいい?」

「……さんまの塩焼きかなぁ」

「妹らしくねぇメニューチョイスだよな。もうちょっとこう、発想を女の子っぽく」

「ビールとお刺身」

「人の話を聞かない妹だなぁ。だがそこがいい」

 言いながら、お兄ちゃんはあっという間にパンを食べ終わって席を立った。

「んじゃ、今日はちょいと委員会があるから早めに出るよ」

「二度と帰ってこなくてもいいから」

「ちゅっ」

「っ!? い、今、ちゅーをしたなっ!? 妹にちゅーは犯罪なんだよっ!?」

「雲絵には国家権力を納得させる方法がない! 故に妹にちゅーは合法!」

「でっかい声出すぞ、クソ兄貴」

「ごめんなさい調子に乗りました行ってきます」

 頭を下げて、快活に馬鹿兄貴は学校に行く。

 その背中を見送って、私は深々と溜息を吐き、パンを齧って再度溜息を吐く。

 お兄ちゃんにツッコミを入れるのは疲れるし……パンも嫌いじゃないけれど。

「たまには、お肉とか食べたいよねェ」

 そんなことを思いながら、マーガリンを大目に塗ってパンを齧る。

 パンはパンで美味しいけれど、お肉を食べられない程度には、我が家は貧乏だった。



 俺の妹は最高である。至高にして頂点である。

 目が荒み過ぎていて可愛い。胸もなけりゃ背も低く、服装は洒落ッ気ゼロだ。毒舌で趣味がオッサンっぽいが、それが最高だと俺は思っている。

 妹という属性は心底どうでもいいが、ウチの妹は最高だ。

 もちろん、そんなことを学校で言ったりはしない。当たり前だ。俺は自分がキモいことを大いに自覚している。妹のことを語り出すとデュフデュフ言ってしまうキモオタなので絶対に言わない。俺は空気を読みたいと思う男だ。

 あんまり読めていないのかもしれないが。

「くもつぅ、ここはどーやって解けばいいのよぅ?」

「この問題はこっちの公式を覚えて……あ、その顔はやる気ねーな?」

「ねーよ。数学キライ」

「んじゃ、もう面倒くさいからこの途中計算と答えだけ丸写ししろ」

「うっへぇ、さすがくもつ。話が分かるゥ」

 クラスのバカ女にノートを写させてやりつつ、内心で溜息を吐く。もちろん妹と比較するような可哀想な真似はしない。妹は至高過ぎるだけで、別にバカ女が悪いわけじゃない。俺が嫌いな香水は自分の体臭を慮っての精一杯のお洒落だろうし、化粧だのなんだの俺が最高に嫌っているアレコレも、男にもてるための努力と思えば可愛いものだ。

 バカ女はへらへらと笑いながら口を開く。

「そーいえば、くもつさぁ……無月と仲良さそうにしてるけどやめた方がいいよ?」

「無月? ああ、可憐のことか?」

「なんで名前で覚えてんのよ……陰気な上に生意気で、ホント腹立つわ」

 俺はお前を見てるとぐーで殴りたくなるがな。……とは、もちろん言わない。

 妹が至高過ぎるだけで、これが女性のスタンダードである。陰口や悪口をこの上なく嫌いまくっている俺ではあるが、空気を読みたいとは思っているのだ。

 腹の奥はムカムカするが、それはどうでもいいことだろう。

 ムカムカしながら廊下側一番奥の席に目を向けると、ぼさぼさの髪に寝癖、ほつれた制服に素足の女子生徒が、ギラギラした瞳で宙空を見据えていた。

 時折にやりと不気味に笑っているのが、なんとも不気味だ。

 なぜ素足なのかといえば……露骨にいじめられているからだ。運動靴は昨日水没させられたので、今は自宅かどこかで乾燥中なのだろう。時折バカ女を含めた頭の悪い女子に紙クズを投げられては「ひひっ」と、不気味に笑っている。

 精神状態が限界そうにも見えるし、そうでもなさそうに見える。

 あるいは……いじめなどどうでもよくなるくらいの、限界ぎりぎりの生活を送っているのかもしれない。

 妹とは違う路線で、少しばかり好みだ。

「仲が良いってわけじゃないぞ。あいつは頭が良いから学ぶべき所が多いんだ」

「成績なら、くもつも良いじゃない。上から数えた方が早いじゃない」

 俺は『頭が良い』と言ったんであって、それと『成績が良い』は微妙に関係あるようでねぇんですがどうでもいいですかそうですか香水キツいです死ね。

「そういえばさ、くもつぅ。今日は暇?」

「見りゃ分かると思うが、俺は毎日忙しいよ」

「んじゃ、あそぼーよ♪ カラオケ行こうぜ、カラオケ。あたし結構歌上手いんだよ」

「忙しいって言ったし、来週中間テストだろうが」

「もうわっかんねーよぅ……」

「んじゃ、放課後あたりに俺の家で勉強するか?」

「うん」

「…………じゃ、じゃあ放課後な。はは……」

 冗談を真に受けられた。かといって前言を撤回するわけにもいかない。

 うるせ―馬鹿冗談だボケ本気にするなと言えるほどの胆力があれば、俺の人生ももう少し違ったものになっていたかもしれないが、それができない俺はヘタレだった。

(ま、しゃーないか)

 気持ちを切り替えて、内心で溜息を吐きつつ勉強に集中する。

 俺は勉強が嫌いだ。嫌いだが淡々とやる。こんな俺にも将来の目標のようなものがあってそれに向かって進んでいる。目標を達成するためには、金が要るのだ。

「くもつさ、そんなに勉強してどーすんの?」

「将来のための投資。人脈も要るし金も要る。世の中ってのはそんなもんだ」

 参考書の問題を解きながら、俺はそんなコトを言った。

 まぁ、妹の帰る場所を作るために一生懸命になる程度は、兄貴として許される。

 そんなことを考えつつ、地道に問題を解いていくのだった。



 某月某日、兄が女を連れて来た。

 下心がアリアリな下品な女と、その女に全く興味がなさそうな兄の微妙な表情がを気にしつつ、雲絵はゆっくりと息を吐いた。

 兄は壊れている。

 壊れているから、家に平気な顔でホイホイ女を連れてくる。

「全く……全くだわ、全く」

 本を閉じ、溜息を吐いて、雲絵はぼんやりと天井を見上げていた。

 兄のことが気になる。

 気になって仕方がない。

 思えば……最初から、雲絵は常に彼を気にして生きているようなものだった。


 昔々、ある所に四人家族がいました。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹の四人家族でした。

 しかし、この家族は終わっていました。

 よくある話です。お父さんとお母さんは最初から最後まで子供を『我が子』として愛することができませんでした。肥大化した自己を制御しようともせず、子供を独立した《個》ではなく、自分の所有物として扱ったのです。

 お兄ちゃんは徹底的に厳しく躾けられました。厳しくというよりも……徹底的に、反抗できないように意志を折るような育て方をされました。

 なぜか? お金を生産し自分たちに逆らわない機械を作るためです。

 妹は徹底的に甘やかされました。甘やかされたというよりも……徹底的に、自分たちに依存しないと生きていけないように仕立て上げられました。

 なぜか? ペット感覚です。自分たちの心を満たすための可愛い生きモノを作りました。人は『他者に必要とされる』実感が欲しいものです。

 もちろん、上記のような育て方は全て無意識に行っています。自分たちのための子供の育成。自立や独立など考えさせる余地を与えない……有体に言えば、彼らは自己愛に溢れすぎていた結果、子供の育て方を間違えたのです。

 しかし、ひょんなことで、お父さんとお母さんはいなくなってしまいました。

 妹は兄を罵倒しました。心の底から罵倒しました。兄は家族という群れの中で最下層に位置していた上、妹は『ペット』として育てられたために、それ以外を知らなかったのです。おねだりと罵倒しか、欲しいモノを手に入れる術がなかったのです。

 兄は罵倒に耐えかねて壊れてしまいました。全てを閉ざして、心が死にました。

 歪んだ育てられ方と生き方の末に、彼らは終わりました。

 お兄ちゃんと妹は、それでも慎ましやかに生活しています。


 その部屋は、真っ白だった。

 部屋を間違えたというわけではない。単純に、思い人の部屋がどんなものはちょっと見たいという好奇心が、わざと部屋を間違えさせた。

 真っ白な空間。上質の絹地を部屋中に敷き詰めたらその部屋のようになるだろうか。

 白い空間には、いくつかの膨らみがあった。

 顔だけ出した誰か。腕だけ出した誰か。見覚えのある顔がいたことに恐怖を覚える。

 遊び友達。名前は知らない。顔だけは知っているが……数ヶ月前に失踪した。

 生気のない青い顔。虚ろな瞳。ぶつぶつとなにかを呟いているのが、教室でいじめに遭っている無月可憐を彷彿とさせて、背筋に冷たいモノが流れた。

「なっ……によ……これ?」

「蜘蛛の巣。ちょっと散らかってる自覚はあるわ」

 声に反応して慌てて振り向くと、そこには陰気そうな少女が立っていた。

 荒んだ目。色濃い隅。低い身長。腰まで届く手入れされていない黒髪。Tシャツにハーフパンツというラフな服装。細い手足。

 好きな人の、妹。

「彼らは保存食。私の日常は、人間より栄養が必要だから」

「っ……な、なにそれっ!? ちょっ……あんた、一体全体なんなのっ!?」

「もう言ったでしょ……何回も繰り返すのは無駄なのよ。無駄無駄……」

 言いながら、雲絵は口元を緩めて、何気なく女の肌に触れた。

「餌が喋るな」

 触れたのは一瞬だった。一瞬で十分過ぎた。

 女の体が崩れ落ちる。極細の針で体の動作に関係する神経系統を麻痺させたのだ。本格的な処置はこれからになるが、とりあえずはこれで充分だと雲絵は判断する。

 女の意識はある。そういう風に雲絵は処置した。


「昔々、一つの家族があったわ。歪んだ家庭でどうしようもない父親と母親が、せっせと自分のために子供を飼育していたの。私としてはどうでも良かったからその二人をさっさと平らげて、ついでに子供も食べてしまおうと思ったの」


「その家に訪れた時、そこにいたのは壊れた男の子と、男の子が己になるために犠牲となり男の子の手にかかって死んでしまった妹。男の子は私を見るなり、とても良い笑顔で『ああ、雲絵。お帰り』と言ってくれたわ。錯乱して私を妹だと無理矢理思い込もうとしたのね。よくあることだわ……でも、それは私が蜘蛛になってからかけられたことのない言葉。とても懐かしくて……つい、居座ってしまった」


「本当に……ついね。惑ってしまったのよ」


「父親と母親は失踪して死んだように細工して、私は妹に成り変わって、それからはずっと楽しかった。お金の問題はあったけど、それは私の餌になる人間から適当に頂戴し続けた。一人の生贄を生かすために何人食べたのかはもう分からないけど……もののついでよね。昔と違って六文銭を持たせてあげられないのは心が痛んだけど」


「秘密はすぐにバレたけど、お兄ちゃんは雲絵なら良いと言ってくれた」


「そして……定期的に、適当なタイミングで私に『餌』を運んでくれるようになった」


 嬉しかった。泣きたくなるほど嬉しかった。

 だからこそ、これは雲絵が決めた最低限のルール。

 餌になる人間には全ての事情をきっちり話す。

 兄は壊れているが確信犯で、妹も化け物だが確信犯で、共犯なのだから。

 二人に共通しているのは……今の関係を続けたいということ。なるべく離れたくないということ。

 そのために、何人の人間を犠牲にしようが知ったことじゃないということ。

 雲絵に罪悪感はない。もう何人犠牲にしてきたか分からない。

 兄には……恐らく罪悪感しかない。

 常に『お前は悪い』と言い聞かされて生きてきた。決定的な理不尽を突きつけられて生きていく。

「それでも、私は餌の選り好みをする。童貞か、処女か、精神的に強いか弱いか……お兄ちゃんに付きまとう女か否か、あるいはその時の気分で獲物の生死を決めているわ」

 釣り竿を振っていたら、落雷で死ぬ。

 なんの前触れもなく、地震が起きて死ぬ。

 歩いていたら、車が突っ込んできて死ぬ。

 それと同じように、なんの慈悲もない、ただの理不尽。

「そして、私はあなたを食べる。私はあなたを捕食する……妬ましいから」

 兄と同じ学校に行けるのが妬ましくて。

 兄と同じ環境で勉強ができるのが羨ましくて。

 化け物の妹が、兄に付きまとう女に嫉妬して、食べてしまった。


「それじゃあ――いただきます」


 これはただ、それだけの話。





 昔々、ある所に四人家族がいました。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、妹の四人家族でした。

 ひょんなことで、お父さんとお母さんがいなくなってしまいました。

 お兄ちゃんと妹は、それでも慎ましやかに生活しています。



「雲絵、朝だぞ。ご飯できてるから起きろ」

「…………むにゃむにゃ」

「ふむ……ああ、そういうことか。手を合わせてください――いただきます!」

「おらァ!」

 今日も朝から妹は絶好調だった。

 雲絵を起こし、俺達は朝食を食べる。

 今日も朝食はパン。付け合わせはスクランブルエッグとサラダ。朝食なんてこんなもんだろう。朝はがっつり食うという奴もいるが、どういう内臓をしているのだろう?

「お兄ちゃんは毎朝妹の寝込みを襲い過ぎだと思うの!」

「早く起きればいいじゃん」

「クソ兄貴の手足もいでから今と同じこと言ってあげましょうかっ!?」

「怖っ! いくらなんでも、寝起きのことになると発想が荒み過ぎだろっ!?」

 雲絵はロングスリーパーだ。十一時間くらいは平気で寝る。

 最近は八時間くらい寝てから三時間昼寝する。少々夜更かしさんになっているのだが、俺と遊びたいがために起きている……というのは、自意識過剰過ぎだろうか。

 まぁ、雲絵には雲絵なりの考えがあるのだろう。

「そういえば、この前調達してきた『餌』の塩梅はどんな感じだ?」

「……朝っぱらから、そういうこと聞いちゃう?」

「聞いたらまずいのか?」

「前も言ったと思うけど、私の捕食ってエナジードレイン的なアレだよ? 基本的にはサキュバスを酷い感じにした捕食風景なんだから、少しは慮って欲しいな。ぶっちゃけ嬲り殺しだし」

「嫌がる妹から積極的に聞いていくプレイって、素敵やん?」

「死ねよ」

 真顔で言われてしまった。心がキュンキュンする。

「死ねよ」

 真顔で二回も言われてしまった。これはもうご褒美と呼んで差し支えないと思う。

 パンを適当に食べ終わる。そろそろ学校の時間だ。

「んじゃ、雲絵。そろそろ行ってくる」

「ちゅっ」

「っ!?」

「行ってらっしゃい、お兄様♪」

「……あの、雲絵さん。怒ってらっしゃいますか?」

「ある程度ね!」

 明らかにある程度以上ぷりぷり怒っている妹は、俺を家から叩きだして乱暴に玄関のドアを乱暴に閉めた。

 まぁ、これに関しては俺が全面的に悪い。本当に……俺はわりとどうしようもない。

 本当に俺は駄目人間だ。

「駄目ではない。君は単に壊れているだけ。人間として機能不全なだけ」

「んだよ。いきなりひょっこり現れて酷いことを言うなよ、可憐」

 角を曲がると、体操着のジャージに身を包んだ無月可憐がそこにいた。

 にんまりと見ようによっては気持ち悪い笑顔を浮かべて、可憐は口を開く。

「まぁ、いじめを先導していた人間が一人減ったことによって、私のいじめは少しだけ軽くなるだろうけどね。しかし、勘違いしてはいけない。そもそも私は加害者だから迫害されているのだし、いじめなど心底どうでもいい。その気になればいじめを行っていた連中を全員海外に売り飛ばして豚以下の生活を送らせることもできるんだよ?」

「うん、知ってるけどさ」

「そこで首肯してしまうから、君は壊れているんだ」

 その通りだ。

 頷いて納得する以外にはない。その通りだとしか言えない。

「妹に多少のストレスをかけてしまったのは、反省の余地があるよなァ。今後は女を家に招くのは自重しなければならない。嫉妬する妹はラブリーだがな」

「私が怒ってるのはそこじゃねぇ。『鬱陶しいから』みたいな、軽くてふわっふわした理由で安易に他人を妹の餌にするな。情報の追跡とか、証拠の隠蔽とか色々大変なんだよ。日本の警察は粘着質で有能なんだぞ」

「ん? なんでフォローしてくれてんの?」

「友達だからじゃボケェ!」

「ありがとうございます!」

 尻に蹴りを入れられて、咄嗟にお礼しか出なかった。

 可憐はぷりぷりと怒りながら、俺の耳を引っ張り、怨嗟のように言った。

「壊れてんのはもうこの際しゃーないけど、安易に人を殺すな。頼むから」

「壊れてるのはしゃーないのか?」

「当たり前だろ」

 可憐は肩をすくめて、当然のように言った。



「健康で強くて優しくて。そんな人間は全体の一割もいない。そんなことは努力目標でしかない。実際に、そんな人間のようには生きられない」

「誰かの周りに当たり前のようにいるだろう。仕事や勉強ができるだけの……私のような壊れたクズが。君のように人を人とも思わない、妹や私くらいしか『人間』と認識できない、盛大に心が破綻したサイコパスが。誰かの周囲に当たり前のようにいて、当たり前のような顔で繊細な誰かを傷つけ、壊し、平然とした顔で生きている」

「多かれ少なかれ、人は壊れなければ生きていけない。綺麗なままじゃ死ぬだけだ」

「だから、この世界では壊れている方が正常で」

「壊れてても良いと開き直れない者こそが……真なる弱者で」

「どちらが正しいとも言い切れない灰色の世界こそが、真に正しいのさ」



 蜘蛛は窓から二人を見る。

 実の妹を手にかけることでしか『己』になれなかった男と。

 迫害を許容することでしか『己』を認識できなかった女を。

 化け物より化け物らしい……壊人を、窓からじっと見つめていた。

 その在り様に思うことはない。全てはなるべくしてなったことだ。世界が、状況が、周囲が、彼と彼女をあのような形に仕立て上げてしまった。

 だから蜘蛛としては思うことはない。世界には……よくあることだから。

 雲絵としては、女の方に嫉妬していないこともないが、それはそれとして。

 薄暗い部屋。蜘蛛の巣。ふかふかの繭に体を預けて蜘蛛はまったりと過ごしている。

「…………おね、が……い」

 いつも通りに獲物の叫びを聞きながら、なにを思うことなく過ごしている。

 全裸の雲絵は髪をかき上げながら口元を緩めて、獲物を見つめる。

 蜘蛛の巣に囚われた、意識が残ったまま食べられる恐怖に怯える哀れな少女と。

 蜘蛛の巣から平然と出発する、笑いながら歩く二人の壊人と。

 家の中と外の光景を交互に見つめて、笑っていた。


「ああ……うん。しばらくはお腹いっぱいね」


 どちらに心を留めることもなく、雲絵は巣の中で丸まって、目を閉じた。

「……わたし、を……たべな……いで……」

「だーめ♪」

 トンボの羽をもぐ幼子のように、無邪気な笑顔で雲絵は言い放った。

 心は満ち、腹は満ち、ほんの少しの罪悪感と共に、雲絵は力を抜く。

 見る夢を知らぬまま――蜘蛛は満ち足りた笑顔で、眠りについた。



 人は死ぬ夢を見る。

 壊人は生きる夢を見る。

 化け物は泡沫の綺麗な夢を見る。

 見る夢の真実は―――誰も知らない。

参考文献:大昔のなか●しに付属していた夏の小冊子のハイパー胸糞話。

友達の家に飯を作りに行ったら、自分が飯になったとかそんな話。

その他、働いている時に感じた胸糞悪さをオール詰め込み。自分のこと

しか考えていない『壊れた人間』に付き合うとロクなことにならないと

いうお話でした。


ああ、それから……小説で書いたような『子供を利用する家族形式』って

のは世間一般じゃわりと多く存在しているというのが、一番怖い話なのか

もしれません。

というわけで、今回はここで終了。読了感謝です。お疲れ様でしたww

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も自分は大変面白く読ませてもらいました。 ただ少しだけ言わせてもらうのなら、あまりホラーという感じが出てなく、ホラーだと思って読もうとしてしまうと満足できない作品だと思います。(ホラー…
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