序曲はフードと共に
目の前の戦況は悪化の一途を辿っていた。
その戦況を打破するべく、彼とその直属の部下たちは知恵を出し合っていたが、芳しくない。
特に、指揮官であるこの男の顔は、晴れることはなかった。
彼、シュナイズ・ベルソートはこの部隊の指揮官である。
彼は、ノーブレス崩壊前は有能な騎士として有名であった。
個人の技能も高く、礼節を重んじ、役職・階級に関係なく公平に接することができる男だった。
しかも、まだ18歳と若く騎士達の中では有望株であった。
だが、ノーブレス崩壊と同時にその輝かしい未来は儚く崩れ去った。
故国の滅亡。騎士団崩壊。
さらに、ある戦場で右腕を失い、片腕の騎士となってからは騎士として戦場で活躍するには絶望的となった。
それから十年。
今の彼は、反ブラッククロス組織『ハチス』の一騎士団長にすぎない。とは言え、彼の実力は片腕でも部下達より上であるから、気にすることはないのだが、他の騎士達への配慮故であった。
その騎士団も今は危機的状況に追い込まれている。
当初、それは些細な変化だった。
今、彼らがベースとしている場所は右を森と山脈、左を巨大な川に挟まれた小さな農村跡地である。
その農村は、ブラッククロスの補給物資の集積所と隣国『クロウリア』の前線の間に位置していた。
ブラッククロス現国王は、国内の安定化を図りつつ隣国への侵略を進めており、そのための軍事物資を各町より集積して前線に送りだし続けていた。
シュナイズ達は、その物資集積所を強襲し、組織の維持に必要な装備・食糧を確保する作戦を立てたのだ。
何日かに分けて、ひそかに農村跡に騎士達を布陣し奇襲の段取りを整えた。
ところが、作戦決行当日になって予想外のことが起きた。
偵察に出していた早馬の騎士が、物資集積所に次々と軍馬と兵士が集結しているという連絡をよこしたのだ。
当初は、前線への増援部隊かと考えたが、念のため前線へも偵察の早馬を出して現状を確認させた。
作戦予定時間目前、その早馬が戻った。
偵察に出した騎士は、前線での状況の変化を急ぎ報告した。
前線で警戒に当たっている騎士とは別に、多数の騎士が前線からこちらに向かっているという内容であった。
「何だと、どういうことだ」
「前線から隣国への侵攻ではなくこちらに?」
その情報に接して真っ先に疑問の声を上げたのはシュナイズの直属騎士である二人、ガスティン・ダナーとフレイラ・ラスリーであった。
ガスティンはシュナイズが右腕を失う前から共に行動を共にしている騎士で、「考えるより先に剣を振る」と豪語している肉体派である。
一方のフレイラは、『ハチス』の作戦立案部所属の騎士であったが、上官への歯に着せぬ発言が災いして左遷されてきた頭脳派の女騎士であり、騎士団の紅一点である。
シュナイズは、この動きから敵の意図に気づき、深刻な表情になっていった。
そして、事態を整理するべく口を開いた。
「俺たちの作戦が漏れていた。それだけのことだ」
「そ、そんな馬鹿なことあるはずありません。騎士達の行軍も秘密裏に行っていますし、ブラッククロスが隣国への侵攻準備を進めているという確定情報を得てから作戦を練ってきたのです。物資集積所の警備や配置されている人員数、指揮官などの情報も作戦立案部からの確かなもので」
フレイラは、そこまで言って思い至った。
そして、自分達が陥っている状況を理解した。
彼女には、2つの最悪のシナリオが思い浮かんだのだ。
ひとつは、隣国への侵攻自体が詐術であり、不穏分子をあぶりだすために仕組まれたというもの。
もうひとつは、『ハチス』内部勢力による情報のリークである。
ブラッククロスの国家首脳部は、近年の『ハチス』台頭を歯がゆく思っており、多少の無茶をしてでも自分たちを始末したがっているはずである。
『ハチス』内部勢力に関しては、組織内のシュナイズとフレイラの微妙な立場が理由であった。
シュナイズは組織首脳部からは、『堅物』と言われるほど生真面目な騎士であるから首脳部との反りが悪い。
フレイラは首脳部にすら意見するほど豪胆な気質であるが、探られたくない腹を持っている貴族出身者も多い事から、目の上のたんこぶのように扱われがちであった。
故に、都合よく両方を始末しようと敵に情報をリークした可能性もあるのだ。
「こうなったら、敵に一死報いるためにもどちらか一方に突撃するべきでは。」
「・・いえ、おそらく敵も警戒しているでしょう。単純な突撃では蹴散らされるだけです。」
ガスティンとフレイラは、この事態に対する策を考え初めているがあまり建設的な議論にはなりそうになかった。さらに、事態がより深刻であることを告げる知らせが届いた。
山に残した遠見の騎士によると、前線側からは約1000人、集積所側からは1200人が向かっているという連絡が届いた。
対して、自分たちの戦力は騎馬200人・歩兵300人である。正面からまともにぶつかるのは得策ではない。だが、このままでは前後から挟撃されてしまう。
「団長。これは、ミルズ市街戦の時の再現です。我々は街道の前後から敵に挟み撃ちにされつつあります。」
「確かミルズ事変の時、反ブラッククロス指揮官が用いた作戦だったな。その時は、二分した兵力との連携に失敗して、敵を取り逃がした。」
「はい。ですが、それは建物からのゲリラ攻撃を計算しなかったためで作戦事態は単純かつ合理的なものでした。」
シュナイズはミルズ事変の詳細を思い出していた。あの事変の際は、現地住民が親ブラッククロス寄りで合ったため民間人からの散発的なゲリラ攻撃を仕掛けられた。そのために、作戦発案者の予想を裏切る程、進軍速度が低下したため、敵に街道脱出をさせてしまったのである。その後、本国から派遣された増援によってミルズ事変の反抗勢力は蹴散らされ、結果的にブラッククロスの治世を盤石にしてしまう要因となったのは皮肉である。
過去の詳細をつぶさに思い出した時に、ガスティンが叫ぶように進言してくる。
「団長。もし、これが再現というのであればやはりどちらか一方の敵に仕掛けて突破を試みるのが自然です。どうか、私に先陣を切って突撃するご命令を。」
「だからよせと言ったでしょう!戦力差があるのに策もなく突撃など。自殺したいのであればご自身だけで行って下さい。」
「だが、ミルズの時の敵指揮官もそうしたと聞いているぞ。」
「状況が全く違います。あの時は市街でした。一方こちらは森と川に挟まれた廃村です。敵は戦力を街道広く布陣できる。しかも建物からの奇襲も想定し易く、恐れる必要がない。脳内筋肉でもここまで言えば理解できるでしょう。」
ガスティンの無謀な意見をフレイラが理詰めで撃ち落とし、討議は沈黙に落ち込んだ。
確かに無謀な突撃は容認できない。だが、このままでは数に包囲され殲滅されてしまう。
その結論に至った時。
「こんにちはー、朝早くにすいません。」
あまりに場違いな声が後ろから聞こえてきた。
振り向くと全身を麻色のフードでつつんだ男がいる。
声からしてかなり若い。しかも先ほどのあいさつとどうもイメージが合わない。
だが、そのフードから先ほどの声が自然と紡がれてくる。
「どうもすいません。ここは、『ハチス』の騎士団ですよね。」
「?。そうだが」
「いや、よかった。あまりに辛気臭い雰囲気だったから確信持てなくて。」
なんで辛気臭いと疑われるのだろうか。そんな感想を持ったが、相手の次の言葉でその疑問は棚上げされることになった。
「いやなーに、僕を雇って貰えないかと思って探していたから、間違ってたら嫌だなと思って。」
「「「は?」」」
その場にいた三者ともになんの冗談だと思った。なんでここなんだ。なんで今なんだ。
言いたいことが泉のごとく湧きあがってくる。
いち早く正気に戻ったのはフレイラだった。即座に口火を切る。
「いや、ちょっと待て。それは我々よりも広報担当のところに行くべきで・・第一、今はそれどころではない。」
「知ってますよ。敵に前後を挟撃されようとしているんでしょう?ミルズの再現でもしたいんでしょうか。でも、まあ何とかなるでしょう。」
「な、何とかなる?この状況を何とかなると!?」
あっけらかんと答えるフード男の発言に、フレイラはおかしな物を見るような眼を向けている。それは、会話を聞いていたガスティンも同様であった。無論、シュナイズも。
「でも、このままだと全滅する。ですから、私に策があるのです。・・その代わりに私を雇って欲しいんですよ。」
そう言いつつ男はフードを脱ぎ捨てた。
黒目・黒髪。シュナイズよりも一回り若い少年がそこにいる。
それが、アース・グラムとシュナイズ・ベルソートが最初に合った時だった。
いきなりの戦場突入。
でも、主人公登場が最後でした。
次話に活躍を期待してください。