キミの想いを聞かせて欲しいの
新章の始まりです。
とはいえ、あまり変わりませんが。
「キミの想いを聞かせて欲しいの」
進むべきか、立ち止まるべきか。
今しがた、澤金さんが口にした言葉によって僕は、人生の岐路に立っている。
大げさすぎるかもしれない。
まだ、16の学生にとって、この先どうにでもなるかもしれないのに。
それでも、僕にとって一つの決断を迫られたことには違いなかった。
僕は、澤金さんの秘密を知ってから、いろいろなことがあった。
澤金さんの日記を読んだ日、なんとか終電に間に合った僕は、さっそくインターネットを使用した。
澤金さんの作品名を検索すると、すぐにネット小説掲載サイトにつながり、内容を確認することができた。
僕は、さっそく作者のページを確認する。
作者の情報としては、
ユーザーネーム:単六電池
フリガナ:たんろくでんち
血液型:A型
と記載されており、簡素な内容であった。
「A型なのか、輸血ができないな」
と、伏線にもならないことをつぶやきながら、活動報告を眺める。
活動報告の内容も簡潔で、新作の掲載を開始したときと、かつて作成した、「魔法少女かしわば」と「熱血系魔法少女かしわば」の二次小説を削除したという報告しか記載されていなかった。
現在掲載している小説を確認すると、短編の「転生トラック ~鉄と魔術の大地オフライン~」「sideの使用方法について(例)」が掲載されており、長編では「ラーメンオンライン」と「谷頭学園フルスロットル!!」、そして「新魔法少女かしわば」の二次小説「新魔法少女かしわば 新しい時代の幕開け」が連載されていた。
「転生トラック ~鉄と魔術のオフライン~」については、転生トラックによる異世界転生をパロディにした内容だった。
主人公は自動車ではないトラックにより異世界に転送されるが、自動車のトラックによる転生もしっかり用意されている。
それ以外にも昔のゲームのネタが数多く用意されており、最後の解説を元にしてインターネットで検索するまで、実在するとは思わなかった。
僕はあまり、異世界転生の話を知らないので、おもしろいのかどうかわからなかった。
次の「sideの使用方法について(例)」
を読んだが、最初タイトルの意味が分からなかった。
これも、検索サイトを活用し、「sideの使用法」を調べて理解できた。
「一人称での物語」で視点を別の登場人物に移動させ、そのことを読者に知らせるために、「~side」を移動した視点の最初に記載する手法のことだと理解した。
理解したのはいいが、「それならsideを使用せずに、三人称を使用しろ」と思った。
澤金さんも同じように感じたようだったが、「あえて、sideを使用しなければならない状況」を作り上げて堂々とsideを使っていた。
登場する6人のうち5人が、全く別のことを話しているのに、6人目の計画で微妙に話が合ってしまうという内容である。
落語などでは、2人が別の話をしていても、気がつかないという話はよくあり、それらの話は三人称で話を続けても問題ないが、さすがに5人が別々のことを考えながら話を続けるのは、三人称視点では、把握しづらい。
ただ、この短編の欠点として、1話の話が長すぎることがあげられる。
「sideの使用法」などというネタ話に13、000字をかけるのは好ましくない。
もう少し話を削ってすっきりさせたほうがよいだろう。
ちなみに冒頭部分は、「side」を使用していないが、「ノーサイドside」と「ノーside(sideを使用しない)」とをかけていることを澤金さんから教えてもらった。
長編の「ラーメンオンライン」は、様々な事情により架空の世界「アルデンテ」に移動した人々がネグリウムにある料理店「ラーメンみはいる」を中心に繰り広げられる物語である。
最初の5章で、各主人公がそれぞれの立場で物語が進んでいく。
舞台は第5章まで「ラーメンみはいる」店内での回想で行われたが、ようやく第6章で舞台が一気に外の世界へと広がった。
これからの展開が楽しみであるが、深夜に読むと無性にラーメンが食べたくなるのが欠点ではある。
「新魔法少女かしわば 新時代の幕開け」は、現在連載している内容で唯一の二次小説である。
本来であれば「魔法少女かしわば 普通に楽しく暮らせればいいなと思った転生者」と「熱血系魔法少女かしわば 泣いた転生者たち」を掲載していたが、二次創作禁止一覧に記載されたことから、やむなく削除された。
「新魔法少女かしわば」は、魔法少女かしわばシリーズで唯一魔法が登場した作品でシリーズの中で黒歴史といわれている。
その原因となった製作会社が他のシリーズと別会社であったことから、二次創作禁止一覧にも「魔法少女かしわばシリーズ(新魔法少女かしわばを除く)」とされている。
「新魔法少女かしわば 新時代の幕開け」は「新魔法少女かしわば」の世界に転生した少年の視点で物語を再構築することにより、「新魔法少女かしわば」がいかに優れた作品であるかを検証するという野心作である。
残念なことに、僕は「魔法少女かしわばシリーズ」を見たことがないので、評価することができない。
「谷頭学園フルスロットル!!」は、学園ものである。
まもなく第200話を迎える長編ではあるが、非常にいびつな構成となっている。
端的な例を挙げれば、第30話で第16章「ヨーロッパ遠征編」が完結したが、第17章「奪われた栄光編」が未だに終わらない点が最初にあげられる。
ただ、この作品で気になることがあった。
主人公の、佐世保のことである。
佐世保の姿形は、あまり描写されていないためわからないが、行動が僕によく似ている。
先日、プール掃除を行った際に「モップ二刀流」を編み出したが、その様子がそのまま第169話「もうひとつの電撃戦(その89~96)」に掲載されていた。
そして、主人公佐世保が密かに慕っているヒロインが佐田川であるのだが、澤金さんとよく似ている。
佐田川さんが佐世保にどのような感情を抱いているかははっきりしていないが、それでも非常に気になってしまう。
とはいえ、読み終わったのは昨日の夜のことなので、眠れない夜を過ごしたのは一日で済んでいるのだが。
そして今日、うとうとしながら授業を聞いていたが、休み時間に澤金さんから小さな声で「放課後、教室に残って欲しい」と頼まれた。
帰宅部で用事のない僕は、断る理由もなく頷いたのではあるが、いったい何の用があるのか気になった。
気になったけれども、用事について見当がつかないので、人気がなくなるまで机の上で寝ることに決めた。
放課後の掃除は机を下げるようなこともしないし、放課後に残って何かをするクラスメイトもいないため、僕の睡眠を妨げるものなど誰もいない。
「松垣くん。起きて」
澤金さんがいた。
僕は、机にくっつけていた顔を引きはがすと、周囲を見渡した。
教室には僕と澤金さんしか残っていなかった。教室に差し込む光は赤みを帯びており、夕刻になっていることを教えてくれた。
「待たせたかな?」
僕はあわてて、澤金さんに謝った。
「大丈夫。本を読んでいたから」
そういって、手にした単行本を鞄にしまった。
読んでいた本のタイトルは、ブックカバーで隠されていてわからなかった。
おもしろそうな本ならば、後で読ませて欲しい。
「ところで、今日は何の用かな?」
僕は澤金さんに質問した。
「あまり、私から言うのは恥ずかしいけど……」
澤金さんは、恥ずかしそうにうつむきながら
言葉を紡ぐ。
「キミの想いを聞かせて欲しいの」
「!」
僕は、心臓が止まるような衝撃を受けた。
てっきり、新作を作ったので読んで欲しいとか言われると思ったからだ。
澤金さんは、僕の驚愕の表情を見て取るとあわてて、
「ごめんなさい。急に言われても困るよね。
返事は急がなくてもいいから」
「ちょっと待って!」
澤金さんが、フォローを入れたが、僕はあわてて返事を返す。
そう、僕の気持ちは決まっている。
最初から決まっている。
「僕は、澤金さんが好きだ」
だが、この想いを今この場で伝えるかどうか
で僕は悩んでしまった。
澤金さんの問いに正直に答えるのであれば、
自分の気持ちをそのまま伝えればいい。
だが、自分の気持ちが受け入れられなかったらどうなるか?
一年間同じクラスにいなければならないことを想像すると、非常に胸が苦しくなる。
澤金さんが、言い触らすことはないと思うが、なんらかのきっかけでクラスに知られたらどうなるかわからない。
それに、澤金さんとはあまり会話ができていない。そのような状況で告白するよりはもう少し仲良くなってからのほうがいいのではないか?
いや、やっぱり正直に話すべきだ。
ひょっとしたら、澤金さんも僕に好意を持っているかもしれない。
でも、逆に好意をもたれるのが嫌で、最初に確認したいのかも知れない。
僕の頭の中は、ぐるぐると思考の迷路に迷い込んでいた。
「無理に言わなくてもいいの」
答えを出すのに苦悩する僕を心配して、澤金さんは優しい声で話しかけた。
そうだ、僕の都合ばかり考えてはいけない。
ここは、素直に自分の気持ちを伝えなくてはならない。
たとえ、失恋することになっても、僕は正直な気持ちを伝えたことは決して後悔することはないだろう。
僕は、覚悟を決めたが、声はかれ、心臓は高鳴り、肺は酸素不足を訴える。
だから僕は、最小限の言葉で想いを伝える。
「好きです」
「よかった……」
澤金さんは、ほっとした表情を見せていた。
考えごとに夢中で澤金さんをながめる余裕はなかったが、今の表情を見る限り、緊張していた体を弛緩させているようにしか見えない。
「ひょっとして、気に入らなかったかもって心配していたの」
澤金さんは、胸をなで下ろすという言葉がぴったりなジェスチャーを見せる。
「そんなことないよ」
「松垣君に小説を見せてから、一言も感想を言ってもらってなかったので、すごく心配していたの。
もう少し詳しく、感想が聞きたいな?」
澤金さんは、今まで見せたことのない喜びの表情で僕を眺めている。
だが、僕は先ほどの澤金さんの言葉に違和感を覚えた。
「感想?」
「そう、あまり感想がこないので、どのように評価されているのかわからないの。今のまま書き続けても大丈夫かどうか心配だったの。
でも、松垣君の言葉で自信を持ったわ。ありがとう」
そう言って、澤金さんは僕の手を握った。
「そうか。
つ、続きがたのしみだな……」
非常に嬉しそうな表情を見せる澤金さんに、「勘違いです」と言うことができない僕は、張り付いた笑みを浮かべることしかできなかった。
「感想については、あとでいいから詳しく教えてね?」
「わかった。けどどうやって?」
僕は、ようやく冷静さを取り戻して質問する。
僕と澤金さんとは、通学方向が逆なので一緒に話す機会は限られている。
そのことは、小説を読ませてもらった時に確認し落胆したものだ。
「そうね、メールで送って欲しいな?」
「メール?」
「嫌かな?」
「嫌じゃないです、嫌じゃないですとも!」
澤金さんが笑顔から急に寂しそうな表情を見せたので、あわてて否定する。
「なら、良かった!」
再び嬉しそうな表情を回復した澤金さんを見て、僕もようやく安堵した。
こうして、僕と澤金さんとはメールアドレスを交換することになった。
第2章はじまりました。
評価、ご感想をいただきましたら幸いです。