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徒然短編

ゆりかご

作者: 紅夜 真斗

いつかのとき、自分は友人の問いかけに答えました。

「育てられないと思ったら、殺すかもしれない」

確かに、そう言いました。

手段はどうするか、わからないけれど堕胎かも知れないし、自分の手でするかもしれない。

当時には「こうのとりのゆりかご」の話などTVなどでは一切出ていないときでした。

普段を知る人なら驚くかもしれないでしょうが、そういう自分もいることも確かです。

こんな、自分が書く拙いものですがよろしくお願いします。

身勝手だ。


そう蔑まされても仕方がない事をしようとしている。

それでも、仕方がないと自分で自分を納得させるしかない。


まともに働けているわけでもない。

ましてや、日雇いの仕事でその場しのぎの生活を送っているだけだ。

働いても働いても、暮らしが楽になるわけじゃない。

それでも



幸せに生きていけた。

この時までは。




彼女の妊娠を知ったのは去年の初夏を迎えたばかりの頃。

当時は職に就いたばかりだった事もあって、この出来事はとても嬉しくて手放しで喜んだ。

僕は真剣に彼女と新しい生活を始めて、半年を過ぎる頃合いで全てが順風満帆だと自負していた。

彼女だって自分自身で、アルバイトだけれど働いていた。

けど、妊娠が分かったきっかけはヒドイ悪阻つわりだった。

無理をさせられないと医者からも言われて、仕事はやめてもらった。

初任給すらまだ出るまで二十日以上あったけれど、それまでの間に溜めていた微々たる貯金でも十分に生活できた。




神様というのがいたら、本当に不公平だ。

こんな生活の二極化なんて現象を引き起こす引き金になった政府も。

貧乏暇なし……とはよく言ったものだ。

仕事が決まってから半年後、僕は会社をリストラされた。

研修期間、半年以下の勤務。

よって、ボーナスも出なければ給料も調べた最初よりも全然少ない。

けれど、彼女を心配させたくない。

お腹の中の子供だって見たい。

僕はその一念で、就職活動を再開した。

けど、世の中甘くはない。


昔言われた就職氷河期に比べればだいぶマシなんだろうけど、それでも直ぐに就職先が見つかるわけがない。

貯金だって今の生活を維持するためにどんどん削られていく。

苦しい……

いっそ、実家に帰って一緒に暮らした方がいいのか……?

そんな考えも浮かんだ。

だけど、そんな単純に戻れるわけはない。

僕は両親にこれ以上の負担を掛けないために家を出たのだ。

家事の一切出来ない僕を心配してちょくちょく顔を見せてくれた両親。

初めて彼女を紹介しに行ったとき、ようやくひよこがニワトリらしい姿になってきたと笑って褒めてくれた。

これ以上心配なんてさせられない。

それに、僕自身の手で彼女とその子供を守るって……守りたいって、思って、願っていた。


なのに……




なのに…………





僕は、ここにいる。







生まれたばかりの命を抱いて。

彼女の目を盗んで、奪ってきた命。

間違いなく僕たちの子供。


あどけない寝顔で産着に包まれた命。

首も据わってない危なっかしい命。




子供の頃、弟が出来たときの感動をくれた小さなぬくもり。



……思い出すな。

…………考えるな。


……感じるなっ。



これがきっと、この命を救う方法……なんだ。




貯金が底を突くのは早かった。

彼女は働けない事を気にしていた。

そんな必要ないと、言ったのは僕だ。

信じていたかった……ただの幻想と思い知らされた現実。



きっと彼女は僕を恨む。

確実に、僕を口汚く罵る。



そうさせるのは他ならない僕自身。

僕の身勝手な振る舞いに周りを巻き込む。

それでも、これしか思い浮かばない。



今の日雇いが決まるまでだって、僕は幾度となく苛立ちを彼女に暴力という形でぶつけた。

それでも、彼女はそばにいてくれた。

もしこのことを知ったなら、きっと彼女は愛想を尽かして出て行くだろう。

それでもいいと思う。

僕はそうされても仕方がないことを行おうとしているのだから。

僕はこの子を殺してしまうかもしれない。

僕はこの子を殺したくはない。

二人の手でちゃんと育ててあげたいと思う。



だけど……


だけど…………


借金を抱えたこの身で育てられない。

怖い。

守りたいと思ったものを傷つけた、僕は……

僕には自信がもてない。

今でさえ彼女の入院費を向こうの親に立て替えてもらってる。

僕は、僕の家族の大黒柱になれない。

僕は、身勝手なことを小さな命に押し付けている。


育ててあげたい。


成長を見てみたい。


笑う顔を見てみたい。


泣く顔だってみてみたい。




っ……、考えるな。

考えるな。


覚悟して、僕はここまで来たんだろうっ。


TVで見たとき共感したんだろう。



子供の予防接種代だって払えないと気がついて、自分たちの税金だって払うのに四苦八苦している時に見た光明。


ゆりかご。


小さな命を失わないための、自分の手で絶たないための最終手段。


僕はそれに縋ろうと、命を繋ぐためにここに来たんだろうっ。



なのに、足は動かない。

手は動かない。



子供を幸せにするためなんだ。


この命を絶たないようにするためなんだっ。


動いて……


動いてくれっ……




頼むから……



動いて、くれ……





僕は…………

軽いモノのように命が扱われない事を願います。

安易にゆりかごがあるからと言って、生まれた命を手放されないように願います。

小説や漫画など違ってきちんと暖かい生きている命があるんです。

理想論とは分かっていますが、いつか良い方向に向かって「こうのとりのゆりかご」が廃止される事を祈ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作品、読みました。 まずはこういう作品を書かれたことですごいと思います。 私には彼の背景は伝わってきましたよ。 でも確かに身勝手にはかわりないですよね。あえて結末を書かなかったことがより重い…
2008/01/11 23:54 退会済み
管理
[一言] 重いテーマですね。独り語りだったせいもあり、この作品が何を言わんとしてるのか、伝わってきたように思います。 伝わってきた、と断言できないのは、命の重みを投げ出す前、そこに至るまでの経過が、箇…
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