聖女を追放した王国が半年後に土下座してきたので受け入れてみた
「聖女エレナ。お前を王国から追放する」
王都の大広場に集まった人々を前にして、国王はそう宣言した。
聖女エレナ。
彼女は十年間、たった一人で王国を守ってきた。
魔物の群れが国境を越えれば、聖なる結界を張った。
疫病が流行れば、治癒魔法で人々を救った。
干ばつが起きれば、雨を降らせた。
隣国が攻めてくれば、聖なる光で軍勢を追い払った。
王国の人間なら誰もが知っている。
この国が平和なのは、エレナのおかげだと。
……少なくとも、半年前までは。
「聖女は王家の宝物庫から金貨を盗み、自分の私腹を肥やしていた」
国王の隣に立つ少女が、悲しそうな顔で告げる。
彼女の名はミレイア。
数か月前に現れた、もう一人の聖女だった。
「私はエレナ様を尊敬していました。ですが……もう、耐えられません」
ミレイアの目から涙がこぼれる。
「彼女は聖女の力を利用して、国民から多額の寄付を集めていたのです」
ざわめきが広がる。
証拠として提出されたのは、金貨の記録。
聖女の署名が入った寄付金の帳簿。
そして、王家の宝物庫から金貨を持ち出したという証言。
もちろん、すべて偽物だった。
しかし、誰もエレナの言葉を聞こうとはしなかった。
「何か言うことはあるか?」
国王に問われ、エレナはしばらく黙っていた。
そして、小さく息を吐く。
「……そうですか」
「何?」
「いえ。何でもありません」
エレナは反論しなかった。
なぜなら。
彼女には、すでに分かっていたからだ。
ミレイアが偽聖女であることも。
今回の証拠が偽造されたものであることも。
そして、この国の人間が自分を簡単に切り捨てようとしていることも。
「では、最後に一つだけ」
エレナは国王を見つめた。
「私がいなくなっても、本当に大丈夫なのですね?」
「当然だ!」
ミレイアが胸を張る。
「私が新しい聖女として、この国を守ります」
「……そうですか」
エレナは微笑んだ。
「それなら、安心しました」
その日の夕方。
エレナは王都を出た。
誰も追いかけてこなかった。
ただ一人。
彼女だけが知っていた。
「……さて」
王都から十分に離れた森の中で、エレナは足を止める。
そして、大きく伸びをした。
「やっと終わった」
彼女は嬉しそうだった。
「十年間、本当に疲れたんだから」
実はエレナは、聖女になった日からずっと考えていた。
もし自分が王国を守ることをやめたらどうなるのか。
試してみたい、と。
そこで彼女は少しずつ準備していた。
自分だけが知っている魔法陣。
自分だけが持っている魔道具。
自分が王国の外で管理していた資産。
そして何より。
「私がいなくなった場合に備えて作っておいた、結界の代替装置」
エレナは小さな箱を取り出した。
中には大量の魔石が入っている。
これを使えば、半年ほどは王国を守れる。
ただし、半年後には壊れる。
つまり。
半年間だけ、王国には考える時間がある。
「まあ、私を追放したんだから、半年くらいは何とかするでしょう」
エレナはそう言って、森の奥へ歩いていった。
彼女にはもう一つ、目的があった。
「温泉付きの家を買って、ゆっくり暮らす」
聖女として働いていた十年間。
休みはほとんどなかった。
給料もろくにもらっていない。
国のため。
国民のため。
そう言われ続けて働いてきた。
だから、これからは自分のために生きる。
それだけだった。
ところが。
半年後。
王都では、大変なことになっていた。
「結界が消えました!」
「魔物が国境を越えてきています!」
「雨が降りません!」
「疫病が広がっています!」
「ミレイア様はどうされた!?」
「……その……」
兵士が震えながら答える。
「ミレイア様の聖女の力では、何もできません」
王国は急速に衰退していった。
ミレイアの力は本物の聖女のものではなかった。
彼女が使えたのは、せいぜい傷を少し癒やす程度の魔法。
エレナとは比較にならない。
しかも、王家の金を盗んだという罪も、すぐに発覚した。
帳簿を調べれば不自然な点がいくつも見つかった。
証人の証言にも矛盾があった。
そして何より。
ミレイア自身が、酒場で酔った勢いで口を滑らせた。
「私がちょっと証拠を作ったくらいで、あんな女を追い出せるなんて、王族って本当に馬鹿よね!」
その言葉を聞いた者がいた。
翌日には王都中に広まった。
ミレイアは捕らえられた。
そして国王は気づいた。
「……エレナを連れ戻せ」
「はい」
「何としてでもだ」
こうして王国は、聖女捜索隊を結成した。
ところが。
エレナは簡単には見つからなかった。
なぜなら彼女は、すでに隣国との国境近くに小さな領地を買っていたからだ。
そして、その領地には。
温泉があった。
「最高……」
エレナは湯船につかりながら呟いた。
「働かなくても毎日温泉に入れる生活……最高……」
そこへ。
王国からの使者がやってきた。
「聖女エレナ様!」
「はい」
「どうか王国へお戻りください!」
「嫌です」
即答だった。
「国民が苦しんでおります!」
「そうですか」
「魔物が襲っております!」
「大変ですね」
「雨が降らず、作物も育ちません!」
「農家の皆様にはお気の毒です」
使者は頭を抱えた。
「エレナ様……!」
「帰りませんよ」
「なぜですか!」
エレナは温泉から上がり、タオルを肩にかける。
「だって、私は犯罪者として追放されたんですよ?」
「それは……」
「だったら、犯罪者を呼び戻すための条件くらい、用意してもらわないと」
「条件……?」
「はい」
エレナは紙を一枚取り出した。
そこには大量の文字が書かれていた。
「まず、私の名誉回復」
「もちろんです!」
「次に、十年間の未払い報酬」
「……はい」
「それから、私専用の邸宅」
「はい」
「温泉付き」
「……はい」
「国王からの正式な謝罪」
「承知しました」
「聖女の仕事をする時間は、一日三時間まで」
「え?」
「残業禁止」
「……」
「休日は週四日」
「多くありませんか?」
「嫌なら帰りません」
「承知しました!」
使者は即答した。
さらに条件は続いた。
王都にエレナ専用の店を作ること。
税金を少し安くすること。
毎年、温泉旅行の費用を国が負担すること。
そして最後に。
「聖女エレナが国王の命令を受けない権利」
使者は絶句した。
「これは……」
「嫌なら帰りません」
「承知しました!」
こうして、王国はすべての条件を飲んだ。
数日後。
エレナは王都へ戻った。
国民は大喜びした。
「聖女様だ!」
「帰ってきてくださった!」
「これで王国は救われる!」
エレナは馬車の窓から手を振る。
その顔は満足そうだった。
「……なんだか、私が王様になったみたい」
実際、その通りだった。
王国はエレナの要求によって、以前よりずっと彼女を丁重に扱うようになった。
エレナが働けば、魔物は退き、雨が降り、病気も治った。
国民の生活も少しずつ回復していった。
半年後。
王国の経済は完全に復活した。
国民たちは口々に言った。
「聖女様のおかげだ!」
「聖女様にはもっと贅沢してもらおう!」
「王国が滅びるくらいなら、聖女様に金を払ったほうがいい!」
エレナはその声を聞きながら、満足そうに頷いた。
「うんうん」
隣にいた側近が尋ねる。
「何がそんなに嬉しいのですか?」
「だって」
エレナは笑った。
「ようやく、この国が私の価値を理解してくれたんですもの」
そして、その日の夕食。
国王が恐る恐る尋ねた。
「エレナ……来年の予算についてなのだが……」
「増額してください」
「まだ何も言っていないぞ?」
「どうせ私の報酬を減らせないか、とかでしょう?」
「……」
図星だった。
「それと」
エレナは笑顔で言った。
「来年は温泉旅行を二回にしてください」
「……分かった」
「あと、私の邸宅の庭に新しい露天風呂を」
「……分かった」
「あと――」
国王は天井を見上げた。
自分たちが追放した聖女は。
戻ってきた。
ただし。
以前よりはるかに待遇の良い聖女として。
「……我々は、とんでもない女を敵に回したな」
側近が小声で答える。
「ですが陛下」
「何だ?」
「国民は、とても満足しております」
国王は窓の外を見る。
街には活気が戻っている。
畑には作物が実り、商人たちは笑い、子供たちが走り回っている。
そして王都の中心には。
以前より立派になった聖女の屋敷が建っていた。
その庭には、巨大な露天風呂まである。
「……まあ、いいか」
国王は諦めた。
一方。
温泉につかりながら、エレナは満面の笑みを浮かべていた。
「聖女を追放してくれて、本当にありがとう」
彼女は誰もいない湯船で呟く。
「おかげで、待遇が十倍くらい良くなったもの」
そして、ふと思う。
「……でも、また追放されたらどうしよう?」
少し考えて。
「そのときは、十一倍にしてもらおう」
王国を救う聖女は。
今日も今日とて。
自分の利益のために、王国を救っている。




