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役に立たない小動物系令嬢は、魔王に飼われる。

作者: トガタガト
掲載日:2026/05/07

私の人生は魔力測定の日に終わった。いや、正確に言えば、生まれてから一度として始まってすらいなかったのかもしれない。


「……ゴミだな、なんの役にも立たない。」


父の冷酷な声が、薄暗い執務室に響いた。伯爵令嬢エルナ・プリムローズは、古い絨毯の模様を見つめるしかなかった。貴族の価値は魔力量で決まる。平民ですらある魔力が、エルナは「ゼロ」だった。魔力測定。王国の全ての民が十五歳を迎えた歳、協会にて行われる義務。しかし当時エルナ受ける価値がないと後回しにされ、二歳年下の妹ノエル・プリムローズのついでとして、一七歳と遅すぎる年齢で測定した。そして、終わりが来た。


「お父様、そんな小汚いネズミのようなお姉様を置いておくなんて、我が家の恥ですわ。」


隣では、豊満な胸元を強調したノエルが艶然と微笑む。彼女は溢れんばかりの魔力を持っていた。そして輝くような金髪碧眼を持ち、両親から愛されていた。対してエルナはくすんだ茶色の傷んだ髪、黄色の瞳。発育不足な小柄は貧相で、胸元も平坦。色香の一片もなかった。


「あぁ、ノエル。その通りだ。魔力があれば魔力タンクとして役立ったものを。それと、エルナの婚約者だったルーカス殿は、ノエルへの交代に快諾してもらった。」


「まぁ!本当ですのっ!良かったですわ、いつもお姉様は部屋に籠っていたでしょう?代わりに相手をしていた私の方が好きだと、ルーカス様はずっと仰っていましたわ。」


エルナの胸の奥が冷たくなった。生まれてから今まで、エルナは下働きのような生活を強いられてきた。両親からは瞳を理由に疎まれ続けてきた。黄色の瞳が魔物のようだと。家庭教師も付けられず、食事も一回の薄いスープと硬いパンのみ。しかし婚約者のルーカスに会う時だけは、伯爵令嬢でいられた。ルーカスはエルナに優しく微笑んでくれた。手を握ってくれていた。そんなルーカスから裏切られたような気分だった。


「ルーカス殿からは夜の務めだけするなら、引き取ってくれるらしい。」


「え……?」


エルナは耳を疑う言葉を聞いて、唖然とする。


「お前のような役立たずを養ってくれるというのだ。感謝せねばな。」


「まぁ、お姉様は娼館に行っても、値が付かないかもしれませんものね。可哀想ですから、地下牢で飼ってあげますわ!」


ノエルのあざけるような笑い声が執務室に響き渡る。人としての尊厳を奪われ、一生を暗闇で過ごせという宣告。震える手を強く握りしめる。


「……お断り、します。」


エルナは震える声で拒絶した。


「なら処分だ。」


結果、エルナは着の身着のままで、魔物たちが巣食う迷いの森に放り出された。迷いの森は広く、一歩足を踏み入れれば、二度と戻れないと言われる死の境界線。森の向こう側には魔族が統治する国があるが、交流はなく道もない。ただ広い森が広がっていた。


「寒い……。」


エルナは泥だらけになりながら、震える肩を抱いて立ち尽くしていた。ガサガサと震える木々。私はここで死ぬ。


「私はなんのために生まれてきたのでしょうか。ここで死ぬためかしら。」


乾いた声で笑う。魔力もなく家族からも愛されず、婚約者からも慰みものとして宣告された。エルナは目をつぶり、ただ死ぬのを待った。


「カァ!」


その時、鳴き声が響き渡った。驚いて目を開けると、目の前には一羽の大きな漆黒の鳥が降り立っていた。魔物だった。エルナはもう一度目をつぶりジッと待つ。しかしいつまでたっても死は訪れなかった。


「カァ!」


大きな鳥の魔物はぐりぐりと嘴をエルナの頬へ押し付けてきた。


「えっと……。」


ポカンと口を開けるエルナの困惑をよそに、今度は服をつまみ上げ、空高く飛び立った。


「きゃぁ!」


羽ばたきの風圧に煽られ、エルナは魔物にしがみつく。


(あぁ……子供が居るのかしら。巣に持ち帰られて食べられるのね。)


風を切る音と、ふわふわとした浮遊感。数分か、それとも数時間か。たどり着いたのは豪華な城だった。


「カァ!」


ドサッと落とされる床の感触。そしてまた頬へと押し付けられる嘴。恐る恐る目を開けると、天高くそびえる天井、重厚な装飾。エルナはあまりの光景に声を出そうとしたが、体力の限界が超えていた。


(ここ…は……。)


問いかける気力もなく、エルナの意識は遠のいていく。そこへ影が近づいてくる。


「またクロか…今度は何を拾ってきた?」


微かに声が聞こえた。エルナの意識は手放された。また再び目を覚ました時には、豪華なベッドに横たわり、泥だらけだった服は、肌触りの良い純白の服へと着替えられていた。


「……気がついたか。」


部屋の隅のソファから立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。漆黒の角、夜空のような瞳、圧倒的な威圧感に、エルナは身をすくませる。だが、目が離せなかった。


「大丈夫か?無理に起きなくて良い。君はひどい栄養失調だったからな。」


男の言葉は、外見からは想像もつかないほど穏やかな響きだった。


「あ…あの…。あなたは……?」


「私はこの国の王……人間たちの言葉で言えば、いわゆる魔王、アルドリック・フレイムだ。」


魔王。おとぎ話で残虐非道な象徴として描かれる存在が、目の前でエルナに杯を差し出す。中には薬草のような、不思議な香りのするものが、湯気を立てていた。


「これを飲むと良い。外は寒かっただろう。それに栄養もある。」


「あ…ありがとうございます…。」


震える手で受け取り、一口飲む。温かさが巡り、強張ってた身体の力が抜けていく。


「……おいしい。」


思わず零れた声に、アルドリックは「そうか、良かった。」と表情を和らげる。


「さて、君はあの森に居ただろう?それをクロ…大きな黒い鳥に攫われてきた。どの方向から来たか分かるか?責任を持って君の家まで送り届けよう。」


「それは……。私には、もう帰る家がありません……。」


か細い声で答える。ちらりとアルドリックの瞳を覗き見る。恐怖を感じない、優しい瞳。今までに向けられたことのないものだった。エルナはぽつりと話始めた。魔力が「ゼロ」だったこと、家族のこと、妹と婚約者のこと、ゴミとしてあの森に処分されたこと。


「ふむ、人間とは、これほど愚かだったとは…。」


アルドリックは深い溜息をついた。


「クロは非常に純度が高い魔力を好む魔物だ。エルナ、君の膨大な魔力にクロは懐いてしまったらしい。」


「私が魔力を持っている…?」


信じられないというエルナに「試してみるか?」と問いかけ、エルナの手をそっと取る。


「少しだけ耐えてくれ。」


アルドリックが触れる手が熱くなる。指先から腕へ、そして胸の奥へ、まるで内側から沸騰するかのように熱くなる。エルナはくらくらと意識が遠のきそうになった時、不意に熱が消える。


「……っ、すまない。君は病み上がりだったな。君の魔力があまりにも澄んでいたので、興味がわいて…いや、無理をさせてしまった。」


アルドリックは焦って、手を離し「魔力があると分かっただろう?」と問いかける。エルナは確かにあると感じた。


「はい…。私にも、あるのが分かりました。」


「では、ゆっくり休むと良い。侍女に食事を持たせるから、食べられるだけ食べておけ。元気になったら……そうだな、その魔力の使い方も教えてやろう。」


「はい……!」


こんなにも優しく温かかったのは、初めてだった。心地よい安らぎを感じたながら再びエルナは眠りについた。それからの日々は、エルナにとって夢のような時間だった。アルドリックは約束通り、毎日少しずつ魔力の引き出し方を教えてくれた。痩せ細っていた身体も、栄養価の高い食事と、魔力を身体に循環させる練習のおかげで、見違えるように健康になった。


「いいか。エルナ。君の魔力は治癒に特化している。だが、単に傷を塞ぐだけの治癒ではない。魔力で細胞を活性化させ、身体能力そのものを爆発的に引き上げるという治癒方法だ。」


ちなみにと、人間の治癒魔法は修復と活性と再生と浄化の区別が出来ていない。区別が出来ると、色々なものに転用出来る。人間は魔力を無駄に消費して、効率の悪い回復しか出来ていない。と、早々に説明する。アルドリックは魔法にかんして、とても情熱的らしい。教え方も分かりやすかった。エルナは練習台にしていた、植物に対して活性の魔力を流し込む。すると、植物は歪な形に膨張し、うねうねと不気味に広がっていった。


「ごめんなさい……。魔力、上手く制御出来なくて…。」


エルナは肩を落とす。せっかくの指導を台無しにしていると申し訳なさでいっぱいだった。しかし、アルドリックは満足そうに頷いていた。


「何事にも、繰り返し練習は大切だ。最初からは上手くできる者など居ない。君は十分な出力があることが分かった。……そうだ、実践の練習として私の指を切り落とそうか。」


エルナはぎょっとしてアルドリックを見る。そこには瞳をワクワクと光り輝かせ、好奇心の塊とかしていた。冗談というわけではなさそうなので、丁重にお断りをしておいた。その後も健やかな、けれどエルナにとっては驚きの日々が続いた。特にエルナを夢中にさせたのは、魔王城の温かい日向の場所にある、高くそびえる書架が並ぶ図書館だった。家では家庭教師を付けられず、本も自由に読めなかったエルナにとって、図書館も魔法のような輝くものに見えた。


「ここの……私が自由に読んでいいのですか?」


「はい、アルドリック様から許可を貰っております。」


アルドリックが付けてくれた、侍女に進められ図書館に来たエルナは圧倒されながらも、目を輝かせた。エルナは隙あらば図書館へ向かい、次から次へと読み進めた。


また、別の日。「あまり根を詰め過ぎるのも良くない。」とアルドリックに誘われ、バラが咲き誇る中庭でティータイムを楽しむことになった。テーブルに並べられたものは、エルナが見たこともない、キラキラと輝くお菓子の数々。宝石のようなスイーツに、純白のクリームをたっぷり使ったケーキ。


(綺麗……。どうやって食べればいいのかしら。崩すのがもったいないわ。)


エルナが真剣な面持ちでケーキを凝視していると、隣からアルドリックの不安げな声が響いた。


「……好みじゃなかったかな?図書館の時間を奪ってしまったかな。」


「えっ!いえ、そんな!あまりにも綺麗で見惚れてしまって……!」


慌てて否定するエルナに、アルドリックは笑う。「私の早とちりか。」そういってフォークをケーキに刺し、一口持ち上げる。それをそのままエルナの口元へ差し出す。


「腹に入れば同じなのだから。気にせず食べればいい。」


「えぇっ!じっ自分で食べられます!」


「そうか」と短く応じると、ケーキはアルドリックの口に消えていく。エルナは素直に食べれば良かったのかもと後悔が過ぎるが、あまりにも恥ずかしく顔の熱が引かなかった。熱が引かないまま、えいっとケーキを食べれば、口の中には甘くとろける味わいが広がり、さらに顔を赤くさせた。エルナにとって生涯で最も満ち足りた時間だった。魔力を練り、アルドリックと語らい、クロとお散歩をする。しかし、力が付けばつくほど、エルナの胸に不安が襲ってきた。


(いつまでも、アルドリック様に甘えているわけにはいかないわ…。)


何も対価を返せない、ただただ飼われているという存在。力が付き、知識が増えるほど、エルナは不安になっていった。この城を出て、独りで生きていく。そんな考えを始めていた時、静寂を切り裂くような悲鳴が城内に響き渡った。


「魔王め!私は、ルーカス・デイヴィス!勇者である!貴様を討伐しに来た!」


「私は聖女!ノエル・プリムローズよ!悪しき魂よ眠りなさい!」


現れたのは、黄金の鎧を纏った、元婚約者ルーカスと、ひらひらと露出が多い法衣を纏った妹ノエルだった。


その滑稽な姿をまえに、アルドリックは心底げんなりした様子で溜息をついた。


「君たちは演劇でもやっているのかな……。芸人を呼んだ覚えはないが。」


「なっ貴様!これはお遊びではないぞ!俺たちに恐れをなしたか!」


「ここは魔族を統治する領地だが、他の国と変わらない、ただの一国家だよ。私はおとぎ話に出てくるような魔王じゃないよ……。」


まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように説明する。だが、二人は聞く耳を持たなかった。


「騙されないぞ!!」


アルドリックは、はぁーと長い溜息を着く。そしてくるっとエルナに向き合い、問いかけた。


「……エルナ。あれ、君が言ってた元婚約者と家族…だよね?魔法も使えるようになったけど、一緒に帰るかい……?」


その問いに、エルナは迷うことなくぶんぶんと力強く首を振る。


「いいえ。帰りません。」


「そうだよね。」とアルドリックは心から同情するような、疲れた顔を見せた。そんなやり取りをよそに、ルーカスたちは盛り上がる。


「エルナ!?貴女、魔王に攫われて居たのね!助けてあげるわ!感謝して、私の元で死ぬまで働きなさい!」


「エルナ!お前……綺麗になったな。魔力もないお前の婚約者をしてやっていたんだ。愛人にしてやるから、こちらへ来い!」


エルナ自身を所有物のように喚く。その二人へエルナは静かに歩み寄る。


「やはり寂しかったのだろう。慰めてやる。」


ニヤニヤとした笑みを浮かべ、手を伸ばすルーカスに、エルナは冷徹な眼差しを向ける。


「その汚い口を閉じなさい。さもなくば、実力行使をいたします。」


「はぁ?なんだエルナの分際で…。」


その瞬間。エルナの膨大な魔力が膨れ上がる。二人の身体に目掛け活性化の治癒魔法を叩き込む。


「ぎゃゃぁぁぁぁ!?」


二人は悲鳴を上げ、エルナの治癒魔法を受けた。ルーカスの腕は筋肉が異常増殖をしてぼこぼこと音を立て膨れ上がり、ノエルの金髪は植物の蔦のようにうねうねと伸び始めた。痛くはない、だがその姿は歪で、怪物のような姿へと変わっていく。


「ヒィッ俺の腕がッ!」


「私の美しい髪がっ!何よこれぇ!」


「……帰るなら、元に戻して差し上げます。帰りますか?そのままの姿でいますか?」


エルナの声は、かつての弱々しい少女のものとは思えないほど、冷たく響き渡る。二人は腰を抜かして、泣き叫んだ。


「わ、分かった!帰る!帰るから元に戻してくれ!」


エルナは修正の魔力をかけると、歪んだ肉体は元に戻り、二人は転がるようにして城から逃げていく。


静かになった広間で、エルナはアルドリックに向き直り、深く頭を下げた。


「アルドリック様。元身内とはいえ大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません。」


「いや、実害はないから大丈夫だよ。君が謝ることじゃない。」


「ありがとうございます。アルドリック様。」


アルドリックの優しい言葉に、エルナは意を決して、胸に秘めていた想いを口にする。


「これまで、本当にお世話になりました。おかげさまで、二人を追い返せるくらいに強くなることが、できました。……私は、これから魔族領で暮らしていきたいと思っています。」


「え……?魔族領に住むのか?」


「はい、……もし、魔族領に人間が居てはならないのでしたら、もっと遠へ行きます。」


アルドリックは慌ててエルナの元へ歩み寄る。


「違う!追い出すつもりなどない!魔族領に住むのも良いが……独りでか?治安は良いが、さすがに女性独りとなると……その、わざわざ城を出る必要はないんだぞ?この城にずっと住んでいても良いよ?」


「……えっ」


エルナは顔を上げ驚く。アルドリックの夜空のような瞳にまっすぐ見つめられる。


「エルナ、君が外に出たいと言うなら止めない。けれど、まだここに居ても良いというのなら、一緒に居てほしい。エルナの魔力はとても心地よくて、いや、魔力だけじゃないけど……。」


最後の方には、視線をそらすアルドリック。その優しさにエルナの胸はこれまでにないほど高鳴った。


「ここに……居たいです……。」


「……あぁ。」


アルドリックは安堵したようにふわりと微笑む。


「これからも、よろしくお願いします。アルドリック様。」


エルナは幸せに満ちた笑顔で答える。かつて役に立たないと捨てられた弱い小動物は、自分の居場所を見つけた瞬間だった。

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