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52.エピローグ

「〈天界帰巣〉発動します」


 とある日の夜更け、グレゴドールの使用人室でミカゲが輝く手をテツオにかざす。

 今からテツオだけ天界へ戻り、とある人物と『お茶』をする予定なのだ。


「お手数おかけします」


 感謝を告げると、ミカゲの口角が意地悪く上がった。


「女子高生とデートですね。楽しんで来てください」


「やめてください……そんな犯罪めいた響きを落とすのは……」


 加害者と被害者で静かに語り合うだけだ。下心は微塵もない。

 そう言おうとした瞬間、意識が上へ上へ引っ張られて肉体が脱力してゆく。


「本当に、たまには楽しんでください。あなたはずっと、人のために尽力してきたんですから」


 そんなミカゲの労いが、微睡む意識にサイレンのように反響する。


(楽しむ……か……)


 複雑な心持ちを浮かべながら、テツオの意識が遠のく。

 日本で生きている頃に意識したことがない言葉だ。

 

「あッ……」


 うたた寝から目覚めるように、ゆっくりと意識が起きた瞬間だった。

 隣で驚く女の子の声が打ち上がった。


「お疲れぇー」


 軽い響きの中にしっかりと歓迎してくれるようなその質感に、テツオはまぶたを開く。


「お疲れ、アイカさん」


 転生口たるシアタールーム。そのテツオが帰還した座席の真隣に、大沢アイカの晴れた笑顔が咲いていた。

 彼女の腕にはバケツサイズの特大のポップコーンが抱えられており、XLサイズの大きなカップが二つもホルダーに置かれていた。


「めちゃくちゃ豪遊してるじゃん……」


「いやぁ、生きてる頃は周りに遠慮してできなかったからね」


 ニシシと笑いながら、ネイルが踊る指でポップコーンを摘んで口に運ぶアイカ。

 確かに、ここでは咀嚼音を憚る必要はない。


「テツ兄、呼びつけてごめんねぇ」


「あ、ああ……全然いいよ。大歓迎」


 流石はギャルだと、テツオは心の中で感心する。サトルの呼び方に寄せたのか、態度まで以前よりグッと距離を詰めてきた。


「そっちは管理部の仕事、忙しくないの?」


「忙しいちゃ忙しいけど、楽しいよー。人の人生がいっぱい見れてやりがいしか感じない」


「ああ、そういえば管理部ってみんなの〈生涯履歴〉が見れるんだっけ?」


「見れるよー、そりゃもう根掘り葉掘り見て、何処に転生させるのがいいかって考えるのが管理部と人事部だからね」


 その発言に、テツオの背中に汗が伝う。

 まさか見られてはいないよな? 自分の購入してきたアダルトビデオの履歴を、女子高生に。世間話ついでにとんでもない懸念事項を引っ張り出してしまった。


「ちょ、どうしたの急に真面目な顔して」


 テツオの強張った顔を見て、アイカがわずかにたじろぐ。

 

「俺の履歴……見た?」


 恐る恐る聞いてみると、「ああ」とアイカは納得したような顔をして、カップを傾けて澄ましたように言う。


「まあ、見たね。一応、テツ兄は保護観察中ってことになってるみたいで、私は被害者ってことになってるから、観覧制限が一切かかってないテツ兄の生涯履歴が見れちゃうね」


 まずい。非常にまずい。彼女は赦してくれたとはいえ、事実としてテツオはアイカの人生を奪ってしまった加害者だ。何もかもさらけ出して罵られてもいいとは思っていたが、流石に──。


「超恥ずかしい……何かまずいもの見たりした?」


「まずいっていうか、引っかかるものはあった」


 なんだ? やはり性癖か? 今から若い子に性癖について問い詰められてしまうのか? ガラスのハートが割れてしまう。


「映画、撮ってたんだよね?」


 意外な問いに、テツオは胸を撫で下ろす。

 よかった。そっちはそっちでお恥ずかしいかぎりだが大分マシだ。


「そうだね。素人映画だけどね」


「凄いじゃん。どうりで面白いことするなって思ってた」


 見てくれていたのか、テツオにとってそれが何よりの報酬だ。

「どうも」と照れるようにテツオが頭を掻くと、しかし、アイカは考え込むように指を頬に添えた。


「生涯履歴ってね、その時々の感情のパラーメーターとかが見れるんだ。その人が何をしてる時が楽しいか、そう言うのを見て、次の転生先を人事部と考えるんだけど」


 便利なものがあるものだ、とテツオは「へえ」と相槌を打つ。


「テツ兄の感情パラメーター、映画撮ってるときはグラフが上向いてるんだけど、映画が完成する間近に……」


「ああ……」


 そんなものを見られているのか、とテツオはうんざり眉根を揉む。


「そんなに俺の感情パラメーターは酷かった?」


「かなり。ほぼどん底。映画が完成してからもひどくて、ズドンって下に真っ逆様な感情曲線だった。私の上司の話だと……鬱病に近い状態だって」


 言われて、当時の感情を思い出し、テツオの肩が下がってゆく。


「そうなんだ……それは酷いもんだね……」


 声音に力を失い、気分が憂鬱な色へ染まってゆく。

 その気を沈むテツオに気がついて、アイカは気まずそうにこめかみを掻く。


「ごめんね。他の人の生涯履歴と比べても、グラフの偏りが凄くって……それが、なんでなのかなって、どうしても気になって、忙しいとこ呼んじゃった。仕事の参考にしたかった、みたいな……」


「なるほど。全然いいよ。君にはどんなことでも聞く権利がある」


 居住まいを正して、テツオはズレた尻の位置をなおす。

 落ち込んでばかりでは、年上として示しがつかない。

 それに、元から彼女にはすべてさらけ出す覚悟だった。


「映画って作ってる時が一番『楽』なんだよ」


「楽? 大変じゃないの?」


「『大変』は『楽』なんだよ。没頭できることが目の前にあるって、凄い『楽』なんだよ」


「『楽しい』じゃなくて?」


「正直、楽しいとか苦しいとか、その境目も意識できないくらい『楽』なんだ」


 テツオが染みるように言うも、アイカは首を傾げる。

 若いからだろうか、それとも人間としての特性の違いか、ひどく理解に苦しんでいる様子。


「それは、無我夢中になってるってことだから、良いことなんじゃないの?」


「うん、もちろん。凄い良いことだと思う。でも……完成しちゃうとね、その時間を失うのかって思えてきてね。どんどん憂鬱になってくる。自分の人生がロクでもないからね。何かに没頭してないとやってられなくてね」


 だから、とテツオは脳裏にあの日のことを思い浮かべる。


 雲ひとつない、夏の朝だった。

 徹夜で、夢中で、時間を忘れている間に、陽が登っていた。


「君を突き飛ばした日も──映画が一本完成した日だった」


 死んでもいいや、そんな気分になった。

 なんとなく散歩に出た。空っぽな自分を誤魔化すように。


 目の前に女子高生が歩いていた。

 信号を無視して突っ込んでくるトラックに、自分だけが気がついた。

 身体が吸い寄せられるように動いた。


 死ねるし、守れそうだった。


 次の映画の脚本を思いつくまでの、空虚な時間から逃れられる。

 そんな一時的な血迷った感情と、損得抜きの純粋な衝動が同居した瞬間だった。


「今思えば、その心がグラグラした状態と、トラックが噛み合ったんだと思う」


「そう……」


 テツオの独白に、アイカが言葉を失い、視線を床に落としていた。

 また気を遣わせてしまっている。優しい彼女のことだ、どんな言葉をかけていいか逡巡してるのだろう。


「ごめん。あんま気を遣わないでね」


「でも、映画は完成してたんでしょ? 誰かに見せる前に、私を守ったせいで……」


「いや、ネットに上げてるから、誰でも見れる状態だよ」


 そう言うと、アイカが爛々として瞳でこちらに首を向けた。


「え、見れるの?」


 しまった。罪悪感を背負ってほしくないあまり、咄嗟に口を滑らせてしまった。

 テツオは明後日の方向に視線を外すも、逃すまいとアイカの手が腕を掴んでくる。


「天界でも見れるのかな? どんな映画?」


「変な映画……だねぇ……」


「変な映画? ジャンルは?」


「うーん……なんだろうね……」


 どうしよう。どう誤魔化す。

 作ってるときはどんな作品でも自信作だ。誰かに見せたいという情熱がメラメラと燃えている。

 だが、長い編集作業の果てに完成してしまうと、その火の勢いを逸してしまう。


 人に見せて良いものなのか。完成してると言って良いものなのか。

 勢いでネットに上げて見たものの、今から生き返って撮り直ししたくてしょうがない。


「見てほしくないの?」


「いや、作ったんだから見てほしくはあるけど……なんだろうね? キリンの交尾の方が面白いかもよ?」


「めっちゃ誤魔化すじゃん? もう黙って見るからね?」


 頬を膨らませるアイカに、嬉し恥ずかしの感情がテツオの胸中で踊る。

 ここまで『見たい』という素直な感情をぶつけられたことがないから。


「わかった。ミカゲさんに聞いてみる。地球で見れる動画とか映画もこの映画館で観れるらしいから」


「やりぃッ、一緒に見よう!」


「うーん……一緒か……俺のいないとこで見て……」


「なんでよ?」


「理解できないか……作った側のグラグラしたナイーブな気持ちが……」


「めんどくさッ、人に見せるために作ったくせに、めんどくさい!」


 でしょうね。とテツオは白目を剥く。

 料理を作って食べさせるのと訳が違う。長い時間をかけて情熱を注いでいると、面倒な心持ちになるのだ。


「まあ、でも」


 口元を柔らかく、アイカがスクリーンを指差した。


「良いものはもう、見せてもらってるか」


 映し出されていたのは、ミカゲの視点だった。

 いつの間に記録されていたのか、少し前の、過去の映像だ。

 それはサリア嬢の誕生会の、数日前の記録で──。


『あー、そうか……本来のメノイラ教の思想を伝えるタイミングは……』


 独り言を呟きながら、使用人室の机向かってペンを走らせている男が一人。

 そのスクリーンの中の男は、ひどく格好が悪くて、どうしようもなく、必死だった。


『どう受け止められるか……頭ごなしに否定はされないはずだ……彼女たちの気持ちが楽になる思想だから……マリア嬢を捕まえておしまいなんて……ダメだ……つまらない……』


 されど、暖かい目をしていた。空虚な自分への逃げ場でなく、誰かの一助になりたいという、純粋な心根が伝わるような。


『テツオさん、そろそろ休憩してください』


 ミカゲの心配そうな声が落とされる。

 連日、夜を徹して惨殺阻止のための計画を練っていたせいで、彼女には何度もそう声をかけられていた。


『もう少しですから、もうちょっと考えさせて』

 

 こちらに振り向いた、男の顔を見て。

 ……ああ、とテツオは思う。


 ちゃんと、楽しめていたのだ。

 

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

異世界転生調査官、第一部これにて閉幕でございます。


星やブックマークを入れてくれた方も、本当ありがとうございました。

とても励みになりました。次回、第二部(時期未定)のエネルギーとさせて頂きますm(_ _)m

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