表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/53

51.シネマ

 春の訪れを邪魔されたテツオは、複雑な面持ちでサリアの背中に追従する。

 よくも邪魔したなという気持ちもありながらも、わずかな充足感に満たされていた。


 誕生パーティーの一件以来、サリア嬢は出会った当初より健やかな雰囲気になった。

 冷たく他者を嘲笑うような佇まいではなく、どこかシャンと背筋を立たせる快活な淑女になった気がするのだ。 

 なんとなく感じ取れる些細な変化ではあるが、それが何よりの報酬であると、テツオは安堵に口元を綻ばせる。


「これはなに?」


 サリア嬢は自室へ着くなり、ビシリと部屋の中央に鎮座した〝ある物〟を指差した。

 

「ああ……それは」


 誕生パーティーで集まったプレゼントの開封をしていたのだろう。

 積み上げられたドレスや宝石類の中、その物体はあまりにも異質だった。


「ささやかながら、私からの誕生プレゼントです」


 それは、木箱に小さな観覧車を押し込めたような奇妙な装置だった。

 側面には短いハンドルが突き出し、それを回すと、内部で紙束がびっしりと並べられた輪っかが回る。正面には一人分のスコープ(覗き穴)が備え付けられている。


 ミュートスコープ──地球でそう名付けられた、映写機の祖先とされる代物だ。


「プレゼント? ありがたいけど、あまりにも得体が知れない……」


 この世界にはまだない技術と発想らしい。

 作りは単純なのだが、警戒を解く必要がありそうだ。


「安心してください。これは、おもちゃみたいなものでして」


 言いさして、テツオが箱に備え付けられた覗き穴を指で叩く。


「ここに目を近づけて、中を覗き込んで見てください。それで、傍にある取っ手を回すんです」


 テツオは一通りやって見せると、サリア嬢は怪訝に眉根を寄せる。


「あなたは本当に、わけがわからないことをするわね」


 まるで飽き飽きした子供のお遊びに付き合うような、そんな呆れた響きを乗せて、サリア嬢は覗き穴に顔を近づける。

 すると途端に──


「わぁ……」


 ゆっくりハンドルを回すと、サリアの口から息を呑むような感嘆が漏れた。

 仕組み至って簡単──手動の映画シネマだ。


 およそ2000枚の紙束に描かれたパラパラ漫画を、ハンドルを回して再生する装置。

 映画に使われるフィルムの源流にある仕掛けで、一分間のアニメーションを楽しめる。


「動いてる……凄い……私が踊ってるわ……」


 呼吸するのも忘れるように、サリア嬢は魅入られる。

 作った甲斐がある。惨殺阻止の事前準備に勤しむ傍ら、テツオは手作業と〈アイテム作成〉を組み合わせ、ミュートスコープをコツコツ組み上げていた。

 

 描いたのは、サリア嬢が優雅に踊る姿。

 誕生パーティーで披露するダンス。その練習をしていた彼女の姿に、テツオは〝自由〟を見た。

 身分も、しがらみも、宗教も、纏わりつくそのすべてを捨て去るような躍動は、どうしても形になるもので残しておきたなかった。


「気に入って頂けたました?」


 聞くと、サリア嬢がスコープから目を剥がし、爛々とした瞳をこちらに向けるのだ。


「これはどうしたのッ? どういう……」


 途端、無邪気に喜んでいる自分を恥じ行ったのか「ゴホン」と咳払い。自身の黒髪を取り繕うように撫で付けて、すまし顔を作って見せる。


「なんなの、これは?」


「おもちゃです。気分が重い夜の、ささやかな逃げ場に」


 言うと、サリア嬢が首を傾げて先を促すも、テツオは答えず、ただ微笑みを浮かべた。

 彼女はこれから、今まで信じてきた『メノイラ教』と『揺るがぬ自分』の間で揺れ動くことになる。

 これからの生き方と、価値観を取り落として転びそうになったとき、自分を支える松葉杖が必要なはずだ。


「あなた自身の、戻れる場所が多い方が良いと思いまして」


 多くは語らず、短く、そう告げる。

 サリア嬢にはもう、わかっているはずだから。


「……そう……」


 少しばかりの相槌を打って、サリアはまたミュートスコープを覗き込む。

 

 社会の歪みや、他者の言葉に心を殺さそうになったとき──

 テツオを救ってくれたのは映画だった。


 映画を見て、笑える自分がここにいる。

 怒れる自分が、泣ける自分が、感動できる自分がいる。

 それだけ、自分がどんな状況でもそれだけは変わらず、揺るがなかった。


 小さなことでも良い。ほんの少しだけでも良い。

 魂が反応する場所があれば、彼女のこれからの人生の一助になるかもしれない。

 テツオ自身が、そうであったように。


「サリア様、少し先の話になりますが──」


 テツオは意を決して、静かに語りかける。

 名残惜しいが、告げなければならない。


「私と、ミカと、サトゥルは、今回の王室の一件が片付きましたら、モンカーの故郷に戻ろうと思います」


「へ……?」


 サリア嬢がミュートスコープから目を剥がし、ゆっくりこちらに首を動かす。

 その顔は、ひどく動揺するように目を見開いていた。


「故郷にいる母が、病に伏せてしまったのです。なので、その世話をしようと思います」


 心をかき乱しながら、テツオは『嘘』をつらつらと述べた。

 どれほど名残惜しくても、テツオたちは天界から来た死者だ。この世界から立ち去らないとならない。 


「短い勤めになってしまい、本当に申し訳ございません」


 しばしのお別れです。そう告げると、一瞬、ほんの一瞬だけ、サリアの瞳が揺れた気がした。

 その双眸が、迷子のような心細そうな質感で、ひどく罪悪感に駆り立ててくる。

 

「サリア様には色々とお手数をかけさせてしまったのに、本当にごめんなさい」


 重ねて謝ると、サリアは「そうね」と静かに落とした。

 

「……本当に。ポンコツのあなたにどれだけ労を割いたか」


「重ね重ね、申し訳ありません」


「はぁ、また新人を雇い入れないといけないのね。手間がかかるわ。本当に。無能を使い物にするのに、こちらがどれだけ煩わしい思いをするのか考えたことある?」


 いつもの悪態のような言葉並びではあったが、深く惜しむような響きにテツオには聞こえた。

「申し訳ありません」と何度も頭を下げると、サリア嬢がこちらに背を向け、窓辺に首を向けながら言う。


「故郷に戻るまで……それまでしっかり、勤めなさい。辞めるからと言って、甘やかすつもりはないから」


「はい、もちろんです」


 テツオが恭しく一礼すると、サリアは煩わしそうに手を払う。

 もう語ることはないと言う合図だ。


「では、失礼致します。何か御用があればまたお申し付けください」


 いつもの使用人の定型分を置いて、テツオは部屋を後にする。

 扉を押して、静かに廊下に出る。再度、一礼してそっと扉を閉めようとした。

 ──その直後だ。

 

「いつでも、戻ってきなさい」


 扉の隙間、サリア嬢がこちらにしっかりと目線を合わせて、そう言った。

 凛々しくも、晴れやかな笑顔だった。

 その背筋をまっすぐ立てたシルエットが鮮烈で、テツオは目を奪われる。


 やはりどこまでも美しく、優しい子だ。

 戻れる場所を、こちらにも用意してくれるなんて。


「かしこまりました」


 静かに一礼し、テツオは扉をそっと閉めた。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ