46.依存
「落ちる首がひとつ増えたね」
王子が指で指示を送ると、テツオを拘束していた片方の騎士が素早く動く。
「キャア──ッ」
公爵令嬢という肩書きさえ踏みつけるように、荒々しくマリアの肉体を引き倒し、腕で首根っこを押さえつけた。
「カウラス様!」
たまらず声を上げたのはサリアだった。
「今のは、何かの間違いです! どうかマリアをお赦し下さい!」
焦燥を露わに、王子の肉体に縋り付く。
しかし、カウラスはそんなサリアを視界に収めても、何処までも平坦な顔をしていた。
「サリア、ダメだよ。醜い人間を庇っては」
「カウラス様!」
「君はもう僕のものなんだから、言うこと聞かないとダメなんだよ?」
わずかに浮かべた微笑みは、やはりひどく歪だった。
サリア嬢を宥めるように撫で付けるその手も、新品の人形を愛でるような質感で。
「僕はね、言ってほしくないよ。僕とは違う意見なんて、僕の嫁に言ってほしくない」
言葉の響きに色がない。相手を慮るような、手触りがない。
ただただ、自分の欲求だけを突きつける、ヤスリのようにザラついた意志だけがあった。
「僕の、もの……?」
「そうだよ。結婚するんだ。髪の先から足の爪先まで、僕に捧げるんだろ?」
「…………」
「優れた血族、その頂点に立つ王族の言うことは、ちゃんと聞かないといけないだろ?」
その言葉を聞き届けて、サリア嬢は力なく、掴んでいた王子の腕から手を下ろす。
そして、小刻みに身を震わせはじめるのだ。
「サリア様……」
彼女は今はどんな顔をしてるのか。騎士に抑え付けられているテツオには見ること叶わない。浮かべているのは『諦め』か、『焦燥』か。それとも──
「動かぬ天秤に……乗せるもの……動かぬ……揺るがないもの……」
震えた声音が、室内にしとりと落とされる。
先ほど、テツオが打ち込んだ言葉を反芻している。
「もういいかな?」
静かになったサリアを横目に、カウラスが右手を掲げた。
その合図を受けて、騎士が剣を鋭く構える。
「ああ……」
テツオは沈痛に呻きを漏らす。最悪な形になってしまった。サリア嬢とマリア嬢と心を救いとるように計画していたが、こんな血に濡れた終わりを呼び寄せてしまった。
室内にゴキブリを投影してパニックを起こそうとも考えたが、もう使用限度を迎えている。投影を試みてもスキルが発動してくれない。
[サトル君、ミカゲさん、せめてマリア嬢だけでもお願い]
[了解や……」
[了解です……]
短く、調査隊一向は通信を交わす。これでマリア嬢の命の最低保証は出来た。
王子もテツオの首で一定の満足はしてくれるだろう。
心残りなのは、サリアの心に深い影を落としてしまうことだ。
彼女の心を救ってほしいと、大沢アイカに頼まれていたが──
(ごめんね)
この光景を見ているだろうか。映画館のスクリーンで、彼女にこんな結果を見せてしまっていることも、ひどく情けない。
やはり、自分は空回る。どんなに周到に用意し、努力しても、最後は空回る人生だ。
「なぜ笑っているんだい?」
テツオが自嘲に肩を揺らしていると、何の気まぐれか、カウラスから疑問が落とされた。
「いくつも首が落ちる瞬間を見てきたけど、最後に笑う人間がいることに不思議に思っていた。君はなんで笑ってるんだい?」
そう聞いた王子の声の濁りに、テツオは溜息を吐く。
純粋な好奇心に見せて、稚拙な嗜虐心が垣間見える。
テツオの口から悔恨を引き出し、自分の優位性を味わいたいのだろう。
「……カウラス様は、想像できませんか? 上手くいかないときや苦しいとき、どうしようもなく、腹から笑えてくる人間の気持ちが」
「わからないな。上手くいかなければ怒ればいいし、苦しいと思ったら下僕に命じて取り除けば良い」
その答えに、テツオはさらに肩を揺らして言う。
「ははッ、あなたは赤ちゃんですね。知性と共感を欠いて産まれた赤ちゃんです。お母さんのお腹の中に忘れてきました? 取りに行きましょう! 間に合うかもしれません!」
「は? 僕のことを馬鹿にしてるのか?」
「おお、馬鹿にされてるってことはわかるんですね? 他者の痛みを読み取れないのに、自分に向けられた『針』だけは認識できますか。さぞ、赦しのない人生だったんでしょう」
ケラケラと、テツオは含んで笑う。
そして、憤怒を露わにする王子の顔を眺めて──。
「劣ってますね」
一言、渾身の侮辱を送る。
「他人の気持ちがわからない、想像できないというのは、人間社会のなかで『劣等』である証明です。考える力がなく、想像力がないと豪語してるようなものですから」
「この──ッ!」
弾かれように、カウラスはテツオの顔を踏みつける。
されど、構わず、テツオは笑い続けていた。
「笑うな! 気持ち悪い! 口を閉じろ!」
「ははははっ、今のあなたの方が人間らしくて良いなぁ!」
「はやくッ、首を切れ! こんな汚物消してしまえ!」
カウラスは語調を強めて、騎士に命じる。平坦な印象が薄まり、激情の芽が咲き誇った。
その様子に、護衛騎士からもわずかな動揺が拡がる。感情を爆発させる王子を初めて見たのだろう。
(常用してる薬が切れたか)
ミカゲの分析とマリア嬢の発言で薬物中毒者であることは察せていたが。
この感情の荒波の発露を見て、テツオはむしろ安心感を覚える。
「誰もが、何かに依存して生きてるんですね」
テツオは染み染みと、柔らかい微笑みを落とした。
「サリア様は『神の教え』に。マリア様は『自傷の安堵』に。カウラスは『薬物』に。それぞれ強烈に縋れるものを求めていた」
テツオもまた、映画に依存していた。
誰かの人生の中に垣間見える、自分の人生の救いを求めて。
「サリア様──」
呼びかけると、彼女の瞳が揺れる。
返事はない。ただ、こちらを真っ直ぐ見てくれている。
「誰もが苦しみの渦の中にいらっしゃる。どれほど裕福であろうが、血筋に恵まれようが、苦しみから逃れる術を求めている。誰もが、今の社会に、自分の人生に、納得できていない」
言いながら、テツオは横目で頭上に掲げられた剣の刃先を見る。
王子に急かされた騎士が、今にも断罪の刃を振り下ろそうとしている。
「それでも、最後に残る〝揺らがぬもの〟を大事に生きて下さい。どれほど逃れようと、流されようと、自分の中に残るものを──」
言葉の途中、騎士の腕が鋭く動く。
天井に掲げた銀の輝きが、テツオの首元目掛けて放たれた。




