43.神の教え
「答えを言いましょうか? モンカーに伝わる、創造神メノイラの〝本当の神意〟を」
声音を落として言うと、サリア嬢は「は?」と殺意を煮詰めような相貌でテツオを睨み据える。
それもそうだ。〝本当の神意〟などと言われれば、今まで自分が信じてきた教えを、暗に〝嘘〟であると突きつけてられているようなものだ。
「本当の神意……ですって? あなたのような一介の使用人が、メノイラの神意を──」
「神器である〈黄金の天秤〉、あれは《《優劣測る道具ではありません》》」
サリアの言葉を遮り、テツオは強引に差し込む。
「他者との立場を、貧富を、能力の差を──〝測らないため〟にあるのです」
それは、嘘でも何でもない、揺るぎない真実だ。
ここ数日、テツオはサトルや別働隊に依頼して、メノイラ教の歴史を深く調査してもらっていた。
「『優れろ』とお嬢様方が教わってきた神のメッセージは、王族によって捻じ曲げられたものでございます」
「どういうこと?」
瞳を輝かせて聞いたのはマリアだった。
やはり、とテツオは内心で手応えを感じる。メノイラ教に反感を持つ彼女なら興味を持ってくれると思っていた。
「メノイラ教の聖典も環境……いえ、政治と言うべきですね。王族の介入によって、その内容を変容してきたんです」
テツオは言葉を選び、慎重に告げる。
ゴキブリの進化と聖典を並び立てるのは、流石にサリアが怒るだろうから。
「ソマリ王国の現在の領土は、元々、我らモンカーの祖先の住む土地でした。それが、かつての王族が進軍し、領土を奪い取り、モンカーを支配下に置いたのです」
ソマリ王国の歴史というのは、アメリカ合衆国と似た道を辿っている。
かつて海を越えてやって来た開拓者たちは、そこに「新天地」を見出した。
だが、そこにはすでに人が住み、文化があり、神話があった。
彼らは言葉と条約で土地を奪い、次に武力で追い払い、最後には「正義」と「文明」という言葉で塗り替えた。
やがて、その国は自由と平等を掲げる大国となり、奪った歴史そのものを、勝者の物語として歴史に刻んでいく。
アメリカ合衆国──
理想と暴力、解放と支配を同時に成立させてきた、移民が作り上げた巨大国家。
ソマリ王国も、歩んできた道は本質的に同じだ。王族が先住民であったモンカーから土地を奪い、長い時間をかけて神の形さえ塗り替えた歴史がある。
「現在、幅を利かせている王族も貴族も、上流階級のルーツのすべてが移民から始まっているんです」
「教わっていない……歴史だわ……」
驚愕するマリアに、テツオは厳かに頷く。
「当然です。王族が自分達を移民であったなどと、認めるはずがありません。『略奪者』という看板を、長い歴史を積み重ねの中で溶かしていったのです」
そう語っていると、何を思ったのか、サリアがクツクツと肩を揺らし始める
「テッツォ……デタラメまで吹聴し始めるとは……怒りを通り越して哀れに思えてきたわ」
何処までも冷たい眼差しが、テツオに注がれる。
「純粋なマリアであるなら、騙せると思ったのかしら? 狙いは何? あなたも反抗勢力の一員? ゴキブリを放ったのもあなたの仕業なんでしょう?」
そう解釈されるか、とテツオの背中が焦燥に濡れる。
サリア嬢の賢さを信頼しすぎたか。今まで培ってきた信仰の壁に、テツオが真実をぶつければ、彼女の理解力が良い方向に回ると、博打を打っていたのだが。
「サリア様……誓って、私は反抗勢力などでは──」
「王族であるカウラス様がここに来訪することを何処かで知り、先んじてグレゴドール城に使用人として潜入していた。そう考えると、すべてが繋がるわ」
逆に賢すぎたか。疑いの芽を膨らませる方向性でとてつもなく鋭い。
潜入しているという点と、ゴキブリを放った点は見事に当たっている。
「公爵令嬢である私とマリアを、反抗勢力の中に取り込みたかったのかしら?」
「再度申し上げます。決して、私は──」
「それもそうよね? 王族を殺し尽くした後、略奪者の看板を背負うのは反抗勢力なのですから、事前に立場のある者を取り込んでおけば、『正義』を主張できるものね?」
テツオは肩を強張らせる。これはまずい。明らかなミスを犯してしまった。
結論を焦りすぎて一方的な主張になってしまい、サリア嬢に疑念を膨らませる方向に誘導してしまった。
(どう修正する……?)
サリアは警戒を露わにし、マリアの腕を強引に掴んで立ち、テツオと距離を取らせる。
彼女の中ではもう、こちらが反抗勢力の一味であることは確定らしい。
「これ以上、あなたと交わす言葉はない。ここから出ていきなさい」
「お嬢様……誤解です。あなたが思っているようなことは何も──」
「外にゴキブリがいようが関係ないッ、出ていきなさい! あなたとこれ以上、同じ部屋にはいられない!」
サリアがピシャリと言った。その直後。
部屋の扉が盛大に開け放たれたのは──
「ああ、ここにいたのか。サリア」
貼り付けたような笑みに、光を放つ靡く金の髪。
第一王子カウラス・フォン・ソマリが、二名の騎士を従え、緩やかに入室してきた。




