31.執行官 VS ギャル
「大沢アイカと言います」
イザネの問いに、毅然とした声で答える少女の声。
「役職は?」
「しばらく、天界ポイントを稼ぐために管理部で働かせてもらってます」
「ほう、チートスキル欲しさに転生前のアルバイトか? では、なぜここにいる? 仕事はどうした?」
「その……生前、そこにいる原島テツオ調査官と、関係があるので」
「どんな関係だ?」
「私の命を、庇ってくれた人なんです」
その言葉に、テツオは息を詰まらせて驚愕する。
殺された、と言わなかった。
庇ってくれた、と大沢アイカの口から言ってくれた。
「ふむ……こっちに来い」
手招きして、イザネは自分の立つ位置まで大沢アイカを呼び寄せる。
テツオの視界に映った彼女の姿は、以前見た高校の制服ではない。ミカゲと同じようなビジネススーツを身に纏っていた。
それと、映画館の飲食コーナーで買ったのか、両手にカップを二つ持っている。
「先ほど『見ていた』と言ったな?」
「はい。そこのスクリーンで見てました」
「そのカップはなんだ? 飲み物だろう?」
「テツオ調査官とミカゲ記録官がこちらに帰ってくるような会話をしていたので、差し入れに……」
優しい。あまりにも優しすぎる。
ミカゲに渡すならともかく、自分の命を奪ったテツオにも飲み物を用意してくれていた。
その心配りに胸を打たれ、テツオの目頭に駆け上るものがあった。
(ダメだ。俺に泣く権利なんてない)
テツオは感情の荒波を必死に抑える。腕が動かせないのだ。涙を拭うことは叶わない。
殺人犯が被害者の前で涙を見せるなんて、許されようとする傲慢な態度だ。
「今来たばかりのところで状況を察して、この男を庇うために虚言を吐いているわけではないのだな?」
「はい。先ほどからここにいました。飲み物を買うために離席しましたけど」
「ふむ……」
トントンっとイザネはこめかみを指で叩きながら、その場に佇むアイカの周りをぐるりと歩き始める。
緊張して身を硬くするアイカを睥睨し、そのスーツにかかる長い金髪を手で弄ぶ。
「おかしなことを言うものだ。見ていた? ここにいた? 明らかな嘘だ」
「はい? 嘘なんかじゃ──」
「このイザネも、シアタールームでこいつらが帰還する様子を見ていた。なのに、キサマの姿など見ていない」
釘を打ち込むように、イザネはアイカの胸元に人差し指を当てる。
その仕草に眉をへの字に曲げるアイカは、ため息を一つこぼす。
「いや、私は、今ミカゲ記録官の座っている隣の席にいました。あなたがこのシアタールームに入るところも、全部見てます」
「イザネはお前を見ていない」
「そりゃ、あなたはここに入ってくるなり『うわぁすごいッ映画館だ!』とか言いながら、脇目も振らずに前の席に駆けて行きましたから。後ろの座席に座ってる私のことなんて見てないでしょう?」
アイカの呆れるようなその指摘に、イザネの視線が盛大に移ろい、耳に赤みが浮かぶ。
ここはテツオが莫大な借金を背負って(背負わされて)建てられた映画館だ。大人でも高揚するような作りではあるが──子供か? やはり見た目通り、十代女子そのもなのか?
「いや……それは……その……違くて……」
「違くないでしょ? しばらく椅子の上で飛び跳ねてたよね? 私はここから見てたよ」
「いや……だってそれは……」
高圧的な態度はどこへやら。イザネの態度が途端に小さくなってゆく。部活の先輩に体育館の隅で詰められている後輩のような悲哀を感じる。心なしかバスケットボールが弾む音まで聞こえてきた。
「どうしても疑いたいなら、管理部に問い合わせて。私の行動記録がリアルタイムで記録されているから」
いわく、異世界転生所の管理部に所属する職員は、他人の生涯履歴書などの機密情報の管理を行なっているため、外へ持ち出さないように常に監視されているとか。
それは確固たるアリバイなのだろう。イザネはますます気まずそうにしている。
「……キサマが嘘を吐いている可能性が残ってる……この男を庇うために」
「行動記録と一緒で、仕事中は管理部で私の手元とか視線も映像で残ってる。それを確認すれば、テツオ調査官がラヴィアさんとそう言うことしてないってわかるはずだけど?」
「う、う……じゃ、じゃあ……」
「ここで話してても無駄なんじゃない? 管理部に行けばはっきりするでしょ?」
鋭く王手をかけられ、イザネは言葉に窮して硬直した。
最早ここに居残る意味はないと言うのに、余程悔しかったのか、イザネは歯噛みして突破口を探している。
そして、数秒の沈黙の後だった。
突如、映画館の扉が勢いよく開け放たれ──
「イザネぇええゴラァ!」
歳の頃は二十代中頃。軍服を着た中性的な女性が一人、爆発音のような咆哮を上げた。
そのあまりの声量に、シアタールームの空気がビリビリと震え、すべての人間の肩を跳ねさせる。
「す、スオラ先輩!?」
「テメエッ、何してんだカスッゴラ!」
スオラと呼ばれた女性は、ドスドスと威圧的な足音を立ててこちらに歩き、イザネの頭を虫を捕まえるように鷲掴んだ。
「ゴミコラおいッ、テメエに尋問任せてないよな? 何勝手に出かけてんだコラ、引き千切るぞ!」
充血した眼球をむき出しに、イザネに至近距離で睨みを効かせる。
そして次には、掴んだ頭を片手で持ち上げ、イザネの肉体をその場で宙吊りにした。
「アガガガガッ、ギブギブ! 潰れちゃうっす!」
「潰そうとしてんだよッ、害虫をなぁああ!」
ミチパキと、人体から鳴ってはいけない音が立ち、イザネの頭蓋が凄まじい握力で締め上げれられてゆく。
二人のやり取りから察するに、スオラという女性はイザネの上官なのだろう。その全身に纏う殺気に、傍で見ているテツオも血の気が引いてゆく。ビベンチョと対峙した時よりも恐ろしい。ゴジラを見上げる人間も、こんな気分なのだろうか。
「か、監視スキルで、せ、せせ、性エネルギーの波動をを、感知し、しましたので! いい、いち早く、容疑者を確保しよよようと──」
「話したよなゴキブリテメエ。性エネルギーってのは異世界で生息する得体の知れない存在にも出ることがあるっつったよなぁ?」
そのスオラの言葉に、「あッ」と声を上げたのはミカゲだった。
どうやらスオラの勢いに圧されて、イザネが〈肉体拘束〉を解除してしまったようだ。
「あの、鬼乃愛スオラ執行官、喋っても?」
「喋れ、ミカゲ記録官」
「原島テツオ調査官が、ラヴィア夫人と雑談している間、私は現地で崇められている『神器』に触れました。その際、そこに吹き溜まった『エネルギー体』と交戦することになったのですが……恐らく、イザネ執行官が監視スキルで目撃した性エネルギーと言うのは、そちらが原因かもしれません」
気まずそうに告げたミカゲの報告に、スオラは「了解。追ってこちらで検証する」と平坦に応えた。
そして、ギロリと、獲物に照準を定めたサメのようにイザネを睨み据える。
「ほら見ろ。尋問する前に検証してねえよな? なあ、応えろボウフラ」
「し、してません……」
「そうだよな? バカだから仕事の手順も覚えてねえよな? なあ!?」
「はい! イザネはバカなので! 突っ走ってしまいました!」
「じゃあ、テメエの頭の悪さに付き合ってくれた皆さんに『ごめんなさい』だよな?」
言って、スオラは宙吊りになったイザネの首根っこを掴んで、テツオたちに向かって強引に振り向かせる。
「ご、ごめんなさいでした! ご迷惑おかけしました!」
「もっとだ!『バカで愚鈍で、ゴミクズ糞下痢便所虫な私と会話してくれてありがとうございます!』だッ、言え!」
「バカで愚鈍で、ゴミクズ糞下痢便所虫で、ハゲ散らかした豚野郎な私と会話してくれてありがとうございまぁあああす!」
喉から血が出そうな勢いでイザネが叫ぶと、スオラはなぜだがさらに激昂し、
「うるせぇええ! 人の言葉を喋るなゴミカスがぁあああ!」
より大きな咆哮を放ち、イザネの腹部に強烈な右拳を一発炸裂させた。
「あ、あ、あおあ……あ、あ、ありがとうござい……ます」
胃から込み上げる血反吐を堪えながら、イザネが滂沱の涙を流してその場に跪く。
理不尽が過ぎる。なんだこの関係値は。フルメタルジャケットの鬼軍曹よりも頭一個上の暴虐だ。尋問してくれたのがイザネで良かったのかもしれない。
「テメエまた同じミスしたら、テメエのパパとママが見てる前でゴキブリだらけの部屋にぶち込んで、◯◯◯かけて、◯◯◯食わしてやるからな! ◯◯◯しながら◯◯◯しろ!」
ミカゲが気を利かせてくれたのか、スオラの言葉の節々にピーっと規制音が入った。
先日かけてもらったモザイクフィルターと良い、隙のない気配りだ。
まともに聞いていたら正気度を失うような文言だったのだろう。
「行くぞゴミクズ! テメエで歩け!」
「本当にッ、ご迷惑おかけしました!」
イザネがスオラに尻を蹴り上げられながら、シアタールームの出口に駆けてゆく。
流石にかわいそうになり、一同の口から同情の息を吐かせる。
「ドン引きなんだけど……」
嵐が止み、静寂に包まれたシアタールームにぽつりと、大沢アイカの憔悴が溢れた。
そして、アイカは「そうだ」と切り替えて、持っていたカップをテツオとミカゲに手渡す。
「これ、ちょっと温くなちゃったかも」
「ありがとう、大沢さん……」
「アイカで良いよ。大沢は、お母さんを裏切って逃げた父親の性だから嫌いなの」
言って、口元に微笑みをたたえる。
そして、親指でクイっと出口を指差すのだ。
「テツオさん、その……少し話せる?」
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