03.野蛮なるオーク転生①
鉄が激しく打ち鳴らされ、火の粉が宙を舞う。
男たちの手に握られるのは、歪な棍棒と鈍い光を放つハンマー。
巨大な洞穴の中に設けられたその〝鍛冶場〟では、職人たちの怒号が飛び交っていた。
「ブロンブ、ボボンゾッゾッ、ドグドグ、マカンコウサッポウ!」
目前で繰り広げられる部族感あふれる言語形態に、テツオは戸惑うばかりだった。
(マジか……)
テツオの最初の仕事は、モンスターの集落──その現地調査らしい。
映画館で意識を失ってすぐ、瞬きをするような一瞬でテツオの姿は変貌していた。
細かくカットの入った鍛え上げられた筋骨。ぬらりと光る緑色の肌。
髪の毛一本も生えていない光沢をおびるスキンヘッド。
西洋ファンタジーを代表するモンスターにして、アダルトアニメの竿役。
──〈野蛮なるオーク〉。
そんな人外に、テツオは転生(潜入)させられているようだ。
「ボボライッ、チグナサン、グランバ!」
テツオに向かって、一人のオークが何かを怒鳴っている。
もちろん、何を言っているのかさっぱりわからない。英語でさえわからないのだから、オークの喋る言語がわかるはずがない。
[もしもし、テツオさん聞こえますか?〈脳内通信〉というスキルであなたの頭の中に直接語りかけています。頭の中で私に話しかけてくれれば、応答が可能です]
脳内に響くミカゲの声。それにテツオは深く安堵する。
転生ってもっと緩やかに行われるんじゃないのか。
いきなり働いてる現場に叩き込まれるとは……。
[聞こえるよ。これ聞こえてるの?]
[聞こえています。よかった。脳内通信は良好のようですね]
[ミカゲさん、これどう言う状況?]
[もう少しだけ辛抱を。今、言語の解析を進めます]
言われて、心臓の拍動にして七つ分、そのわずかな時間だけ待機していると、
[今、肉体の適合率を上昇させました。少しだけその肉体の記憶が再生されるはずです]
ミカゲのその一声と共に、転生した肉体の記憶の一部が、テツオの脳内に走馬灯のように駆け回る。
どうやら送り込まれたのは、世界中に点在するオークの集落の一つ。
そしてテツオは今、その集落で鍛冶を学ぶ新人オークの肉体に憑依しているようだ。
改めて自身の手元に視線をやれば、得体の知れない動物の骨で出来たトゲ付きの棍棒にハンマーを振り下ろしていた。
絵に描いたような原始的な武器だ。ロールプレイングゲームの文脈に従うなら、スパイクボーングラブとでも言えばいいのか。
[え……情報すくな……鍛冶師であること以外、何もわからないんですけど?]
[とりあえず怪しまれないように、そのままその武器の作成をしていてください。こちらも解析作業を進めていますので]
致し方ないか、と、テツオは言われた通り、得体の知れないトゲ付き棍棒にハンマーを振り下ろす。肉体の持つ記憶のおかげか、何処にどうハンマーを打てば良いか自然と振る舞えるようだ。
「グラコロマツリッ、サイヤ、ツエッゾ!」
しばし作業に没頭していると、隣で同じ作業をしているオークがまたこちらに向かって怒鳴り散らかしてくる。
何を怒られてるのかわからない上に、さっきからずっと異臭がする。放置された動物の死骸のような、脳をパンクさせる香りだ。
[何の匂いこれ……すんごい臭い……]
[オークの体臭ですね。天敵となるウェアウルフなど、嗅覚が鋭敏な種族に対抗するため、皮脂腺に異臭を放つように進化しているのでしょう]
ミカゲの解析結果に、テツオは口をあんぐり半開きにする。
イヤな進化の仕方だ。外敵から身を守るため『臭くなってやろう』という発想がイヤだ。
これから転生してくる日本人のことを思うと、この環境はあまりにも過酷極まりない。
[やめましょう。ここに日本人が転生したら、三日も経たずにおかしくなります。ここに日本人を送っちゃダメです]
[匂いの方は安心してください。肉体の適合率が高まれば、嗅覚も自然と馴染むので]
[そうだとしても、日本の世知辛い世を生きた後に『激臭マッチョ』に生まれ変わるなんて可哀想だと思いません?]
[まぁまぁ、色んな好みがありますからね。屈強なオークになりたい人もいるんですよ?]
[臭くても? 柔道部の部室の一〇万倍くらい臭いのに?]
[住めば都と言いますからね。あ、そろそろ匂いはマシになってきたんじゃないですか?]
そんなミカゲの言葉と共に、強烈な悪臭が徐々に引いてゆく。
テツオは改めて深呼吸をすると、鍛冶場の焦げた鉄の匂いが鼻腔を抜けてくる。澄んだ空気とは言わないが、先ほどの何万倍も心地が良い。
[よかった。頭がおかしくなる前に馴染んでくれて]
[適合率の上昇と共に言語の解析も終了済みです。日本語フィルターを適用します]
そう告げられた直後、
「おい新人ッ、話聞いてっっか?」
先ほどからこちらに怒鳴っていたオークが、日本語を喋り出した。
「もっと、腰入れてハンマーを打つんだよッ、引っこ抜いたマンドラゴラを振り回すようにな!」
言って、豪快に「ガハハ」と笑い出す。
[何が面白いんだ……文化の違いなんですかね……]
[ふふ、理解を進めれば面白くなるかも知れません]
言いながら、ミカゲが笑いを堪えるような声音を響かせる。
引っこ抜いたことがあるのか? マンドラゴラを。
[テツオさんの今の肉体は、最近この集落に来たばかりの個体です。軽く挨拶してみましょう]
[了解です]
ミカゲの提案に心内で首肯し、
「あー、すみません」
テツオは豪快に笑うオークに向き直り、恐る恐る話しかけた。
「あなたの名前、聞いていいですか? 俺、ここに来たばかりで」
「ああ、そうか。初めましてか? 俺は〈ゾゾ〉ってんだ。よろしくな」
洋服の通販サイトのような名前のオークは、力強くテツオに片手を差し出す。
「テツオと言います。よろしく」
反射的に名乗って握手を交わしたところで、テツオは慌てて脳内のミカゲを仰ぐ。
[やっばッ、普通に名乗ちゃった。ここの土地柄、『テツオ』なんて名前は不自然でした?]
[問題ありません。あなたの魂に〈強制解釈〉というスキルを付与しています。どんな表現で喋っても、向こうが勝手に理解してくれます]
どんな表現でも? テツオの好奇心が踊りだし、ゾゾに突拍子もない話題を投げてみる。
「ゾゾ、アンパンマンって知ってる?」
「あ? 知ってるに決まってるだろ。アグボウバン──人間の生首で鎧を作成して戦った、我らオークの英雄だ! 腐臭と臓物だけが奴の友達さ!」
ゾゾは握り拳と共に、誇らしげにそう語る。
なるほど、英雄という部分以外は何も重なっていないが、これは便利だ。
適当に喋ったことを自然に再解釈してくれるのだから、コミュニケーションによるすべての障害は取り除かれたに等しい。
[休憩をするフリをして、そこら辺を歩き回りましょう]
脳内に響いたミカゲの指示に、テツオはゆっくり頷く。
「ゾゾ、悪いんだけど休憩していいかな? 疲れたから一服したいわ」
「おう、行ってきな。タバコ持ってるか?」
「俺は吸わな──」
言いかけると、ミカゲから『待った』が入る。
[タバコを入手しましょう。異世界の調査には嗜好品の成分検査も必要です]
「ゾゾ、悪いんだけどタバコくれるか? 切らしちゃって」
「いいぞ、そら、持ってけ」
気前よく、ゾゾは黄ばんだ数枚の紙と、動物の皮で出来た袋を手渡してくれる。
どうやら、自分で作る手巻きタバコがオークの嗜好品らしい。
「ありがとう。そんじゃ言ってくるわ」
ゾゾに手を振りテツオはその場から立ち去ってすぐ、袋の中身を覗き見る。
(何これ……)
無数の黒い塊が、袋の中に押し込められている。
手に取ってみると、少しだけ湿り気のある泥のような質感。
[解析しました。乾燥したコカトリスの糞ですね]
[コカトリスって、あの巨大なニワトリみたいなモンスター?]
[よくご存知で。この世界のオークはモンスターの狩猟が主な営みなのでしょう。嗜好品までモンスター由来とは]
興味深いです。と、ミカゲが感心する最中、テツオはつい仏頂面になる。
今歩いてる道の隅にも、得体の知れない排泄物がいくつも転がっていた。
嫌いだ。体臭も臭ければ、嗜好品まで臭い鳥の糞。その上、衛生面が終わっている。
[なんか、創作の中のファンタジー世界って、もっと良い感じになってません? オークとかもっと……野蛮ではあるけど、もう少し格好の良いものかと……]
[現実はそうも行かないんですよね。どんなに美しい世界に転生しても、衛生面は残念なことが多いです。下水道などのシステムがないので、どんなに高貴な地位にいても、窓の外から人糞を捨てさせたりしますから]
七回も異世界転生をしてるミカゲの言葉は重い。
テツオが見てきた映画の中でも、リアルな中世ヨーロッパを舞台にした作品をいくつか知ってるが、確かに衛生面は絶望的なものが多かった。
[食文化の調査もしましょう。糞をそこらに捨て置いているとなると、畑などは存在していないのでしょうか]
[ああ、肥料にしてないから?]
[そうです。異世界によっては排泄物を買い取る業者などもありましたし、その辺の職業周りの調査もしましょう]
心なしか、ミカゲの声が弾んでいる。
テツオの眼球を通して世界を見ているからか、旅行をしている気分なのかも知れない。
七回転生してもなお、異世界に興味を注げるミカゲのバイタリティに、テツオは素直に感心する。
[気を取り直して、行きますかね]
[はいっ。お願いします]
嬉しそうにしているミカゲの声に、つられてテツオも気分が上向く。
衛生面は目を覆いたくなる惨状だが、良いところも必ずあるはずだ。




