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24.礼拝堂侵入

 それから丸一日、使用人としての業務と調査官としての任務を粛々とこなした。

 サトルと別働隊を動員してグレゴドール城へ出入りする関係者を何人か探るも、特にサリア嬢に危害を加えそうな証拠は出なかった。

 

 テツオたち以外の使用人に目を光らせるのも忘れてはいない。昨日覚えた盗聴スキルを駆使して、使用人同士の会話を何度も盗み聞きするも、サリア嬢に憎しみを抱いているという旨の発言はなかった。

 

[やはり、今日の夜、動きましょう]


 三日目の早朝のことだ。グレゴドール家が一同に礼拝堂に集まる朝。

 そのタイミングで、ミカゲがテツオに脳内通信を送ってきた。


[〈黄金の天秤〉の排除……だよね?]


[そうです。やはりアレをなんとかしておきたいです]


 ミカゲが祈りを捧げながら、チラリと視線だけで高説を垂れるドミニクスの背後を指す。

 礼拝堂の最奥に鎮座した〈黄金の天秤〉が、窓辺から差し込む朝日に眩く照らされていた。


[どっからどう見てもただの飾りだよね? 殺人に関係ないんじゃ?]


[実は、あの天秤から禍々しい雰囲気が伝わってくるんです]


 元勇者としての直感というものだろうか。眼鏡の奥で天秤を見つめるミカゲの眼差しが、鋭く警戒の色を浮かべているのだ。


[勇者として転生していた頃、あれと似た呪具を何度も目にしています]


[へぇ……じゃあ、あの天秤はよろしくない物だと?]


()()()()()()()は、ですが]


 含むように落とし、ミカゲは辟易したように首を振る。


[というのも、あの天秤が、天界からの〈神波〉が妨害している元凶である可能性があるんです]


[あら……]


[天秤さえ排除してしまえば、遠くにいる別働隊とスムーズな脳内通信も可能になるかもしれませんし、いつでも天界に戻ることも可能になります。それに、解析スキルの精度も向上するでしょう]


 そういえば、とテツオは思い出す。ここ数日、脳内通信の音声は乱れ、報告や別働隊との情報交換に難儀させられていた。解析スキルもいつもより扱いづらいものであったらしい。この状態を放置するわけにはいかないと、ミカゲは折に語っていたのだった。

 

[皆が寝静まった頃合い、礼拝堂に忍び込みます。なので、テツオさんのスキルで開錠をお願いしたいと──]


[了解しました]


 ミカゲに鍵穴の内部の構造を解析してもらい、その形に合わせて〈アイテム作成lv1〉で鍵を作ってしまえば開錠は可能だそうだ。


[ただ、排除するのは良いんだけど、天秤が丸ごと無くなったら騒ぎになる。俺のアイテム作成スキルで天秤の贋作を作るから、それを代わりに置いておこう]


[ありがとうございます。助かります]


 テツオとミカゲ、互いに深く頷き合い、打ち合わせは終わった。

 本日深夜、皆が寝静まった頃合、調査官一向が密かに動き出す。

 グレゴドール家の信仰の象徴、その天秤の排除に──


     ◆


 夜の帳が降りきり、時計が二十二時を指し示す。

 テツオがサリア嬢の寝室で就寝の挨拶を済ませた後も、灯された燭台の光はなおも柔らかく、彼女の横顔を照らしていた。


「全知全能たる我が主よ、お導き下さい。誰よりも優れ、誰よりも立法を尊重し、誰よりもあなたへの愛をこの胸に抱きます。どうか、グレゴドールに祝福をお与え下さい」


 聖典に手を置いたサリアの澄んだ声が、静かな寝室に満ちてゆく。

 十七歳の少女の祈りは、心を締め付けるような焦げた響きを滲ませていた。

 その姿に、テツオの胸が大いに軋む。今夜自分がしようとしているのは、彼女たちの信仰を穢す行為に他ならない。


(罪深いよな……どうか、バチを当てるなら俺にしてくれ)


 祈りを背に受けながら、テツオは軽く目を伏せる。

 それでもやらねばならない。ミカゲの推測通り、あの天秤が天界の〈神波〉と混線を起こしているのなら、サリア嬢の惨殺を防ぐ妨げとなっている。


 静かに礼をし、寝室の扉をそっと閉じると、廊下にはすでにミカゲが待機していた。

 その眼鏡の奥で輝く瞳は、闇の中に潜む狼のような鋭い使命感を宿していながら、こちらを安心させるような微笑を浮かべている。


「見回りをしながら、サトル君と合流しましょう」


「了解……」


 二人は夜の屋敷を歩き出す。客間に書斎、寝室も、どこも眠りに沈んでいる。

 何人かすれ違う使用人と会釈を交わし、彼らが自室に向かう足音を盗聴スキルで聞き届ける。

 そうして、皆が寝静まるのを待つこと深夜一時、城の裏口でサトルと合流した。


「お疲れさまです。外は門番と中庭の巡回以外はおらへん。城の中は?」


「全員就寝しています」


 三人は潜めた声を交換し、互いに頷き合う。

 

「行きましょう」


 ミカゲの音頭と共に、調査官一向は足音を忍ばせ、息を殺して礼拝堂へ向かった。


 サトルを先頭に、暗闇の中を練り歩いてしばらく──。

 目的地である礼拝堂の前にたどり着くと、ミカゲが鍵穴に目線を合わせてかがみ込んだ。


「鍵穴の内部構造を解析し、鍵の設計図を作成します。その情報をテツオさんの脳内に送り込みますので、その設計を元に鍵の作成を」


 言うと、ミカゲはこめかみに指を当てながら鍵穴に指を添える。

 

「了解」


 テツオがそう相槌を打った途端、頭の中に突起の多い一本の鍵が鮮明に浮かび出す。 

 複雑なデザインだがなんてことはない。フォークから彼岸花を作るよりは容易い。

 テツオは深く息を吸い込み、懐から食堂から拝借した銀色のスプーンを取り出した。


「アイテム作成」


 唱えた瞬間、テツオの掌がわずかに熱を帯びる。握ったナイフの輪郭が淡い光に包まれ、溶けるように崩れ始めた。

 頭の中に送り込まれた設計図をなぞるように、光の粒が集まり、金属の形が少しずつ変容していく。

 スプーンの先端が縮み、突起と溝を持つ柄へと姿を変える。カツン、カツンと心地よい音を立てて、表面に複雑な刻み目が彫り込まれていく。


「……できた」


 掌の中に収まったのは、鍵穴の構造に寸分違わぬ一本の鍵だった。

 テツオがそれを掲げると、サトルも口元に笑みを浮かべ、ミカゲが静かに頷く。


「ありがとうございます」


 ミカゲは鍵を受け取ると、ゆるりと穴に差し込み、そっと捻る。

 カコっとした乾いた金属音とともに、礼拝堂の扉は重々しく開いた。


「お邪魔しまぁす」


 そろりそろりと侵入した室内は、深い闇に沈んでいた。高窓からの月明かりだけがステンドグラスを透かし、祭壇の大理石にぼんやりと模様を投げかけている。

 正面には、早朝と変わらず〈黄金の天秤〉が鎮座していた。だが、闇に沈んだ今は、その金色が鈍く、どこか怪しさを秘めているように見えてしまう。


「お願いします」


 ミカゲが眼鏡を押し上げると同時に、テツオの頭の中へと再度、解析情報が流し込まれる。材質の構成、寸法、細かな装飾──さきほどよりも詳細な設計図が、まるで思い出すように頭の中に滲んで浮かぶ。


 思ったより簡単な作りだ。天秤のくせに皿の部分も、それを支える腕や支点も水平に固定され、動かないように設計されている。やはり神器と言っても『装飾』という役割に比重が置かれているのか。


「……よし」


 テツオはサトルから鞄を受け取り、銀のスプーン三十本、金の懐中時計三つを取り出して床にズラリと並べる。

 それらに向けて手をかざし、〈アイテム作成〉と唱えた瞬間──光の波が脈打ち、金属の表面が熱を帯びて淡く輝き始めた。


 銀のスプーンが一つ、二つと音もなく崩れ、光の粒子となって舞い上がる。

 まるで炎に投じた雪のように、ひらりと空気に溶けては消え、天秤の設計図に沿って再構築されていく。

 歯車を抱えた懐中時計も、軋むような音を最後に溶解し、金の輝きだけを残す。


「ちょっと時間かかるかも」


「了解です。焦らないで」


「ほなら、自分は扉の前で〈認識阻害〉を使うておきます」


 サトルが扉を開ける音を背後に、テツオの手元に浮遊する光の粒が寄り集まり、やがて台座、支柱、秤皿へと形を変えてゆく。

 重厚な輪郭が完成に近づくごとに、礼拝堂の空気がわずかに震えた気がした。

 見えない誰かに咎められている気がするのは、他者の信仰を穢してしまう罪悪感のせいか。


「ああ……ミカゲさん」


「はい、どうしました?」


 作業中、胸に吹き溜まる後ろ暗さに堪えきれなくなり、なんとなく話しかけてしまった。

 首を傾げるミカゲは、努めて笑みを作ってくれている。

 

「ちょっと雑談して良い? 昔から、ながら作業の方が捗るんだ」


「マルチタスクが得意なんですね。もちろん、どんなことでも聞いてください」


「そうだな……じゃあ、ミカゲさんの生きてた時代って映画館とかあった?」


「ちょ……ありましたよ! 確かにテツオさんより昔に死んだと言いましたけど、そんなに離れてませんよ? 私が死亡したのは1980年代です」


「おお、80年代かぁ。E.T.とか見た?」


「見ました! 家族と映画館でっ。壮大なオーケストラが響くなか、自転車で空を飛ぶあの名シーン、今思い出すだけでも震えますね」


──『E.T.』は1982年に公開されたスピルバーグ監督の名作だ。少年と異星人の友情を描き、最後に空へ駆け上がる自転車のシーンは、映画史に残る名場面として語り継がれている。


「うわぁ……羨ましい……映画館であれ見れたんだ。じゃあ、ニュー・シネマパラダイスは見た?」


「その頃には死んじゃってましたね。だけど天界で見ましたよ。映画館を閉める老人と少年の物語……最後の、検閲されてきたキスシーンを繋いだあのシーンは、今思い出しても泣けます」


──『ニュー・シネマ・パラダイス』は1989年のイタリア映画。田舎町の映画館での、映写技師と少年の絆を描く物語で、数多の映画ファンが「映画を愛する気持ち」を思い出す作品だ。


「わかるわぁ、映画の魅力が全部詰まってるよね。俺も大好きだあのシーン」


 緊張の糸を緩めたついでに、ミカゲの死亡したおおよその年が絞れてしまった。

 『E.T.』が日本で上映されたのは1983年。

 『ニュー・シネマパラダイス』の上映は1989年。


 その六年間の間に、ミカゲは車に撥ねられ、寝たきり(植物人間)となった。

 地震の影響で病院が停電し、生命維持装置が切れてしまったと聞いているが、もし、生きていたら、ニュー・シネマパラダイスを映画館で見れていたのだろう。


「俺は復刻上映のおかげで、映画館で見れたよ。映画で初めて泣いた作品かも」


「いいなぁ、今度一緒にテツオさんの映画館で見ましょうね」


 和やかな歓談のなか、〈黄金の天秤の贋作〉が完成を目前にしていた。

 そこでふと、テツオはニュー・シネマパラダイス劇中の台詞に思いを馳せる。


『自分のすることを愛せ、子供の頃、映写室を愛したように』


 今、自分は、愛すべきことができているのか。グレゴドール家の信仰の象徴を、死者である自分が穢そうとするというのは、自分に誇れることなのだろうか。


「……できた」


 やがて、テツオの逡巡とは裏腹に、鈍い光沢を纏った天秤の贋作が、礼拝堂の床にコトリと着地した。


「お見事です」


 ミカゲが感嘆を抑えた低声で言い、テツオの肩を撫でた。


「安心してください。あちらの本物は一時的に遠くへ離すだけです。破壊したりしません」


 テツオの心中を察していたのか、ミカゲがそんなことを言う。

 やはり聡い女性だ。テツオの表情を読み取って、気乗りしていないことを察してくれていたのだ。


「どこに運ぶの? グレゴドール城の外? 今から馬車に?」


 問うと、ミカゲはわずかに間を置き、真剣な眼差しで答える。


「テツオさんは軽く城内の見回りを。礼拝堂に近づく人間がいたら時間稼ぎをお願いします」


「うん? ここから出て、本物の天秤を外に運ぶんだよね?」


 即座に移動するなら城内を見回る必要はないはず。そんな疑問を掲げると、


「私はしばらくここに止まって、いくつかスキル施さないといけません。ああいう呪物に近い物を動かすとき、特定の手順が必要になるんです。ですから──」


 お願いします。と、ミカゲは小さく手を合わせて上目遣い。

 その瞳に、ドキリとテツオは胸を弾ませる。


(あらやだぁ、超可愛い……)


 惚けて頷くも、テツオの腹底に違和感が燻る。

 何か、テツオに見られたくないことをする気なのだろうか。それとも単純にテツオがここに留まる必要がなく、念を入れて城内を見回ってほしいだけか。

 

「わかりました……じゃあ、とりあえず見回りに行ってきます」


「すみません、お願いします」


 互いに頷き合い、テツオは礼拝堂の扉まで歩き出す。

 最後にわずかに振り返ってミカゲの背中を視界入れると──


「…………ふぅ」


 焦燥を払うような息を吐いて、ミカゲが眼鏡に手を添えていた。

 やはり、テツオに説明したこと以上の行動を起こすつもりなのか。


「テツ兄、終わったん?」


 礼拝堂から退出すると、扉前で待機しているサトルが一声かけてきた。


「ああ、俺はこれから城内の見回りみたい」


「了解。僕はここで〈認識阻害〉かけておくわ。なんやここに手を添えてないとスキルが勝手に解除されてしまうんやわ」


 言う通り、サトルは淡く光った片手を扉に添え、スキルを発動し続けているようだ。


「やっぱりミカゲ先輩の睨み通りや。本来、認識阻害系統のスキルは、発動したらそのまま放置できるんやけどなぁ。あの天秤が勝手にスキルを解除してまうみたい」


 その解説にテツオはなんとか「そうか」と納得して、サトルの肩をポンっと叩く。

 ここで立ち話をしていても邪魔になる。ほどほどにして城内の見回りへ向かうことに。


「気をつけて」


「テツ兄も」


 短く交換して、テツオは壁に手を添えて暗い廊下を歩き出す。

 

(とりあえず、トイレ行きたい)


 わずかに緊張が解けたせいか、尿意が駆け足で迫ってきた。

 ゴール目前の競走馬のごとく、テツオの膀胱に鞭が打たれている。


 いそいそと廊下を渡り、城内を競歩で駈ける。

 そのときだ──。


「──ッ!」


「あら──?」


 廊下の角、ばったりと遭遇してしまった。

 サリア嬢の母親にして、美しき人妻──ラヴィア・グレゴドールに。


「どうしたの? テッツォ」


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