21.カウンター
昼食後、サリア嬢は食後の運動がてら庭園散策へ。
噴水の銅像に軽い祈りを捧げ、庭を彩る薔薇の花を優雅に撫でる。
風に揺れる黒髪を押さえるその光景は、とても絵になるものだった。
映像でも絵画でも、残しておけば多くの人の心を掴むだろう。
「本当に、綺麗な子ですね」
「ほんとにね。毒舌さえ撒かなきゃ、スーパースターになれそう」
サリア嬢から十歩の距離を空けて、ミカゲはうっとり、テツオは惜しむように言う。
この世界にはまだ映像や写真という技術はないらしいが、生きた証は残して上げたくなる。
彼女は最悪、惨殺されてしまう。研究部の見解によると、惨殺でなくとも何かしらの形で死亡してしまう未来は確定しているそう。
その死体に転生者が予約を入れているというのだから、やはり転生所の在り方は、歪な構造に感じてしまう。
[テツ──ミ─ゲ先輩──聞こえま─か?]
サリア嬢の背中を眺めていると、二人の頭の中にサトルから脳内通信が送られる。
距離が離れているせいか、音が途切れ途切れだ。
[途切れてるけど、なんとか聞こえてるよ]
[聞こえています。そのまま喋ってみてください]
[モリス──屋敷に──着しました。これから調査を──ドール城に帰還します]
恐らく、経過報告だ。家庭教師モリスの屋敷に到着した旨を伝えたいのだろう。
この世界では天界から送られている『神波』と言うエネルギーが妨害されているためか、通信者同士の距離を空けると、そのノイズが顕著になってゆく。重要な情報の交換は不可能に近い。
[了解です。何かしら、怪しい代物があれば随時報告をお願いします]
通信を終えて、ミカゲはふうっとため息を吐く。
「ここで何か出てくれば楽なのですが」
「そうだね。出たら良いけど……。っていうかサトル君はどうやって屋敷に潜入してるの?」
「〈認識阻害〉というスキルをサトル君は使えますから、都度、自分の肉体にスキルを行使すれば、見つかりそうになってもモリスさんはサトル君を認識できません」
「へえ、拠点にかかってたっていうスキルか。じゃあ心配ないね」
「はい。サトル君は第四等級天使になるまで調査官でしたから、こういう任務はお手のものです。彼は潜入に特化したスキルを充実させているんです」
聞いてはいたが、かなりのプロフェッショナルなようだ。準五等級天使のテツオとは階級が六段も格上だ。心配する事自体おこがましいことだったか。
「テッツォ、こちらに来なさい」
ふと、とある花壇の一画で立ち止まったサリア嬢から太々しく呼びつけられる。
そそくさとそこまで小走りに近づくと、足元に焦茶色の植木鉢が並んでいた。
「これ全部、植え替えなさい」
「え、全部ですか?」
「サトゥルに言っておいたの。器をすべて白い物に変えろと。それを忘れて、買い物に行ってしまったようね」
昼食のときの仕返しだ。やたらと数が多く、昼休憩を費やさないと終わりそうにない。
「身内の失態は、あなたが洗い流しなさいな」
「では、私も」
ミカゲも率先して前へ出ると、サリア嬢の腕がその歩みを遮る。
「あなたは良いの。テッツォだけにやらせなさい」
「し、しかし──」
「チョコレートと紅茶を用意してちょうだい。私は部屋に戻って本を読むわ。あなたも一緒に休憩しましょう」
冷ややかな流し目をテツオに送り、サリア嬢は強引にミカゲの背を押して城に中へと戻ってゆく。
「おおっ……やってきたなぁ…… 毒舌が通じないと見て、『分断』か」
味方との分断は悪役の常套手段だ。一方を過度に優遇し懐柔する。もう一方は理不尽に虐げて不公平感を演出。味方同士の心の距離を離す目論みだ。
それは実際にこの世界で生きる人間になら有効であるが、テツオもミカゲも異世界転生所からやってきた死者だ。分断を図られても互いに嫉妬を覚えたりはしない。
「で、多分その次は『告げ口』かな」
テツオは植木鉢を運びながら思考を回す。
恐らく、次に仕掛けてくる一手は、〝悪評の流布〟だろう。
『テッツォがあなたの悪口を言っていた』とミカゲに耳打ちをし、身内からも孤立するように仕向ける。
「そんなもので済むなら可愛いものだけど」
何かしらの冤罪を被せられ、グレゴドール城から追い出されてしまう事態も考えられる。
そうなると、ミカゲとサトルを残して天界へ戻ることになる。それはあまりにも気が重い。
「立ち回りを考えるか……」
先に毒の芽は潰しておかなければならない。また演技力が必要になりそうだ。
◇
「はぁあああ?!」
一時間後、サリア嬢の自室にて──
ソファで寛いでいた彼女は、美しい相貌を盛大に歪める羽目となっていた。
「いやぁ、大変でしたぁー。あ、お花の植え替え終わりましたよ。見に行きます?」
「見に行きます? じゃないわよ! そんな姿で私の部屋に入ってくるなんて!」
サリア嬢が厳しく指差した先、土を頭から被ったテツオの姿があった。
白いシャツは黒く汚れ、スラックスからはポトリと湿った土が落ちる。
あまりの凄惨な有様に、ミカゲでさえ唖然としていた。
「何を考えているの!」
「いやぁ、さっき転んじゃいまして……でもお花の植え替えは完了しておりますよ?」
「……あなたは……」
テツオのポンコツぶりに目眩を覚えたのか、サリア嬢は額を抑えて沈痛な面持ち。
「洗い流してきなさい。今すぐに!」
「え、でも今から手紙の代筆もありますし、お嬢様が退屈したら雑談相手になるようにと言い付けられているのですが?」
「良いからッ、お風呂にッ、入りなさい!」
三拍子の怒号を浴びせられて、テツオは申し訳ない顔を取り繕いながら部屋を退出した。
扉越しにも、呆れたとばかりの悪態が聞こえてくる。
「あなたの兄は何を考えているの!?」
「申し訳ございません……兄は仕事に一生懸命で、周りが見えないことがあるので」
テツオがやろうとしていることを察して、ミカゲがそんなフォローを入れてくれている。
「初日でこれ? 先が思いやられるわ……」
ミカゲに一通り愚痴を溢した後、サリア嬢のそんな一言が漏れる。
〝先〟を考えてくれているということは、やはりテツオの読み通りだ。
その後も、汚れを洗い流したテツオは、手紙の代筆に取りかかっていたのだが。
「お嬢様、少々お聞きしたいことが」
テツオが部屋へ入室すると、サリア嬢は渋々といった具合に本から目を剥がす。
「……なに?」
「ご学友であるマリア・ブロンドール様からのお手紙を読ませて頂いたのですが、この、『マーシャロが香り立つ季節となりました』っと書いてあるのですが、マーシャロとは? ギターのアンプのことです? 匂いに飛んじゃって大変な? 椎名林檎です?」
「アンプ? 何を言ってるのあなたは? マーシャロをリンゴの木だと思ってるの?」
流石に強制解釈スキルでも翻訳しきれなかったのか、サリア嬢が首を傾げて困惑した後、呆れたように深い溜息を吐いた。
「あのねぇ……マーシャロというのはね、百合の花の一種よ。王室で愛用される香水にも使われる品種だから、覚えておきなさい」
「そうなんですか。どんなお花なのでしょうか?」
「後で書物庫で調べなさい。環境によって雄しべを生やす個体と雌しべを生やす個体で分かれるの。主に雌しべを生やした個体が香水の原料になるわ」
「おお、面白いですね。勉強になりました。サリア様は博識でございますね」
大いに褒めそやすと、サリアは「当たり前でしょ」とそっけなく目を細めた。
「グレゴドールの使用人だったら、恥をかく前に知識を詰め込んでおきなさい」
「わかりました。程なく学びたいと思います。……あ、それと、ハリス様という方への返信なのですが、何色の封蝋を使えば良いですか? 赤でしょうか?」
「やめてちょうだいッ、赤色は重要書類に使う色よ。殿方に送るのは緑が無難なの。緑を使いなさい!」
「え、でも……手紙を読むかぎり、ハリス様はお嬢様に甘い言葉を囁かれておりますし、その恋文に対しての返信となると、超重要書類では?」
「違うわッ、あのバカ息子と恋仲になるつもりはないから! 赤色を使えば恋文に対して良い返事であると示唆することになるの! 良いから、緑にしてちょうだい!」
怒鳴るように言いながら、手を払って退出をうながすサリア嬢。
弾かれるように部屋を後にして、テツオは扉に耳を添える。
『まったく……世話が焼ける……』
サリア嬢の声音は呆れそのもの。しかし、嫌悪が滲む響きではない。
母親が息子の部屋を片付けるような、そんな質感だ。
「やっぱり──」
テツオの考察通り、実は世話好きな一面を持っている。サリア嬢に振り回される前に、こちらから振り回してしまえば良いと思い切ったことをして見たが──思惑通り、その顔をチラリと見せてくれた。
悪態を撒く習性ではあるが、サリア嬢は自分を必要とする人間を見放す女性ではない。昼食のときに『旅に行きたい』と言ったテツオに、彼女は忠告を送ってくれている。揶揄うように言ってはいたが、危険な目に遭う前にやめておけというメッセージにも取れた。
民を導く貴族のプライドがそうさせたのか、それとも本来の彼女の性質か。
いずれにしろ、このポンコツな立ち回りをしている限りは、グレゴドール城での活動を許されるだろう。




