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18.サリア・グレゴドール

「いよいよグレゴドール城やでー」


 ゴトンっと石畳を踏んで馬車が揺れた頃、サトルが御者台から前方を指し示す。

 賑やかな城下町を抜けた先、赤と黒の紋章旗が高くはためいていた。石壁に囲まれた城館が陽光を受けて重々しくそびえ立ち、城門には厳しい相貌の衛兵が二人待ち構えている。


「サトゥル・サクノルノ、ただいま戻りました」


「ご苦労」


 サトルがこの世界の偽名と共に衛兵と挨拶を交わす。

 すると、衛兵の一人が馬車の窓を覗き見てテツオとミカゲに睨みを効かせる。

 

「名は?」


「テッツォ・サクノルノです」

「ミカ・サクノルノと申します」


 テツオとミカゲも偽名を口にして、恭しく馬車の中で一礼する。

 三人は兄弟ということになっている。先に庭師として働いていたサトゥルの親族コネクションによって、テッツォとミカはグレゴドール家へ面接を受けに来た──そう言う設定となっている。


「ふむ、間違いなく。通って良い」


 名簿を用意されていたのか、衛兵は一枚の紙に目を通し、すんなり城門を開け放つ。

 馬車はその巨大な門を潜り、冷ややかな影に包まれながら屋敷の奥へと進んでゆく。


「随分と信用されてるね。名簿と口頭が一致してるだけで通してくれるの?」


「モンカーはそういう人種らしいんやわ。歴史上、戦争行為に手を染めていない人種やから、貴族の懐に入れるんよ。しかも礼儀正しさに定評がある」


「なるほど。日本人のパスポートみたいなものね」


「それより、準備はええですか? 兄様、姉様」


 リマインドとばかりに、サトルが朗らかに笑んでそう言う。

 長男がテツオ、長女にミカゲ、次男がサトルという序列になっている。顔の老け具合で設定を決めたらしいが、兄弟と呼ぶにはあまりにも顔が似ていない。

 はたして、無事に面接をクリアできるかどうか──。



     ◆

   


「ふむ、そなたらがサトゥルの──」


 グレゴドール城、その執務室にて。

 入室したテツオとミカゲが浴びたのは、どこか重々しく冷ややかな声だった。


〈ドミニクス・グレゴドール(齢四七歳)〉

 サリア嬢の父親にして公爵家であるグレゴドールの家長だ。金の髪をオールバックにまとめ、豪奢なジャケットから淡いテカリが放っている。


「恐れ多くも、公爵様にお目通り叶い、光栄に存じます。サトゥルの姉、ミカ・サクノルノと申します。それと──」


「長男テッツォ・サクノルノでございます」


「ふむ……」


 整えられた眉毛は訝しげに歪めて、膝を折って礼をしたミカゲとテツオを下から上へと値踏みする。

 その様子は、厳格な貴族の顔立ちでありながら、どこか嫌味ったらしさを覚える。映画から抜け出てきたような『ザ・悪役の父親』らしい風体に、むしろテツオは感心してしまう。


「女は問題ない。上品な顔立ちである。しかし、男の方は冴えぬな。我家の執事に相応しいかどうか……」


 洋服を吟味するような趣きで、ドミニクスはテツオに苦い視線を向ける。

 やめてほしい。堀の深いダンディーな顔でこちらの容姿を指摘してくるのは。待たせてしまった腹いせか?


「あら、良いじゃない」


 執務室のソファからパチンと、扇子を閉じる音が響いた。

 

「私は嫌いじゃないわ」


 そう微笑むのは〈ラヴィア・グレゴドール(齢三五歳)〉──サリア嬢の母親だ。

 蠱惑的な笑みに、サリア嬢とよく似た吊り上がった目元。紫色のアイシャドウが怪しい輝きを放っている。


「血筋も問題ない。サクノルノは聖典に名を連ねているじゃない?」


 言いながら、大体に胸元を開けたドレスを摘んで優雅に立ち上がり、旦那であるドミニクスの肩を扇状的に撫で付ける。

 こちらも映画から抜け出てきたような『ザ・お色気夫人』だ。テツオの視線も、ラヴィアの豊満な谷間にまんまと吸い寄せられてしまう。


「ね? サトゥルもよく働いてくれています。その兄弟というのだから、顔立ちなんて些細なことでしょう?」


「ラヴィアがそう言うのであれば……」


 妻の色香に折れたのか、そもそも拒絶する気もないのに嫌味を落としていたのか、ドミニクスはあっさり首肯する。

 面接というから、もっと根掘り葉掘り面倒なことを聞かれると思ったのだが、やはり事前に聞いた通り、血筋が幅を効かせる社会であるらしい。

 

「閣下、グレゴドール家は神の祝福を賜りし血族であると存じております」


 ミカゲが援護射撃とばかりに厳かに進言する。


「ゆえに、間違った者を創造神メノイラが遣わせるはずがありません。我らの今後の働きにより、それを証明したいと思います」


 上手い。異世界に七回も転生してる経験値は伊達じゃない。相手を持ち上げながら誠意を見せ、遠回しに「お試し期間」を提案しているのだ。


「ふん、言われるまでもない。我らが優秀なる血族は、栄光と繁栄を神に約束されておる。良いだろう。せいぜい励むと良い」


 ドミニクスは鼻息を鳴らして、満足げに顎を撫で付けた。

 その旦那の反応に首肯し、ラヴィア夫人が扇子を手に打って微笑む。


「予定通り、二人はサリアについてもらいましょう。あの子も成人を迎えました。使用人の躾を覚える頃でしょう」


 すると、ドミニクスは気を良くしているのか、すんなり「そうだな」と相槌を打つ。 


「サリアはグレゴドールの誇りである。くれぐれも丁重に」


 そう言い含めて、ドミニクスは手を払うようにしてテツオとミカゲに退出を促した。


「「失礼いたしました」」


 二人は声を揃えて一礼し、そそくさと執務室の扉を潜る。

 その直前だ──。


「…………?」


 テツオが扉を閉める直前、ラヴィア夫人からウィンクを送られる。

 

(どういうこと? 何のメッセージだ?)


 わからない、異世界のそのボディランゲージの意味するところが。

 親しげに「よろしく」と言いたいのだろうか。それとも──。

 

「あちらのようです」


 首を傾げていると、ミカゲが廊下の角を指し示す。

 赤い絨毯が伸びるその先、テツオと同じ燕尾服を着た老年の男が手招きしている。


「筆頭使用人のダニエルさんですね」


 どうやらサリア嬢の部屋まで案内してくれるらしい。


    ◇


 赤い絨毯の上を、二人の足音が控えめに響く。

 案内する老執事ダニエルの背中は小柄ながらも矍鑠かくしゃくとしていて、その歩みには一切の迷いがない。


「こちらでございます」


 廊下の奥、重厚な両開きの扉の前に立ち止まり、ダニエルがノックを三度打つ。

 すると、中から真冬の流水のように冷たくも澄み切った声が響いた。


「入りなさい」


 その一言だけで、空気がぴんと張り詰める。

 扉がゆるりと開き、窓から差す光が絹のカーテンを透かして揺れる。

 その中心、背筋を反らせるように椅子へ腰かけていた少女が、ちらりと視線を向ける。


「……随分と遅かったわね」


 艶やかな黒髪を波打たせ、吊り上がった瞳に冷たい光を宿す美貌。

 光を弾く唇をわずかに歪め、彼女は言った。


「この私を待たせるなんて、使用人のすること?」


〈サリア・グレゴドール(十七歳)〉

 高貴にして傲慢、まさに悪役令嬢(卵)と称されるに相応しい女性がそこにいた。


 立体映像で見たままの姿にも関わらず、動く姿を実際に見ると迫力が違う。こちらが勝手に悪役令嬢というタグ付けをしているせいだろうか。目を引く美人ではあるのに、捻じ曲がった性格が透けて見えるような気がしてしまう。


「申し訳ありません、お嬢様。馬の機嫌が悪かったようで、宥めるのに時間がかかったようです」


 ダニエルが事前にサトルに聞き取りをしていたのだろう。難癖を付けられた時の方便を。


「馬の扱いもまともに出来ないの? 先が思いやられるわね。お父様に言ってサトゥルをクビにしてもらおうかしら」


 そのサリアが顎をしゃくって吐いた発言に、テツオは一種の興奮を覚えた。


[凄いッ、こんな典型的なの!? カッコいい!]


[て、テツオさんは?]


 テツオは思わず、脳内通信で感嘆を叫んでしまう。

 正直、テンプレの型にハマるような悪役は好きだ。ずっと見てられる。

 ドミニクスも良い仕上がりだったが、サリア嬢はもっと映像に映えそうだ。


[お父さんに言いつけようとするところがポイント高いですね。ドラえもんにおけるスネオの系譜を感じます。素晴らしい、楽しめそうだ!]


[怪しまれないように、ほどほどにして下さいね……]


 そんな脳内通信を交換していると、ダニエルが手を掲げて二人の紹介にかかった。


「テッツォ・サクノルノと、ミカゲ・サクノルノでございます。二人をお嬢様の専属とさせて頂くことに──」


 ダニエルの言葉の途中、サリア嬢はすくりと立ち上がり、颯爽とテツオの前へ歩み寄る。


「ふーん……冴えない顔ね。使える者には見えない。モンカーにしても、もっとマシなのはいなかったの? こんなのを私の背後に付き纏わせるつもり?」


 テツオの顔を眺めながら盛大な溜息を吐く。プレゼントに薄汚れたぬいぐるみを貰ったようなガッカリ感だ。

 やはり良い。一言も二言も重ねてこちらに苛立ちを覚えさせる様は、テツオ好みの悪役だ。

 

「何か言ったらどうなの?」


 ふんっと鼻息を鳴らして、サリア嬢は沈黙するテツオに催促する。


「お嬢様、これからよろしくお願いいたします。私の容姿には至らぬ点がございますが、誠心誠意、お嬢様のお気に召すように勤めさせて頂きますので──」


「当たり前なことを言わないでちょうだい。つまらない男ね」


 打ち返された言葉に、テツオは感嘆の息を吐く。

 徹底してて良い。もう女子供であることは関係なく殴りたい。悪役はこうではなくては。


「ミカと言ったわね?」


「はい、お嬢様」


 テツオの吟味を終えると、今度はミカゲに標的が移った。

 ミカゲは優雅な所作で一礼して、サリア嬢と正対する。

 すると今度はテツオとは違い、毅然と立つミカゲの顎に手を伸ばすのだ。


「こちらは悪くないわね。随分と整っている」


 言いながら、人形を品定めするようにミカゲの顔を右に左に傾けている。

 審美眼はあるようだ。実際にミカゲの相貌は女優のごとく舞台映えする顔立ちだ。


「そうね……」


 だがしかし、ここは流石の悪役令嬢。

 ミカゲの相貌を一通り眺めると、その頬を鷲掴みにして──


「目に宝石でも嵌めて飾っておこうかしら。ねえ? 光栄でしょう?」


 にやりと、サリア嬢はどこまでも嗜虐的な笑みをミカゲに注ぐ。

 やはり、悪役の看板に恥じない性質を持っているようだ。嫉妬か、羨望の裏返しか、男性のテツオより、女性のミカゲに対して獰猛な気配を剥き出しにしている。


「お嬢様、お戯れを」


 対して、ミカゲは臆する事なく、平坦な響きでサリア嬢をたしなめた。

 その瞬間だった。ピキリと、音が聞こえるような緊張がサリア嬢の相貌に浮かぶ。


「──ッ!」


 ミカゲの顎から手を離し、慌てて一歩後ろへ後退。

 何が起こったのか、テツオも反射的にミカゲに視線をやるが、


「どうされました? お嬢様」


 特に変わりない。いつものミカゲだ。

 しかしサリア嬢は違う。まるで熊か幽霊でも見たような戦慄を瞳に浮かべていた。


「あなた……いや……」


 ミカゲの瞳の奥に何を見たのか、悪態を撒いていた令嬢はどこへやら。

 何か逡巡するように口元に手を添え始めた。


「まあ……いいわ……退出なさい。私は静かに読書がしたいの」


 言って、サリア嬢は努めて平静を装い、迷惑そうに手を払う。

 テツオは若干の物足りなさを感じつつも、ダニエルの後ろに付いて部屋を後にした。


「大丈夫なようですね」


 廊下に出ると、ダニエルが胸を撫で下ろしながら言う。

 普段から気苦労が多いのか、目尻に刻まれた濃厚な皺が心労を伺わせる。


「お二人の部屋にご案内しましょう」


 ダニエルは柔和に言って、そそくさと廊下を歩き始める。

 その背中を追いながら、テツオは脳内通信でミカゲに語りかける。


[さっきのなんです? ミカゲさん、なんかした?]


[やってしまいました……勇者のときの癖で……殺気を滲ませてしまったかも]


 心底と申し訳なさそうな声が、テツオの頭に中に響く。

 

[サリア嬢は思った以上に鋭い子です。私の中に蓄積された闘争の経験値を垣間見たのでしょう]


 そういえば、ミカゲは七回の異世界転生の内、三回ほど勇者という人生を経て、多くの闘争に身を投じて来たと聞いている。

 サリア嬢の獰猛な気質に当てられて、つい反射的に闘争心で打ち返してしまったのだろう。


[失態です。私はひどく警戒される存在になってしまいました]


[良いんじゃない? イジワルされなくて済むでしょ?]


 テツオが呑気にそうに言うと、ミカゲが眉根を揉んで呟く。


[私を標的にしない代わりに、テツオさんに嫌がらせが集中するかもしれません]


 言われて、まあ確かにそうなるだろうとは思う。

 しかし、その方がむしろテツオは救われる。ミカゲが虐待を受ける様子を目の前で眺めているよりは、自分に被害が集中する方が心穏やかだろう。


[標的が俺に絞られている方が、ミカゲさんは行動しやすいでしょ? 俺がサリア嬢を食い止めてる間に、別で情報を拾えるよね?]


[確かにそうですが……貴族の嫌がらせというのは、とても陰湿なものですから……]


[気にしないで良いよ。俺はサリア嬢と仲を深めて色々探ってみる。見下してる相手だからこそ、なにか情報を引き出せるかも]


 そんな言葉を尽くすも、ミカゲは花が萎れるように肩を落とす。

 

[わかりました……本当にすみません……]


 かなり負い目を感じさせてしまっている。この先、テツオがサリア嬢に苛烈な仕打ちを受ければ受けるほどに、ミカゲに精神的な負担を負わせることになるだろう。


 サリア嬢の出方を伺い、何か手を打つ必要がありそうだ。

 テツオの思考が鋭く回り、答えを追い求める。

 悪役令嬢と滑らかに共存する方法を──。


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