17.スキルポイント
カラカラと回る車輪が浅い轍を道に引き、のどかな田園から流れる微風に目を細める。
稲穂が風に揺れる様を見て、テツオは眠気にも似た心地良さを覚えていた。
「良いなぁ、心洗われますね」
一向は調査官拠点である修道院を後にし、グレゴドール家の馬車に乗り込んでいた。
サトルは既にグレゴドールの屋敷で就労しており、馬車の御者と庭師として潜入しているらしい。
「電信柱がないだけで広く感じますねぇ」
「それで、どうします? どんなスキルを取ります?」
「楽しみやなぁ、テツ兄がどんなん選ぶんか」
ミカゲは対面の座席から、サトルは御者台から嬉々とした声をテツオに注ぐ。
視界に広がる風景に舌鼓を打つテツオの感想はあっけなくスルーされた。二人は見慣れているのだろうが、海外旅行もろくにしたことがないテツオにとっては、もっと受け止めて欲しい面持ちであった。
「いや、何取るって……」
これが困りもので、テツオは途方に暮れていた。こめかみに指を当てて「スキル」と唱えれば、取得できるスキルの文字列が視界に滲んで浮かぶのだが──。
「目がおかしくなる……」
情報が散らかりすぎている。乱雑な文字列が重なり合い、蜘蛛の巣状に視界を埋め尽くす有様。その文字がすべて輝く白文字であるためか、目がチカチカしてしょうがない。
これがゲームのステータス画面であるなら、どんなに内容が面白くても返金騒動になりそうだ。
「オーク集落の時に作った報告書って、もっと見やすい画面だったよね? なんでここだとこんなに散らかってるの?」
「そんなにひどいですか?」
テツオのクレームを受けて、ミカゲもこめかみに指を当てて「スキル」と唱えると、
「ああ、ひどいですねこれは。この世界は天界からの〈神波〉が届きにくいのでしょう」
「神波? 電波みたいなものがあるの?」
「はい。天界から送られる神様エネルギーである〈神波〉を使って、我々はスキルを行使することができます」
「そうだったんだ。インターネットみたいだね」
「その認識で合ってます。しかし、強い信仰を集めた異国の神様がいらっしゃると、天界にいらっしゃる日本の神様の力が届きにくくなっちゃうんです。もしくは、呪物などによる妨害の可能性も」
「Wi-FiやBluetoothみたいなものか。同じ周波数帯を複数の機器が使うと、チャンネル干渉で通信が遅くなったり不安定になるとかそういう感じ?」
「まさにその通り。神様の力というのは電波のように混線するみたいで」
なるほど、だからデザインが乱れるのか。
理屈は咀嚼できたが、やはりこのままでは困ってしまう。
「なんとかなったりする?」
「やってみましょう。私の方で見やすいデザインに書き換えます」
ミカゲが快く了承し、指をこめかみに運んで瞼を閉じる。
「すみません、お手数おかけします」
「いえいえ、記録官の腕の見せ所です。ちなみに、テツオさんに割り振られたのは……なんとなんとっ、〝三千ポイント〟もあります!」
ミカゲのその言葉に、先に反応したのは馬車の手綱を握っているサトルだった。
「えッやば! テツ兄、めちゃ期待されてるやん!」
「多いの方なの?」
「そりゃもう。僕が調査官だった頃は千二百ポイントしかもらえへんかった」
「へえ、調査官だったんだ。記録官に転職したのは?」
聞くと、サトルの反応がぱたりと停止した。
まずい、何か心の傷を抉るような問いだったか。サトルは御者代に座っているため、表情は窺うことできない。ただ、まっすぐ前方を見つめるのみだった。
「それは……」
少し間を置くと、ポツリ溢すように話し始めた。
「元々、僕が調査官で、彼女が記録官やってん」
「彼女? 天界で付き合ってた女性がいるってこと?」
「せや。一緒にバイク事故で死んでもうたから、そのままペア組んで仕事しててん。そしたら……僕が現場で泥被ってる間に、彼女は記録官の仕事サボって……別の男と浮気してん」
努めて淡々と語るサトルの声が、雨が降るようにどんよりと曇ってゆく。
死後の世界でも恋愛模様はあるようだ。恋愛があるということは必然的に浮気もセットで存在する。どうやら、サトルの地雷を盛大に踏み抜いてしまったようだ。
だがしかし──テツオは寄り添ってやれる経験値を積んでいた。
「サトル君、俺も大学時代に彼女に手酷い浮気されて別れたことあるんだ」
お揃いだね。と自重気味に笑って添えると、サトルの潤んだ瞳がテツオに向けられる。
「テツ兄……つらいよな……」
「つらい。わかるよ。裏切られた過去は、どんなに時が経とうと頭の中に過ってくる。楽しく映画見てようがゲームしてようが、ふと思い出して泣けてくるんだ」
そう理解を示すと、サトルの強張った肩が下がり安堵したような顔をする。
「この仕事が終わったら、一緒に飲んでくれる?」
「もちろん。楽しみが増えたね」
ちなみに、天界で浮気などの不貞を働くと〈色獄〉と呼ばれる地獄へ直行し、魂が消滅するまで痛ぶられることになるそう。幸か不幸か、どれほど望んだとしてもサトルが元彼女と、その浮気男と会うことは二度とないそうだ。
「はい、準備できましたよー」
ミカゲが柏手を打って場を区切った。
男二匹、悲壮に暮れるのはここまでのようだ。
「テツオさんが所持している三千ポイント、その範囲で収まるスキルだけまとめてリストアップしました」
「ありがとうございます。助かります」
テツオは改めて指をこめかみに運ぶ。
すると先ほどの乱雑なものとは違う、整理された文字情報が視界に浮かび上がった。
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〈薄明眼Lv1〉使用ポイント:800
暗がりでの視認性が向上する。完全な暗視ではないが、夜間の索敵を補助。
近くにわずかな光でも灯っていると、スキルの効力は無効となる。
〈静音歩行Lv1〉使用ポイント:800
足音を抑えて歩ける。完全な無音移動ではないが、潜入時の補助に有効。
〈盗聴Lv1〉使用ポイント:1000
半径五〇メートル以内の音声を、遮蔽物の有無を問わず聞き取れる。
聴力そのものを向上させるため、大きな音を立てられると鼓膜が潰れる可能性有り。
〈解錠Lv1〉使用ポイント:2000
どんな複雑な構造の施錠でも即座に解錠可能。
ただし、魔法や呪術などで施錠された仕掛けは魔力が必要。
〈アイテム作成Lv1〉使用ポイント:1000
現地で入手可能な素材を用い、アイテムの作成が可能。
素材さえあれば、破損した物体の修復も可能。
〈一時蘇生〉使用ポイント:3000
何かしらの理由で死亡後、天界に帰還する直前に三分間だけ行動可能。
ただし、誰かに殺されたからといって、復讐のために使うのは御法度。
〈短期記録〉使用ポイント:1000
十秒間の短い映像を脳内に保存し、映写機のように投影することができる。
長時間記録は不可。このスキルを取得することで〈長期記録〉が解放される。
〈状況再現Lv1〉使用ポイント:3000
現場に残された痕跡や感情を読み取り、過去の出来事を幻影として再現する。
ただし、時間経過とともに再現度は劣化してゆく。
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「うっわ、どれにしよう……めちゃくちゃ迷う」
しっかり読めたら読めたで、テツオの目が盛大に泳ぐ。
地味ではあるが、魅力的なラインナップだ。
「この〈短期記録〉良いなぁ。アマチュア映画監督として惹かれてしまう」
「やはり気になりましたか? ですが、慎重にお選びください。スキルポイントは都度発行されるものではありませんから」
「あらぁ……じゃあどんな条件で貰えるの?」
「研究部と管理部の独自の評価システムによる采配でして──」
「独自の評価? 仕事の成果次第じゃないってこと?」
「成果も反映されているらしいのですが、主な理由は〝投資〟であると推測します。テツオさんにどれだけポイントを与えたいか、そんな判断が下されていると考えられます」
「推測か……ミカゲさんにも基準は知らされてないんだ?」
「そうなんです。というのも、評価の基準がわかってしまうと、ゴマ擦りが可能になってしまうでしょう?」
ああ、とテツオは納得して顎に手を添える。
「確かに……人当たりが良い天使がスキル取り放題になっちゃうよね」
「公平性を保つための、良い仕組みだと思います」
テツオにとっては都合の良いシステムだ。生前、勤めていた会社で、仕事をサボるのが上手い同僚が、上司を持ち上げてトントン拍子に出世してゆくのを横目で見届けている。
死後の世界ではそんな世渡りは通用をしない。世辞が苦手なテツオからしたら願ったり叶ったりな仕組みだ。
「さてと……」
しばらく、穴が開きそうなほどにスキル欄を見比べて、テツオは肩を回す。
今まで遊んできたゲームでもそうだったが、最初の方に取ったスキルは後々に腐りやすい。慎重に選ばなければ、貴重なスキルポイントが無駄になってしまうだろう。
「ちなみに、ミカゲさんのオススメとかある?」
白文字の隙間からミカゲを伺うと、彼女は無念とばかりに首を横に振る。
「スキルの取得において、他者の口出しは禁止されています」
「え……そうなの? 所持スキルって機密情報だったり?」
「いえ、所持しているスキルは公開して大丈夫なのですが、スキルを取る前に私が何かしらの誘導をするのは規定に反します。例えば、記録官が調査官の弱みを握り、自分の都合の良いようにスキルを取らせることがあり得てしまいます。逆もまた然りです」
なるほど、とテツオは眉根を掻いて首肯した。
過去にそんなことがあって問題になったのだろう。言葉で誘導し、自分のパートナーを都合の良いように作り上げてしまうような事例が。
「不健全な関係にならないためなんですね」
「その通りです。申し訳ありませんが、オススメのピックアップは出来ません。ただ──」
ささやかなアドバイスは可能です。と、ミカゲが指を立てて補足する。
「今、スキルを取得しなくとも、ポイントを次回に持ち越し、もっと強力なスキルを獲得する選択肢もあります」
「ほう、例えばどんなスキルがあるの?」
「一万ポイントほど使用しますが、〈望遠透視〉という、どんなに遠い距離にあるものも見通せる凄まじいスキルが存在します」
なんと便利なことか。そんなスキルを手に入れられたのなら、そもそも今回のように使用人として現場に潜入しなくて済むのではないか。
「ただ、持続時間は三〇秒です」
「なんだ、結構短いね……」
そう都合よくはいかないか。大枚叩く割には満足感が薄い気がする。
テツオが残念そうな顔をすると、御者台のサトルから笑いが溢れる。
「女風呂とか覗いたらあかんでー」
「し、しないよ?……」
一瞬だけ頭に過ったのは否定できないが、ミカゲに嫌われたくない心情が勝つ。
それに仮に覗けたとしても、モザイクをかけられてお終いだろう。
「ちなみに、強力なスキルほど肉体に負担をかけるので、リスクなしというわけではありません。〈望遠透視〉などは、使用してすぐに激しい眠気に襲われます」
「なるほど……じゃあ、俺の今のポイントで取得できるスキルも?」
「現状、テツオさんが取得できるものであれば、乱用しなければ強い負担にならないでしょう。ただ、〈薄明眼〉などの暗視スキルは、地味につらい眼精疲労に見舞われてしまいます」
ミカゲの助言に、テツオは顎に手を添える。
副作用を考慮するとなると、選択肢は一気に絞られてくる。
「よし、決めました」
その後、ミカゲから個々のデメリットを聞き取り、しばらく吟味にした結果。
テツオの導き出した取得スキルは──。
「〈盗聴〉と〈アイテム作成〉、それと〈短期記録〉ですか。良い組み合わせを選びましたね」
ミカゲが大いに首肯し、満足気に言い添える。
「屋内での活動に特化したんですね。素晴らしい」
「そう、屋敷に潜入するからね。この辺りが便利かなって」
「テツ兄……ほんまありがとう……」
しみじみと、サトルからそんな感謝が漏れた。
「次回に持ち越せたのに、そんないっぱいポイント使うてくれて……」
「将来的に腐らないスキルだと思うし、全然気にしないで」
サリア嬢を惨殺する容疑者を絞るには、情報を集めるスキルに特化させる必要がある。
特に〈盗聴〉は、情報を拾うのに最も貢献してくれるだろう。
「スキルはすぐに使える? 試し打ちしたいな」
「この世界の〈神波〉の具合から察するに、天界からスキルを付与されるのは三日から一週間ほどかかるかもしれません」
「ああ……そうか……インターネットみたいなものだもんね。ダウンロードが必要か」
なんとも歯痒いものだ。高鳴った胸のやり場に困る。
神波とやらの通りが良くなる手段はないものかと唸っていると、
「あ、見えてきましたよ」
会話の最中、サトルがふと前方の景色を指差した。
「城下町アルセリアです」
丘を背にして築かれた高い石壁、その上には尖塔がいくつも突き立ち、白灰色の壁面に差す陽光が鈍くきらめいている。
鐘楼の金属音と市のざわめきが風に乗って耳に届いてくる。石壁の門にはグレゴドールの紋章旗が掲げられ、赤と黒の意匠がはためいていた。
絵に描いたような中世ヨーロッパの城塞だ。
あの厳かな城壁の向こう側で、悪役令嬢となる〈サリア・グレゴドール〉が暮らしている。
「城下町を案内したいとこなんやけど、まずはグレゴドール家に行きましょう。ちょっとお待たせしてますんで」
サトルがやや焦った声音を滲ませる。正午に到着すると伝えていたらしいが、すでに夕方近い時刻となっている。
件の悪役令嬢が機嫌を損ねていないことを祈るばかりだ。




