表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/53

16.異世界転移

 真っ先に視界に飛び込んだのは、温かな春の日差しだった。

 されど、ほのかな肌寒さがあり、周りの空気がわずかに湿っている。


「お、人間だ」


 ソヨソヨと馴染みのない鳥の声が聞こえるなか、テツオが自身の肉体を見下ろす。

 仕立ての良い燕尾服を身に纏った男性の肉体。鏡で顔も確認しておきたいところだが。


 周囲に広がる景色を見渡せば、広葉樹が生い茂る森の中。しかも背後には薄汚れたステンドグラスがはまった、ボロボロに朽ちた建物が鎮座していた。

 使用人としてサリア・グレゴドールの住居に潜入すると聞いていたが、すでに仕事服を着ているとなると、ここは屋敷の中だろうか。


「テツオさん」


「へ?」


 驚き、慌てて声の方を振り返ると、ミカゲが隣に立って小さく手を振っていた。

 しかも、英国然としたメイド服を身に纏っているではないか。


「え、ミカゲさん? ミカゲさんも転生してきたの?」


「今回は転生ではなく〝転移〟みたいですね」


 言いながら、ミカゲが手鏡をテツオに差し出す。

 

「まんま俺だ……日本人丸出し……」


「この世界では日本人と同じ顔立ちの人種がいるようです。他者の肉体を借り受けるより都合が良いのでしょう。詳しくはサトル君に聞きましょう。彼の方がここの担当ですから」


 わかりました、とテツオは相槌を打ちながら少しだけ残念な気持ちになる。

 知らない誰かの肉体に宿るというのは、ロボットに乗っているような高揚と緊張があった。あの異臭を放つオークの肉体でさえ、慣れてしまえば楽しいものだった。


「で、ミカゲさんも転移してきたのは?」


「この任務は人手が必要になると判断されましたので、私も現地に同行することになりました」


 よろしくお願いします、と柔らかく送られた微笑みに、テツオは胸を撫で下ろす。知らない土地で信頼できる者がいるほど心強いことはない。


「カッコ可愛いね、メイド服。似合ってる」


「ありがとうございます。テツオさんの執事姿も素敵ですよ」


「どうも」


 ちらほら互いに照れくさく笑い合った後、ミカゲが背後の修道院を指し示す。


「ここは我々調査チームがこの異世界で活動するために設けた〝調査拠点〟のようです」


「拠点、ですか。サリア嬢のお住まいは?」


「ここから二時間ほど馬車で移動した先にあります。まずはこの拠点でサトル君と合流です」


 いわく、テツオたちとは別行動を取っている調査官が四名、既に個々の現場で活動しているらしい。その調査官同士の情報交換の場として、この崩れかけた修道院が選ばれたとか。


「この建物を中心に、半径百メートルの範囲に〈認識阻害〉というスキルを発動しています。どれほど大声で話しても現地人に悟られることはありませんし、見つかることもありません」


「じゃあ、カラオケ大会とか開催しても?」


「問題ありません。私の十八番、山本リンダの『狙いうち』を披露しましょうか?」


 是非とも聴いてみたいものだが、一応仕事中だ。それとミカゲの世代がバレる。


「中に入りましょう。サトル君が到着したみたいです」


「了解です」


 ウララ〜ウララ〜と口ずさむミカゲと共に、修道院の崩れた扉を跨ぐ。

 すると、リネンシャツを身に纏ったサトルが慌ただしくハタキ棒で室内の砂埃を叩いていた。


「ったく、なんで誰も掃除せえへんねん。こんなとこおったら病気になってまうよ」


 息子の部屋に踏み入る母親のような小言を吐き、腰に手を当てて一息つくと、「あッ」とこちらに気がついた。


「お待ちしとりましたッ、ほんまお手数おかけしますぅ」


 そう一礼した後、サトルは急いで部屋の端に置かれた机を中央に運び込む。


「お疲れ様です。準備できていますか?」


「はいッ、必要な備品は取り揃えています!」


 ミカゲが聞くと、サトルはそそくさと古びた机の上に分厚い一冊の本を置く。血で塗られたような赤い冊子の上に、判読できない文字の羅列が踊っている。


「聖典です。この国の国教である〈メノイラ教〉の教えと神話が記されとります」


 言いながら、トントンっと聖典を指で叩いて苦く笑う。


「内容を覚えておいて下さい。お二人が使用人として潜入する〈グレゴドール家〉は熱心な宗教一家であり、国の政治の一端を担う公爵家なので、教えに背く言動を取ると牢獄送りにされることも」


「げッ」

「あらぁ……」


 潰れたカエルのような悲鳴がテツオの喉から漏れる。

 同じことを思ったのか、ミカゲも表情を曇らせていた。


「サトル君、そのメノイラ教って一神教?」


「そうです。信仰される神は〈創造神メノイラ〉の一柱のみです」


 うーん、と二人揃って眉根を揉む。

 一神教には決まって〝禁忌タブー〟が存在する。何が逆鱗に触れるかわからないゆえ、会話一つとっても針に糸を通すような神経を使うことになるかもしれない。

 

「一応聞くけど、変な儀式とかないよね? カルトホラー映画みたいにめちゃくちゃされてりはしないよね?」


「テツ兄は心配性やね。終末思想でもなければ、生贄を捧げる儀式もなし。性行為を強要されることもありまへん。魔法のない世界なので、とんでもない痛ぶられ方もなし」


「よかった」


「ただ、メノイラ教を信仰している貴族というのは、地球の貴族の常識と違う部分が少しあります」


「例えば?」


「メノイラ教を国教にしているここ〈ソマリ王国〉は『男性優先の相続制度』がありまへん。なので、女性を当主に据えた家系が当たり前のようにあります」


 それは確かに違う。テツオが創作の中で学んだ中世ヨーロッパ社会は、女性は政治の道具にされることが多かった。自分たちより格のある家柄に嫁がせて、親ごと貴族社会を上り詰めてゆくそう。


「じゃあこの国では政略結婚とかはないの?」


「それは普通にあります。メノイラ教の思想により、男女の差ではなく〝血筋の優劣〟が重視されるんです。せやから現当主の一存で、子供を自分たちより『神聖な血統』の家に嫁がせたり、婿養子に送り出したりすることも」


 へえ、とテツオは思わず苦笑する。自分の知ってる中世社会の常識より息苦しそうだ。

 しかも宗教によってその『血統主義』が定着しているのなら、サリア嬢の自尊心もさぞかし肥大していることだろう。

 

「それで……やっぱり、これ全部覚えないといけない?」


 テツオは恐る恐る机の上に鎮座している聖典を指で示す。

 広辞苑より分量がある。この分厚さは、銃弾で撃ち抜かれても貫通しなそうだ。


「大丈夫ですよー、私の解析スキルで本の内容をまとめて、テツオさんの脳内に直接送り込みますから」


 そう、ミカゲが安心させるように言い、サトルも緩やかに微笑む。


「一応、ざっくりした神話の内容と宗教的なタブーを抑えておけば、まあ、なんとかなる思いますよ。同性愛禁止とか、刺青禁止とか、土葬禁止とかそんなん」


 軽く言われるも、慎重なテツオは神妙な面持ちで頷く。

 地球の歴史において、牛肉を所持してるだけで集団リンチに合った人間もいる。どんな些細なことでも『異国の神』の足元では命を奪う引き金になりかねない。


「そういえば──」


 そこで、ふと我が身を振り返る。果たしてこのままでいいのだろうか。


「俺たちの容姿はこれで? 日本人が闊歩してても咎められない?」


「この世界では〈モンカー〉っていう人種がおって、まんま日本人の見た目なんよ。聖典にも登場する重要な人種やから、むしろこのままの方が貴族の家に入り込みやすくて」


「へぇ……モンカーか。ギリギリモンキーっぽい響きだね」


「まさに。創造神メノイラが、猿に知恵を与えて進化したのがモンカー人種らしいんよ。なんでも、創造神の下僕として神話の重要な場面で人間を助ける働きをしたとか」


 聞くところによれば、その神の下僕としての役割を担ったために、貴族にとって座敷童のように幸運を招く縁起物とされているらしい。


「じゃあ、差別だったり、邪険には扱われることはないんだね」


「そうそう。貴族にとってモンカー人種を雇用するのは、格のある家にしかできないことなんやって。まあ、ちょっと人間として扱われてるかは微妙なとこやけど」


 サトルの言葉尻から察するに、人間と奴隷の中間のような存在だろうか。しかし、縁起物として扱われているなら好都合。理不尽な暴行を加えられることはなさそうだ。


「あッ──」


 そこで突然、ミカゲの声が唐突に高く弾け、サトルとテツオは肩を跳ねさせた。

 何か天界から情報受け取っているのか、ミカゲはこめかみに指を当てて虚空を見つめて硬直している。


「朗報ですよ!」


 嬉々として叫び、ミカゲがテツオに爛々とした眼差しを向ける。


「テツオさんにスキルポイントが発行されました。スキルの取得ができます!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ