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15.異世界へ

 ひとまずブリーフィングは終え、テツオとミカゲは映画館に移動。

 転生口たるシアタールームで、くだんの異世界へ渡るそのときを待っていた。

 依頼主であるサトルはすでに、別の転生口から現地に向かっているそうだ。


「大変なことになりましたね」


 ミカゲが座席に背中を預けながら、カップに入ったコーラで喉を潤す。

 並んで座ったテツオも、カップを傾けて苦笑する。本当に大変な事態だ。


「オークの集落と良い、人間の死体ばかり見てる気がしますね」


「そうなんですよね。調査官の定着率が低い原因の一つです。死体と向き合わなければならない場面が多々あるので」


「なるほど……」


 天界には多くの仕事がある。ここまで送迎してくれた運転手のように、天界の内部の職に就けば、少なくとも死体と出くわすことはない。心穏やかな死後を過ごせるだろう。


「あの会議室で見た再現映像は、まだ起こってないことなんだよね?」


「はい。転生所には異世界のスキルを専門とした〈研究室〉がありまして、そこにお願いして〈占いスキル〉というものを行使してもらい、その結果を映像化したものになります」


 随分と便利なものあるものだ、とテツオは顎に手を当てる。


「占いスキルか……でも『占い』ってことはあくまで予測だよね?」


「死亡予測に関しては、的中率は九九パーセントです。神様由来のスキルですので」


「たっか……じゃあそもそも、なんで死亡予測を? サリア嬢の身体に日本人を転生させるんだよね? 殺される前じゃダメなの?」


 テツオの疑問に、ミカゲは「そういえば」と平手に拳を打つ。


「ちゃんとした『異世界転生』の手順をお伝えしていませんでしたね」


 ミカゲはカップを置き、背もたれに軽くもたれかかると「三段階の流れになります‘と指を三本立てた。


「一つめ──〈聞き取り調査〉です。日本で死亡した魂を、一時的に転生所に保護して、本人の希望を人事部が確認します。転生したい次の人生の希望を」


 テツオも死亡して真っ先に送られた受付がそれだ。しかしテツオの場合、人殺しの罪によって『ハーレムチートニート貴族』の願望は叶うことはなかったが。


「二つめ──〈肉体候補の選出〉。占いスキルで、現在どの世界にどんな〝空白〟が生まれつつあるか検索をかけます。いわば〝魂の器〟になる身体を探す作業ですね」


「要するに……空き家探しってこと……?」


「そうです。死亡予定の肉体を探して、転生者のための『魂の候補地』として確定させます。今回はサリア嬢の肉体がちょうど空きそうなので、人事部が希望者にお伝えしたようですね」


 テツオはつい「うーん」と唸り、眉をしかめてしまう。

 生きてる人間の死亡時期を勝手に占い、別の死者の魂がその肉体に乗り移る。

 その所業を改めて考えると、かなりいびつで傲慢な仕組みに感じてしまう。

 

「転生所って不動産屋さんみたいだね。人の肉体をマンションみたいに扱ってて」


「不快になるのはわかります……」


 ミカゲが気まずそうに視線を外し、眼鏡を中指で押した。


「ですが、ちゃんと理由があるんです」


「どんな?」


「まだ、お伝えするタイミングではないんです。あなたにプレッシャーに感じてほしくないんで──」


 先を続けます。と、ミカゲが引き締めるような一息を吐く。

 その心を痛めるような表情に、テツオもなんとか切り替える。転生所には思った以上の『大義』があり、乗り越え難い『闇』を孕んでいるのかもしれない。


「三つめ──〈死亡確認〉です。転生先の肉体が『最小限の損傷で死亡していること』を確認。即座に天界からスキルを付与された魂が転送されます」


「じゃあ、今回の場合は……」


「悪役令嬢〈サリア・グレゴドール〉は惨殺されると占い結果が示していますので、転生者の魂を送ることはできません。強引に送っても、魂が定着せずにすぐにまた死亡してしまいます」


「なら、最初にサリア嬢の肉体を候補に絞ったってことは、惨殺される予定じゃなかったってことだよね?」


「みたいですね。毒殺か呪いか、もしくは病か、頭部へのダメージか。そんな予測であったのに、研究室の占い結果が変わったしまったようです。サトル君がとても焦ってましたね」


 サリア嬢の死体を見たとき、テツオはなんてものに関わらせるんだと嫌な気分になっていたが、サトルも押し付けられた身なのだろう。なんとか力になってやれたらいいが。


「我々の任務をおさらいします」


 ミカゲが引き締めた声でテツオに向き直る。


「まず、最大の目的は〝魂の器〟である悪役令嬢〈サリア・グレゴドール〉。その惨殺される未来を阻止します」


「責任重大だ」


「よって、グレゴドール家の屋敷に使用人として潜入することになります。サリア嬢を殺害する容疑者の特定が最優先事項──容疑者と犯行日時を絞り、我々で説得する方向でしょう」


 途方もなく大変そうだ。推理ドラマのように、最初の段階で容疑者を絞れているわけじゃない。怪しい人物のリストアップから始めないとならない。


「気が滅入るね……さっき言ってた占いスキルとやらで犯人を特定できないの?」


 聞くと、ミカゲが残念とばかりに首を横に振る。


「研究室の占いスキルは〝対象の死亡や生誕〟という〈命の灯火〉に対して的を絞ると高い的中を誇ります。しかしそれ以外──『誰が殺すのか』や『なんで殺されたか』などの因果関係が絡むと、的中率は十パーセント以下になってしまうんです」


「なるほど……細かく分岐する事柄は苦手なんだね」


「お察しの通り、殺されるプロセスとルート分岐が無限に出てきてしまうので」


 神という超常的な存在が管理している天界であれど、思ったほどに万能ではないらしい。

 まあ、万能であったなら調査官という仕事をわざわざもうけたりはしないだろう。


「『惨殺』さえ阻止すれば良いんだよね?」


「そうですね。犯人の特定は一番丸い手段ですが」


 テツオは天井に首を向けて思考を回す。オークの集落のように環境自体に一石を投じないといけないわけではなさそうだ。

 あくまで一個人の未来を変えるだけ。そう考えると少しだけ肩の力がほぐれる。


「やりようはいくらでも思い付きますね」


「一応、言っておきますけど……我々が直接的に手を下してはダメですよ?」


「先んじて、サリア嬢に毒殺されてもらうのも?」


「ダメです。現地人をけしかけて殺害させるのもダメです。地獄に送られちゃいますよ」


「手っ取り早い手は使えないか」


 肩をすくめて言ったテツオに、ミカゲが睨みを効かせる。

 ブラックジョークだ。これ以上、殺人の罪を背負う気はさらさらない。


「すみません、冗談です。相手はイジメ加害者ですから、優しくする必要はないと思って」


「あ、その点について訂正しなければなりません。彼女についての詳細は──」


 言いながら、ミカゲがこめかみに指を添えて虚空を見つめる。

 記録官スキルでサリア嬢のプロフィールを参照してくれているのだろう。


「サトル君はサリア嬢を〈悪役令嬢〉とカテゴライズしていましたが、実は彼女はまだイジメに手を染めていないようです」


「あら? そうなの?」


「はい。なので、サリア嬢はまだ〈悪役令嬢の卵〉と言ったところでしょうか」


 聞くところによると、どうやらこれから向かう異世界は、とある乙女ゲームの舞台に酷似したものであるしく、サリア嬢は〈ソマリ王立学院〉という学舎の生徒であるとか。


「サリア嬢は現在、春休み期間中です。その休暇を明けた後、彼女のクラスに転校生が来ます。〝とても優秀な貧民生まれの女の子〟です」


 なるほど、とテツオは肩を揺らす。まるでフィクションだ。誰もがご機嫌を伺うような公爵家の令嬢が、持たざる者に力の差を見せつけられる。その事実を許容できず、イジメに傾倒して相手を落とそうとしてしまう。


「あるあるだね。ざまぁ系の典型みたいな駒の配置だ」


「しかし、まだそのフラグは起こっていません。なので、誰がサリア嬢を死に至らしめるのか、その特定はかなり──」


「難航するね……」


 イジメが起こっているのであれば、その被害者の周囲に的を絞れる。

 だが、まだ明確な恨みを買っていないとなると、すべてを疑ってかからないとならない。


「父親と母親、親族や友人、もしくは使用人や教師なんかも容疑者候補です。公爵家に恨みを持ったサリア嬢と面識のない貴族だったり、上流階級に憎悪を抱く貧民までも調べる必要があるかもしれませんね」


「途方もないな……やっぱり申し訳ないけど、サリア嬢には惨殺される前に毒殺されてもらうのが一番手っ取り早いかもね」


 テツオがまた先ほどの冗談を擦って見ると、ミカゲはお見通しとばかりに「ふふ」と可愛らしく微笑む。


「テツオさんは毒殺が可能だとしても、やらないでしょう?」


「どうでしょうね。サリア嬢が本当に憎たらしい存在だったら……やるかもよ?」


「やりませんよ、あなたは」


 だからスカウトしたんです。と、ミカゲは安堵するように言う。

 何を根拠にとは思うが、ミカゲなりに『信頼』というくさびを打ち込んでくれたのだろう。テツオが道を踏み外さないように。


「はじまります」


 ミカゲの引き締めた声と共に、前方のスクリーンが点滅し、カウントダウンが始まる。


「心を水の中へ。あなたが見届ける景色は、誰かの希望になり得ます」


 言うと、そっとミカゲの手がテツオの手の上に添えられた。

 柔らかな温もりが、静かに流れ込んでくる

 恋人のようなその所作に、テツオは肩を跳ねさせる。


「み、ミカゲさん?」


「一緒に頑張りましょう。きっと、より良い未来を作れます」


 眼鏡の奥に灯る、決意を込めた眼差しで射抜かれる。

 すると、テツオの意識が遠のき、眠りに落ちるような心地良さが全身を覆う。


 物語の幕が上がるようだ。

 高貴にして傲慢な、悪役令嬢(卵)の物語が──。


    ◆

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