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14.ブリーフィング〈悪役令嬢について〉

 異世界転生所・日本支部──その調査室はひどく閑散としていた。

 

「みなさん現場に出られているので、普段、ここにいるのは少数のみですね」


 ミカゲが指し示すのは、広いフロアの中で軒を連ねる机の列。

 その上には、書類の束と共にあらゆる置物が飾られていた。


「なんかゲーム会社の机みたい」


「みなさん多趣味ですから」


 得体の知れない呪術的な道具から、日本で見知った有名キャラクターのフィギュアなんかも並べられている。


「ここがテツオさんの机ですね」


 言うと、ミカゲが何も置いていないガランとした机を指し示す。


「周りの賑やかさに比べると寂しいですね。俺もなんか置きたいな」


「そうですね。いずれ、映画のグッズとか調達しましょう」


 隣のミカゲの机には書物がいくつか並べられ、異世界で調達したであろうアクセサリー類が控え目に飾られている。それ以外にも、日本を思わせる扇子や赤べこなんかも鎮座している。


「いいなぁ、華やかですね」


「サトル君が戻ってくる前に、テツオさんも何か並べておきましょうか」


 そう言った途端、ミカゲの背後からサトルが打ち上がった。


「準備できましたッ、こっちでーっす!」


 額に汗して、新島サトルが手招きしてくる。

 先ほど、緊急事態への対応を了承した後、サトルが会議の準備する間しばらくオフィスを見て回ろうという算段だったが。


「テツオさん、ごめんなさい」


 サトルの方に足を運びながら、ミカゲが申し訳なさそうに言う。


「一応、本日は休暇ということになっていたのですが……」


「いえいえ、しょうがないですよ。サトルさんは昨日手伝ってくれた人なんでしょ? じゃあ恩を返さないと」


 それに、あんな潤んだ瞳で頼み込まれたら、断る方が精神衛生上よろしくない。


「ほんますんませんッ、テツ兄は死に立てホヤホヤなのに頼ってしもうて」


 サトルが先を歩きながらこちらに手を合わせてくる。

 

「気を遣わないでください。一応、サトルさんは俺の先輩でしょ?」


「せやけど、僕はテツ兄みたいに上手くでけへんから。精神的にあんたが先輩や」


 ずるい。やはり末っ子気質だ。先輩ぶって上から命令するより、下からの『お願い』という形を取ることで好感度を下げないままに頼み事をしやすいポジションを取れる。


「サトル君は意外と狡猾ですから、注意して下さい」


 ミカゲが手で壁を作り、テツオに耳打ちしてくる。

 

「ただ、記録官として非常に優秀なので、遠慮なくこちらも頼り返しましょう」


「了解です」


 ささやかな計略を練っていると、サトルが足を止め、とある一室の扉を開け放つ。


「ここが調査官専用の会議室になります」 


 室内は広く、大学の講義室のように円形に机が並べられていた。

 その中央には、漆黒の四角いキューブが置かれている。何かを映し出す装置だろうか。


「天界プロジェクターですね。後で使うのでお楽しみに。凄いですから」


「へえ、楽しみだなぁ。VR空間みたいになったり?」


「それはもう──」


 キューブをしげしげと見ているテツオに、ミカゲが微笑む。

 そんな呑気なやり取りを、サトルは焦れたように遮った。


「ブリーフィングを始めちゃってもええですか?」

 

「はい、どうぞ」


 前方の席にテツオとミカゲが並んで座ると、サトルが咳払いを一つして会議室前方へ。


「まずですね。先日、人事部が転生先の候補に絞った人物を紹介します」


 口調を引き締め、サトルがこめかみに指を添えると、中央のキューブから光が放たれる。

 すると、突如としてテツオの目の前に一人、美しい女性が投影された。


「彼女は〈サリア・グレドール〉。一六歳、公爵令嬢。俗にいう、悪役令嬢です」


「凄い……」


 立体映像──なんてものじゃない。実際に、その場に立っているような錯覚を起こす。

 光を反射する艶やかな黒髪、気の強そうな輝くキレ目、上質な赤いドレスの上に輝くブルーサファイアのペンダントが呼吸と合わせて揺れている。


「息してるじゃん……すごい存在感……」


「ふふ、凄いですよね。触れもしますよ」


「えッ──」


 ミカゲに促され、テツオは直立不動のサリアの手の甲を指で突くと。


「やば……映像の域を超えてる……」


 滑らかな人肌の質感に、テツオは息を呑む。

 試しに袖の端を恐る恐る摘むと、サラリとした生地の手触りが伝わる。

 もはや、映像というより実物──立体フィギュアとでも呼べばいいのか。


「これ、悪用されたりしないんですか?」


「おっぱいとか触っちゃダメですよ? この部屋は誰でも監視できるようになってるので、いやらしい事をすると職権を剥奪され、最悪、地獄に送られちゃいます」


「し、しませんよ?」


 ミカゲの揶揄うような指摘に、テツオは大いに動揺して平静を取り繕う。

 男であるならどうしても想像してしまうのは否めない。理性を試される恐ろしい装置だ。


「続き、ええですか?」


 ゴホン、とサトルが咳払いして先を急かす。かなり焦っているのはわかるが、ちょっとはこの超常的な再現技術を噛み締めさせてほしい。


「見ての通り、彼女、サリア嬢はかなりの美貌を持つ反面、性格は非常に捻じ曲がっとります。なのでいくつか──」


「ああ、サトル君、その前に少し良い?」


 ミカゲが手を挙げ、待ったをかけた。


「テツオさんは調査官の職に就いたばかりなので、異世界転生における『通念』からおさらいしないと、理解が及ばないかもしれません」


 言われて、サトルは「しもうたぁ」と自身の額を叩く。


「せやせや、ちょっと慌て過ぎてもうてるな。テツ兄、すまん」


「いえいえ、むしろ気を遣わせてすみません」


 男二人、互いに謝罪を交換していると、間を区切るようにミカゲが音頭を取った。


「じゃあ、邪魔した私から。テツオさんは、我々が『悪役令嬢』と呼称する存在についてどこまで知ってますか? 小説やアニメなどは鑑賞したことは?」


「そういう作品は何作か見たことはありますけど、おさらいしてください。認識が違うかもしれないですし」


「では、少しだけ──まず、悪役令嬢というカテゴリーに入る女性の多くは、格のある家の産まれです。父親が公爵や王族であったりと、裕福かつ政治に関わる仕事をしている場合が多い」


「ふむ。『令嬢』と言うくらいですから、お金持ちでしょうね」


「はい。裕福であるのは結構なのですが、問題は……彼女たちは身分や家柄、血筋に囚われる習性があります。その習性により、自分より格下と判断した存在をとことん見下し、嘲り、冷笑を送るんです」


「ハリーポッターにおけるドラゴ・マルフォイの女性版ですね」


「まさに、その認識で構いません。家柄や血筋は自分の実力とは何も関係ない、にも関わらず、彼女たちは『自分は特別である』と信じ込み、他者の才能や功績に激しい嫉妬を覚え、陰謀を巡らせて人を陥れるように画策します」


「創作の世界だったら、ある意味で花形ですよね。味のある悪役は物語を面白い方向に転がしてくれますし」


「そうですね。外から観察できる物語の中でなら人気者にさえなり得ます。ですが──」


 何か思うところがあるのか、ミカゲは眉根を揉んで慎重に言葉を選ぶ。


「実際に、悪役令嬢という存在の振る舞いを目の当たりにすると、かなり気分を害する思いをすることになるかと」


「でしょうね。ある程度、根性が曲がってないと『悪役』になりませんから」


 テツオがすんなり理解を示すと、ミカゲもサトルも申し訳なさそうな顔をする。


「本当は、もっと調査官として違う刺激をテツオさんに経験してほしかったのですが……今回の転生先は、少々……精神的に堪えるものになるかもしれませんね……」


「それはほんまごめんなさいッ、焦るあまり、新人のテツ兄に頼ってしもうた!」


 眉を垂れて謝罪する先輩二人に、テツオは朗らかに首を振る。


「人殺しに気を遣わないでください。もっとコキ使って良いんですよ?」


 言うと、ミカゲとサトルが今度は悲しげな表情を見せる。

 まずい。キラーワードを過ぎたか。言葉選びを間違えた。


「話が逸れてますし、続きをどうぞ」


 テツオが誤魔化すように促すと、サトルが咳払いを一つ。


「では、本題に入らさせて頂きます」


 そう言うと、キューブが激しく点滅し、室内が霞のような光に包まれる。

 なんだ、と戸惑った瞬間、あっという間に会議室ががらりと一変した。


「やっば……」


 テツオを取り囲むその光景──西洋の豪華な一室だった。

 高い天井に下がられたシャンデリア、豪奢なソファと金縁の額に収まった絵画。

 部屋の中央には花模様が踊る天蓋つきのベッド。まさに、ザ・貴族の寝室だ。


「部屋まで再現できるんですね……テレビで見た芸能人の豪邸訪問みたい……」


 匂いまで再現されているようで、高貴な花の香りまでしてくる。

 テツオが目を白黒させて見渡していると、サトルが天幕に覆われた寝台まで歩く。


「これを」


 天幕に隙間を作り、テツオとミカゲに見えるように中の様子を見せた。

 

「ミカゲ先輩に説明の通り、悪役令嬢であるサリア嬢は、高貴な身分を振りかざしとります。そのせいか──」


 誘われ、寝台を覗いたテツオは絶句する。


「は──っ?」


 絶望に見開かれた目玉に、振り乱れた黒髪。

 口から流れ出る赤い雫に、胸に突き立つ鈍い光を放つ銀ナイフ。


 先ほど毅然とテツオの前に立っていた美しき悪役令嬢〈サリア・グレゴドール〉。

 彼女が、無惨に、悲惨に、凄惨に、殺されていた。


「遠く無い未来、彼女は惨殺されてまうんです」



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