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13.天界散歩②

 エレベーターから出た先、ミカゲに導かれながら広々としたロビーを抜けると、黒塗りの高級車が一台、目の前に静かに停車した。


「テツオ様、ミカゲ様、お迎えに上がりました」


 黒スーツに白手袋。五十代とおぼしき男が一人、車の後部ドアを開けて恭しく一礼する。

 

「ご苦労様です」


 ミカゲは自然な所作で車に乗り込む。

 テツオも戸惑いつつも、促されるまま後部座席へ腰を預けた。


「何事です? まるで要人扱いじゃないですか……」


「安心して下さい、転生所の引き留め戦略です。私があなたに借金を負わせたようにね」


 ああ、とテツオは腑に落とす。ミカゲとは逆のアプローチだ。良い気分にさせて天界に縫い止めようとしているのか。

 高値で見積もってくれるのはありがたいが、過剰に世話を焼かれるのは居心地が悪い。


「無理をさせてるなら全然歩きますけど」


「まあまあ、運転手さんの仕事が無くなっちゃうので行為に甘えましょう」


 ミカゲがそう微笑むと、車を緩やかに発進させた運転手が朗らかに言う。


「以後、お見知りおきを。あなたの送迎をするだけでポイントが稼げるのでね。差し障りなければ、天界での移動は私めにお申し付けを」


 死後の世界でも色々な仕事があると聞いてはいるが、運輸に関係する職種まであるとは。

 調査官をクビになっても、色々と身の振り方はありそうだ。


「運転手さんの稼ぎになるなら……じゃあ、お世話になります」


「ありがとうございます」


 そんな話をぽつりぽつりとしてしばらく──

 テツオは前から後ろに流れる景色眺めて、頬を撫でる。

 こんな高級車に乗るのは、祖父の葬儀で遺族車に揺られて以来だ。


「ミカゲさん、俺の死んだ爺さんって天界にいたりする? 『原島シゲオ』って名前なんだけど」


「少々お待ちを──」


 こめかみに指を添えて虚空を見つめるミカゲ。

 どうやら記録官スキルで検索をかけてくれているようだ。


「見つかりません。天界にはいらっしゃらないので、何処かに転生されている可能性が高いかと」


「そうか。ありがとう」


 テツオが映画を愛するきっかけをくれた恩人だ。祖父に会いに行くと、いつも彼のお気に入りの名作を一緒に鑑賞させてくれた。画面の向こうで古い俳優が笑うたびに、一緒になって笑う人だった。

 そのときに見た映画の数々が、今のテツオを形作ったと言っても過言ではない。

 改めて祖父に礼を言いたかったが、叶わないなら致し方ない。


「天界で働き続けていれば、いずれ出会えるかもしれませんよ?」


「はは、それも引き留め戦略?」

 

「いえ、事実です。天寿を全うせずにお亡くなりになられたら、天界で再会することになるかもしれません」


 それは、喜んで良いことではないだろう。テツオにとっては両親よりも理解のある懐の深い人物だった。ああいう誰かの痛みに寄り添える人こそ長く幸せであってほしい。


「まあ、期待しないでおきます。今の人生を謳歌してほしいし」


「ですね。願ってはいけないものでしたね」


 そうして、ミカゲとちらほら雑談を交わしていると、車が減速し、とある高層ビルの前で緩やかに停車した。


「まずは転生所の中を見て回りましょう。ながーくお世話になる職場ですからね」


       ◇


 ビルの自動ドアを抜けて中に入ると、二人は広いフロアに足をつける。

 脇にいくつかソファが備え付けられており、何人か気難しそう顔で会議をしていた。

 そんな面々を横目に、ミカゲが颯爽と進んだ先は受付嬢が座るカウンターだ。


「休暇中ですが、原島テツオ調査官をご案内したく」


 短くそう言うと、受付嬢がこめかみに指を添えて微笑んだ。

 

「どうぞ。すべてのフロアにアクセスできます」


「ありがとうございます」


 短くやりとりを終えると、ミカゲは受付を抜けて右に流れ、エレベーターが備え付けられた区画へ向かう。


「自由に出入りできないんです?」


「はい。転生所は機密情報でごった返していますから。死者の〈生涯履歴〉などを外へ持ち出さないように厳重なセキュリティがあるんです」


 言われて、テツオはハタと思い出す──自分も〈生涯履歴〉とやらをミカゲに見られている。聞けば、今までどんな生涯を送ってきたのかを克明に記録された書類らしい。


(どうしよう……FANZAの購入履歴とか見られてたら……)


 由々しき事態であると、背筋に冷たい感触が走る。

 大丈夫だろうか。テツオにはわずかにマゾ気質な側面がある。SMなどの肉体に傷を負うような代物は好みではないが、言葉で責め立てられる作品はかなり数を揃えていた。

 ミカゲに把握されているのかどうか、確認せざる終えない。そんな衝動にテツオは突き動かされた。


「あー、そのミカゲさん」


「はい? どうしました?」


 銀の扉の前でエレベーターを待つミカゲが、首を傾げてこちらを見つめる。

 その可愛らしいパッチリ二重ふたえを見つめ返し、テツオを慎重に言葉を選ぶ。


「その生涯履歴って、どこまで書いてあるの?」


「どこまでも書いてありますね。引き出したい情報を検索すれば、どんな記録でも呼び出せます」


 まずい。非常にまずい。

 眼球が乾き、テツオは異常な量の瞬きを繰り返す。


「俺の情報をどこまで見た……のかな……? なんかまずいこと書いてあった?」


「特には、ないと思いますけど? テツオさんに関しては調査官としての資質を見定めるのに必要な情報しか目を通していません。何か、まずいものがありましたか?」


「あるよ。山ほどある。俺の性癖とか見られたら、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん」


「へぇ……」


 ミカゲは眼鏡を光らせ、意地の悪い笑みを浮かべた。


「思いつきもしませんでしたが、テツオさんの弱みを握る良いチャンスですかねぇ」


「くそっ、余計なこと言っちまった。聞かなきゃよかった!」


 テツオが歯を食いしばってそう叫ぶと、ミカゲがたまらず吹き出す。


「ふふふ、安心して下さい。そんなことしませんから。誰でも知られたくないことはありますからね」


「ですよね……」


「素直ですよね、テツオさんって。そういうところ、とても良いと思います」


 朗らかに笑って、ミカゲはテツオの肩を宥めるように触れる。

 与し易いと思われたか、真っ直ぐに好感を抱かれているのか判別しにくい。


「あ、そうか」


 そこで、テツオは閃く。自分も転生所に勤める天使であるということに変わりない。


「俺がミカゲさんの生涯履歴見れたりするの?」


「……仲良くしましょ。テツオさん」


「ですよね? 仲良くしましょうね」


 核爆弾という忌まわしき兵器が無くならない理由がよくわかる。

 人間の心が弱い限り、抑止力を持たずにはいられないのだ。


「──とは言うものの、そういう知られて恥ずかしくなるようなプライベート情報は我々にはアクセスできませんよ」


 ミカゲが言うと、テツオは全身を弛緩させる。


「なんだ。先に言ってよ。脅し返しちゃったじゃん」


「ふふふ、どんな起死回生の一手を見せてくれるか、試しちゃいました」


 いわく、こういう些細なやりとりから、調査官としての資質が計れるらしい。


「返す刀を手繰り寄せるスキルがないと、調査官は務まりませんからね」


「性格の悪さが露呈してるだけでは?」


「もう……すぐにネガティブに考えるんだから……。窮地に追いやられたときの知恵ですよ。立派なスキルです」


 言われて、テツオは恥ずかしくなる。アダルトビデオの購入履歴を死守するために回す知恵とはどれほどのものか。スキルと呼べる価値と言えるのだろうか。


「精進します」


 それだけ返すと、丁度エレベーターが到着した。

 思えば、さきほどから車にエレベーターと乗り物ばかりだ。


「ずっと思ってたんだけど、死んでるのに飛んでいけないんですね。死後も重力に縛られてるなんて……」


「それも、機密情報を守るための措置です。飛んで盗みを働かれたら大変ですから」


「盗む人なんているの?」


「昔はいたらしいですよ。好きだったアイドルの生涯履歴を盗もうと侵入する方々がチラホラと。彼氏の有無が気になったようです」


「うっわ……なるほど」


 あまり現実と変わらない。少数の異常者によって誓約が厳しくなり、普通に生きている者が割を食う。そんな構造が死後の世界でも健在らしい。


「一旦、調査室を見て回りましょうかね。テツオさんのデスクもすでに用意されているはずです」


 言いながら、ミカゲがエレベーターに乗り込み、ボタンに手を伸ばす。

 その寸前──


「おったおったっ、ミカゲ先輩!」


 閉じゆくエレベーターのドアに、ガシリと一本の腕が差し込まれた。

 茶髪に糸目の青年がやたらと慌ただしく、息を切らしてエレベーターに乗り込んでくる。


「え、サトル君……どうしたの?」


「助けて欲しいねん!」


 懇願するように、ミカゲに手を合わせる。その顔と関西弁は、映画館の観客の中にいた一人。確か、テツオの真ん前に座っていたはずだ。


「落ち着いて、サトル君。あ、紹介しますね」


 ぜえぜえと呼吸を整えるサトルの背中に手を添えながら、ミカゲはテツオに向き直る。


「後輩天使の新島サトル君です。先日、解析作業を手伝ってくれた内の一人です」


「あ、そうなんですか。大変お世話になりました。これからよろしくお願いしますね」


 軽く会釈すると、サトルの潤んだ瞳が、今度はテツオに注がれる。


「よろしくお願いします、テツ兄……助けて……」


「テツ兄……」


 距離の詰め方が急に近い。末っ子気質なのだろう。

 あどけない顔立ちと良い、生前、愛されて育ってきた生涯が窺える。


「そんな慌ててどうしたんです?」


「それが、えらいことになってもうて……」


 サトルはゴクリと喉を鳴らして、額を腕で拭う。

 そして、意を決したように言うのだ。


「このままじゃ、悪役令嬢がえらいことになってまう!」


    ◇


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