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12.天界散歩①

 ミカゲの話によると、死んですぐにテツオが調査官として異世界転生することになったのは、どうやら人材不足が原因らしい。

 ゆっくり手順を踏んで天界に馴染んだ後に、事前に適正テストを受け、入所試験を兼ねた仕事に至るのが本来の流れであったらしいが。


「あのオークの集落に関しては緊急を要すると判断されたため、適正テストを兼ねてテツオさんに対応してもらいました。なにせ調査官という役職は定着率が低くて……」


 ホテルの廊下を並んで歩きながら、ミカゲが申し訳なさそうに声を落とす。


「誰もやりたがらないの?」


「そうなんです。天界で出来る仕事の中でも、一番大変なので」


「あらまぁ……」


 しかし、テツオはわがままを言うつもりは毛頭ない。人殺しの罪を背負ってるのだから、牢獄に送られるよりは贅沢な末路だろう。


「大変なのは身に染みてわかったけど、俺はちゃんと合格してる? ここから進退が揺らぐのはちょっと凹むよ?」


「安心して下さい。試験官の判断では──」


 ミカゲが突如、言葉を切って「ドゥルルルル」とドラムロールを舌で奏で始めた。


「じゃんッ、おめでとうございます! なんと『S判定』だそうですッ、調査官適正において最高得点が出ています!」


 自分の目に狂いはなかったと、ミカゲがふふんっと誇らしげに胸を張る。

 その様子を見て、テツオは胸を撫で下ろす。

 

「おお……人生で高得点取ったことないから、ちょっと嬉しい」


「む? ちょっとなんですか?」


「これから期待されると思うと気が重いので、喜びと半々ですね」


 ネクタイを整えながら、テツオはそんな弱気な発言を漏らす。

 あのオーク集落は原始的な文明であったから、『嘘』で上手く立ち回れただけだ。

 この先、別世界で同じ立ち回りをしても通用するかどうか。


「気持ちはわかりますが、今は喜びましょうよ。S判定なんて百人に一人いるかどうかですよ?」


「いえーい、よっしゃー、グラッツェーい」


「もう適当なんだから……凄いことなんですよ?」


 呆れるように鼻息を鳴らされるも、テツオは肩をすくめる。

 起床から三〇分も経っていない。感情がまだベッドの上に寝そべってる上に、これが自分の性分なのだから仕方ない。


「うん?」


 そこでふと、テツオの視界に窓の外に景色が目についた。

 そういえば、死後の世界というのはどうなっているのか。


「え……」


 視界に移したその眺め、高層ビルが堂々とちらほらそびえ立っていた。その足元には身覚えるのある牛丼チェーン店の看板に、少し視界を右に移すと、広葉樹が生い茂った一角まである。

 見覚えがある。ビルの配置から御苑まであるとなると──。


「新宿じゃない? 何処からどう見ても」


 モード学園の格子模様を見て捉えて、テツオはミカゲに仰ぐ。


「どういうこと?」


「最近、神様である〈コノハナサクヤヒメ様〉が模様替えしたそうですよ。新宿には花園神社というサクヤ様を祀ってる神社があるので、親しみがあるんじゃないですか?」


 まるで他人事のようにミカゲは言って、エレベーターのボタンを押した。


「コノハナサクヤって日本の神様だよね?」


 朧げなテツオの記憶によると、コノハナサクヤヒメという神は、炎の中で三人の子供を産んだという、とんでもないエピソードを持つ女神だ。

 その理由も常人では理解し難い。妊娠した際、夫である〈ニニギノミコト〉に「本当に俺の子?」と浮気を疑われた結果、「じゃあ燃え盛る産屋で出産してやるよッ、あんたの子供ならあらゆる災いも跳ね除けるはず!」と、産屋に火を放って出産に挑み、無事に元気な三人の子供を産み落として身の潔白を証明したという、異次元な証明を成し遂げた女性だ。


「今やサクヤ様は〝異世界転生所の所長〟ですから、私たち天使にとっては一番上の上司ですね」


「そうなんだ。日本の神様が死後の世界を運営してるのか」


 そこで、テツオが引っかかったのはミカゲと自分のカテゴリーだ。


「天使って日本神話には出てこないよね? なんで俺たちは『天使』なの?」


「海外の異世界転生所の影響が強いですね。『天界で働く死者の読み名を統一しないか?』と協議を重ねた結果です」


「ああ、そうか。ここが日本支部ってことは、アメリカ支部とか海外の異世界転生所もあるんだよね?」


「そうですね。以前、日本では『紳使しんし』と読んでいたそうですが、私がここに来る頃には『天使』になっていました。まあ、外からの影響を取り入れるのも日本らしくて良いんじゃないですか?」


 ミカゲがどこまでも軽く言って、到着したエレベーターに乗り込む。

 テツオも速やかに乗り込んで、壁に背を預けた。


「死後の世界で〝国〟という概念を意識するなんて、夢にも思わなかったな」


「最初の人生で培った価値観が死後もなお強く影響しますからね。棲み分けしないとトラブルが多発するんでしょう」


「そういえば、ミカゲさんは七回も転生してるけど、異世界で送った人生の影響を受けていないの?」


「多少は受けてますけど──『三つ子の魂百まで』って言いますでしょう? どんなに西洋ファンタジー世界で暴れ回っても、根っこはずっと日本人ですね。お米のない人生は耐え難いです」


 そうなんだ、とテツオは相槌を打ちながらも、ずっと疑問に思っていたことをひとつ頭に浮かべる。


「ミカゲさんって──」


 言いかけて、テツオは舌を急停止させた。

 聞いていいものなのか。女性に向かってひどく礼を欠いた質問な気がする。


「なんでしょうか? 七回も転生してるから、心はお婆ちゃんじゃないかって?」


「すごい……心を読まれた……」


「まあ当然、疑問に思うでしょうから」

 

 得意げに言って、ミカゲは揶揄うようにテツオの頬を突く。

 どうやら気にするようなことでもないらしい。


「魂の年齢は肉体に依存するように人間はデザインされています。子供に転生すれば童心が顔を出し、老人に転生すれば達観した視点を得られます。結局、何回転生しようとも、肉体の年齢と社会的な立場で精神の有り様はいくらでも変わります」


「ふむ……じゃあ、今のミカゲさんは?」


「日本で死亡した田中ミカゲ(二七歳)です。どうか、お婆ちゃん扱いはやめてくださいね?」


 釘を刺すように言われ、テツオは申し訳なさそうに頭をわずかに下げる。


「重々承知しました。ピチピチの二十七歳と話すよう、立ち回らさせて頂きます」


「よろしい。まあ、二四歳のときに車に轢かれて、そのまま寝たきりで三年経過した後に死亡したのでね。気持ちは二四歳ですよ?」


 ずしりと重い過去を打ち明けるも、ミカゲに肩を落とす気配はない。

 少し踏み込んでも良さそうな気配だ。


「寝たきりで三年ですか……そこから回復はしなかったんですね」


「はい。不幸なことに、地震の影響で病院が停電しちゃいまして。私に取り付けられていた生命維持装置が切れちゃいましたね」


 語る口調に微塵の影もない。『冷蔵庫の中身が全部ダメになった』くらいの軽さだ。


「っというか、日本での死に方より、勇者として転生したときの方がひどい死に方してますからね」


「聞いても?」


「構いませんよ。モンスターに食べられたこともありますし、教会の司教に毒殺されたことも」


「毒殺? 司教に?」


「魔王を撃ち倒した後、英雄となりましたから。人々の信仰が私に集中しちゃいまして。その土地で古くから権威を振るっていた宗教団体の司教に毒を盛られちゃいました」


 創作の中でも地球の政治事情でもよく聞く話ではある。既得権益を死守するため、自分たちを脅かす人物を殺害してしまうというのは。


「凄いね……そんなひどい殺され方してるのに、異世界転生し続けてたんでしょう? トラウマになったり、人間不信になったりしないの?」


「悪意ある人間も山ほどいますけど、心優しい人もたくさんいますから。そんな人たちの助けになれるのは、素直に嬉しいんです」


 後光に照らされるような笑顔を浮かべて、ミカゲは自身の胸にそっと手を添える。

 まぶしい。あまりにもミカゲは輝いている。卑屈なテツオは、肉体が溶けてゆくような錯覚に陥る。


「純粋に羨ましいです。そんな前向きに世界を見れるのは」


「ふふふっ、テツオさんももう私の相方ですから。覚悟してくださいね? 前向きにならざるおえませんから」


「調査官の仕事が大変過ぎて?」


「さあ? どうでしょうかね」


 ミカゲがイタズラに笑うと、丁度エレベーターが停止した。

 

 

    ◇


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