王都騒乱(6)
なんとか黒ローブの男たちをまいたその足で知り合いの家に向かう。
人目をしのびながら扉を叩く。しばらく叩き続けていると中から不機嫌だとすぐに分かる声がする。
「だれだ」
その声と同時にドアが開く。目の前には怪訝な顔をした魔術師の証である黒いローブを着た人物が立っていた。
「よ、キスト」
「む、テッドか。どうした?」
「ちょっーーと込み入った訳があるんだ。とりあえず入れてくれないか?」
「……また、なのか? ……まあいい」
「悪いな。連れもいる」
戸をくぐりながら後ろを指差す。
「あ、あのテッドさん、良いんですか?」
「うん? 何が?」
「その、お邪魔しても……」
「ああ、気にすんな。良いから早く入れよ」
「おい、きちんと説明はしろ」
「ま、話は中でさせてくれ」
そう言って中に入る。
「まあいい。とりあえず入れ」
「お邪魔します…」
向かい合わせで椅子に腰をかける。
「それで? こんな時間にボクを訪ねてくるんだ。一体どんな事情なんだ?」
「それなんだがな、先に謝っておこう。すまん」
「やっぱりまたか……」
「あー、まぁ、そうだ」
「まさかまたどこぞの盗賊団にさらわれた家族を助けに行くとかか?」
「いや、違う」
「なら再び悪徳金貸しへの借金返済に困った娘に泣きつかれたとかか!?」
「そんなんあったか?」
「助けた女にデレデレしてただろ!」
「え~、あ、うん、あったあった。いやいや、違う。また別だ」
「なら」
「まぁ、とにかく落ち着いて話を聞けよ」
ようやくキストが黙って話を聞く態勢になる。
「まずはこの娘の紹介からだ。この娘はサリーといって……」
「まさかお前の、こ、恋人じゃないだろうな!?」
「なんでそうなる!?」
「い、いや、違うなら良いんだ」
まったく落ち着いて説明させろよな、とぼやきながらコホンと咳払いをして気を取り直してから話を再開させる。
「実はな、こいつは……」
「ま、待ってください、テッドさん」
「ん?」
隣りに座るサリーからなぜか制止の声が上がる。
「まさか、全部話すつもりですか、この方に!」
「まぁ、俺が一番信頼する相棒みたいなやつだし」
「魔術師といっても女性ですよ!?」
そう、キストは魔術師に多い女だ。ただし実戦経験が不足がちで理論重視の魔術師とは違い、腕はずば抜けて良い。いわゆる『天才』というやつだ。今まで色々と厄介な事件に協力――巻き込んだともいう――をしてくれてその実力はよく知っていて、かつ、下手すると騎士団にも宰相派の手が回っているかもしれない現状では一番信頼できるやつなのだ。
「だが腕は良いぞ。それになにより信頼できる。騎士団には頼れない以上こいつの助力が無いとこれからが厳しい」
「ですが……」
「ふん、なにやら色々とありそうだな。テッド、良いから話せ。ボクは協力してやるから」
「な? キストもこう言ってるし」
「……はい」
そうしてキストにこれまでの経緯を話した。
「また厄介な……」
「まぁ、そういうな」
「いいや、毎度毎度キミはどうしてそう厄介ごとにばかり首をつっこむんだ!! しかも相手は女性ばかり」
キストが立ち上がってこちらを指さしながらまくしたてる。
「たまたま関わったやつが厄介ごとなだけだ」
「たまたま? ふうん、そうかキミはたまたまで盗賊団と戦い、悪徳金貸しの用心棒と大立ち回りをしたりするのか」
「う……、いや、それはだな……そう! 運が悪かっただけだ。きっともう少し上手くやってたら穏便にいってたんだって」
「確かに運は悪いだろうね。普通はそんなことばっかりに巻き込まれたりはしないからな。 それもこれもキミが変なことにばかり関わるからだ」
「な! じゃあ放っておけって言うのか?」
「いや、別にそこまで言ってないだろ」
「大体俺だけが悪いみたいな言い方してるけどお前だって俺のこと色々厄介ごとに巻き込むじゃねーか!」
「な、なにを……」
「お前だって表に出てこない魔術書を追ったりするのに裏のマーケットに潜入したり、精霊の支配する霊山に登ったりしたじゃねーか!」
「いつもいつも巻き込まれてばかりだからたまには構わないだろ!」
「そんなのが言い訳になるか! それに困ってるやつを放っておけないだろ」
「ふん、それより彼女だ。何かアテはあるのか?」
「いや、実はまだあまり話を聞けてなくてな。それについさっきおそらく宰相の手の者だと思われるやつらに襲われたんだ」
「そういうことは先に言え! ……それで、アテはあるのか、えーと、王女……様?」
「サリーと呼び捨てで結構です。アテは……ひとつだけあります」
「どこだ?」
「カロリングです」
「カロリング……たしか王都から東に馬で5,6日ぐらいの伯爵領だったか……?」
「そうなんですか?」
「知らないのか?」
「は、はい。あのドーラが逃げる前にそう言っていて……」
「ドーラとは?」
「あ、ドーラ=フォワといって私の付き人のようなものをしてくれていました。最初に襲われた時に身を呈して足止めをしてくれたおかげで逃げることができたんです」
「そうか……」
「あ、でもきっと大丈夫です。護身の心得があると言ってましたし」
「ああ、きっと無事だ」
「ならひとまずカロリングに行くということで良い?」
「あの、キストさん……本当に良いんですか? きっとご迷惑をかけてしまいます」
「別に構わない。巻き込まれるのも物騒な目に合うのもテッドのせいで慣れてる」
「でも……」
「良いから、気にしなくていい」
「……はい」
それにテッドと二人きりで旅なんかさせられないからな、と小声でいうがサリーにははっきりとは聞こえなかったようだ。
「あの、なにか?」
「い!? いや、なにも!」
「そうですか……。あのお二人とも本当にありがとうございます!」
そう言って勢い良く頭を下げるサリーに俺たちは
「その言葉はこの事態が解決してからだ」
「ああ」
と声をかけこれからの予定を決めていった。ひと通り決め終わると結構ないい時間になっていた。
「とりあえず今日はもう寝よう。追手はどうにか撒けたみたいだから敵もすぐに襲撃はしてこれないだろうし、俺も警戒はしておくから」
「出発は明日の夜がいい。人目につかないように出れる」
「そうだな」
そう言って今日は寝ることにする。