王都騒乱(4)
家につきベッドに少女をうつ伏せで寝かせる。
治療のため治療のため、とつぶやきながらローブを脱がし、血で染まった服を切りとる。
あらわれた背中は左肩から真下に腰の少し上辺りまで大きく切り裂かれていた。
記憶の片隅から<治癒の律>を引っ張り出しながら指先に魔素を集め<陣>を描き、<呪>を合わせて唱える。<陣>を構成する魔素から溢れる光量が少しずつ増す。
<陣>を構築し終わり、最後に鍵となる<呪>を唱えると陣から溢れる光が爆発的に増し、そのまぶしさに目を伏せる。やがて光が消えると血で汚れているが傷の無くなった真っ白の肌が見えた。久しぶりに使った魔術だったのでいまいち自信が無かったがどうやらうまく働いたことに安堵して息をつく。
布と水桶を用意し水で濡らした布で血をぬぐうと背中の首の下あたりに丸い焼印が見えた。それを見た瞬間、脳裏にある話がよぎった。
まさかと思いつつ血をぬぐいきり傷薬を塗り込み、包帯をまいて布団をかぶせた。片付けを手早く終わらせるとようやく人心地つけたので寝ている少女を観察する。
年の頃は14,5歳ぐらいだろうか。血で多少は汚れているが豊かな長い金髪に長いまつ毛。唇はぷっくりと赤くこれぞ美少女、と言っても良いぐらい顔は整っている。
抱えたときの感触からして手足はすらっと長いが体型の方はまだまだ将来に期待だろうとなんともなしに考える。
一息つくととたんに眠気が襲ってきた。昼間の訓練に加えて酒も入っていたしその上久しぶりの魔術の行使で眠気を自覚するとドンドン眠気が大きくなる。
寝台はワケあり少女で埋まってしまっているので仕方なく長椅子で寝ることにして部屋をあとにした。
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翌朝、窓から入ってきた光が眩しくなり目が覚めて明るさから逃れるために寝返りを打ったが大して幅も広くもない長椅子の上だということを忘れてそんな動きをすればどうなるかというと。
当然そのまま床に落ちた。
しかもちょうど鼻をぶつけてしまった。なんとも強烈な目覚ましをくらった俺はうめきながらぶつけた鼻の頭を撫でつつ立ち上がる。起きたての頭がようやく働きだして昨日の出来事を思い出した。
慌てて昨日の少女の様子を見に行くと昨日寝かせた格好のままだった。
少女の顔を覗き込むと昨日よりはだいぶ顔色が良くなっている。それでもかなり血を流していたようだったのでしばらく目は覚まさないだろうなと思い、さてこれからどうするかと考えた。
ちょうど今日は非番の日だ。足りないものも足しておいた方が良さそうなものもあるから市場へ買いに行こうと思い、俺がいない間に万が一少女が起きた時のことを考えて書き置きを残して出かけることを決めて準備を始めた。
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必要なものを買い、忘れたものが無いのを確認してから市場から帰って来てもまだ少女は寝ていた。買ってきたものを片付けてしまえば特にすることもないので少女の隣で剣や鎧の手入れをすることにした。
ちょうど鎧を片付け終わった時に少女が目を覚ました。
「目は覚めた? 気分はどう?」
まだ少し意識がはっきりしないらしく目を瞬かせている。そして部屋を見渡すと
「あの……、ここは?」
と不安げな様子で聞いてくるので、
「俺の家だよ。大丈夫、他の人には知られてないし、肩の傷の手当もなんとかできたから」
と答えると少女の強ばっていた顔が緩んだ。
「良かった…」
そう言うと少し慌てて
「あ、あの、あなたは……?」
「俺はテッド、一応、これでも王国騎士団に所属しているから安心して。君に危害を加えるつもりなんてないから」
少女を安心させるように笑顔を浮かべながら答える。
「えっと、助けて下さいましてありがとうございます、テッド様」
「な、テッド様だなんていいよ」
呼ばれたことの無い呼ばれ方をしたので少し慌ててしまった。
「それより、君の名前は?」
「サリー、と言います」
「そう、じゃあサリー。起き上がれそう? 肩の傷は一応<治癒の律>でふさいでおいたけど」
そう聞くとサリーが起き上がろうとしたので傷のあった場所に触れないように背中に左手を回して支え、右手で彼女の手を持って引っ張るとゆっくりとではあるが、起き上がれた。
「うん、大丈夫そうだね。痛みが残っているかもしれないけど、しばらくしたら消えると思うからから」
「本当にありがとうございます」
「いや、別にかまわないさ。じゃ、俺は何か食べられるものを持ってくるよ。少し待ってて」
と部屋を出て用意しておいたスープを持ってくるため部屋を出る。
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食事が終わり、彼女の隣に椅子を置いて座り、聞きたかったことを聞く。
「さて、一つ聞きたいんだけど。君はどうしてあそこで倒れていたんだい? それもあんな傷を負って」
そう聞くと顔を曇らせ、うつむいてしまった。
「もしかして背中の印が関係すること?」
それを聞いた瞬間伏せていた顔を勢い良く上げ、驚いた顔を向けてきた。
「悪いけど、治療するときに見てしまったよ。しかし、その反応を見るとどうやら君は王族だね、しかも直系の」
そう、背中の焼印は王家のしかも直系を表す印なのだ。ここサリル王国では王族は5歳になると背中に王家の証明として焼印を入れる。紋様は両親――つまり今代であれば君主である女王とその夫――の文様を半分ずつ受け継がれるが、その紋様は秘中の秘でありごく限られた人物しか見ることは許されないのだ。
「あの……、この事は!」
「大丈夫、言い触らしたりはしないし、暗くてしっかりとは見れなくてどんな紋様だったかは憶えてないから。けどこれは言葉遣いを直した方が良いかな?」
思いつめた様子の少女を落ち着かせるよう冗談めかして言う。
「い、いえ、そんな普通に話して下さって結構です」
そう言って少し荒くなった彼女の息が落ち着くのを待って切り出す。
「だけど、それならなおさら分からないな、君があそこで倒れていたのが。護衛の人はいないのか? そもそもなぜ襲われてあんな所で倒れていたんだ?」
しかしその言葉に彼女は顔を伏せる。
「事情があるみたいだね。この分なら騎士団に知らせるのもやめておいた方が良さそうだね。ま、昨日使った<治癒の律>は体の魔素を消費してしまうから2,3日は安静にしておいた方が良いよ」
「いえ、ご迷惑になってしないますのですぐに出ていきます。本当にお世話になりました。いつか必ずこの恩は……」
そう言いながら寝台から降りようとするが、上手く立てずに倒れこみそうになるのを支えて、
「無理だよ。昨日の今日で動けるわけがない。おとなしく寝てないと」
サリーがベッドに戻るのを支える。きちんと寝台に入れ、布団をかけ直す。
「とりあえず、大人しく寝ておきなよ。大丈夫、誰にも言わない。荒事になっても騎士だからそっちは慣れてるし、あんまり強くはないんだけどね」
そういうと彼女は不安げな顔になった。
「それとも俺が怖い? もしかしたら襲ってくるんじゃないかと」
「い、いえ、それは無いです」
「なら、もうこの話は終わり。大人しく寝てなさい」
そう言って話はもう終わり、とばかりに手をたたいて立ち上がり椅子を持って歩き出す。部屋を出るところで振り返って笑いながら少女に向かって言う。
「あ、そうそう。もし何も言わないでここからいなくなったら騎士団に言って君を探してもらうから、勝手にいなくならないように」
そうして返事を待たずに前を向き出て行く。
読んで下さりありがとうございました。
次話もなるべく早く投稿できるよう頑張ります。