王都騒乱(3)
いつものご飯どころから家に帰るために市場を抜ける。満腹で少しほろ酔いになり気分が少し高揚している。
ふと、歩きながら鍛錬場での先輩騎士からの言葉を考えた。
宝珠を使わない。
たしかに他の騎士たちに比べて大きく劣るところだ。
宝珠を使えば過去の優れた剣士の力がすぐ手に入る。サキルがいい例だ。あいつの持っている宝珠は200年ほど前の100人斬りをしたといわれる剣豪ー百斬士ーが死んだ時に生まれた宝珠らしい。
まぁ、俺も一応宝珠を持っていることは持っている。とは言っても元は親父だ。百斬士とは比べものにならないが子供ながらに親父は強かったと思っている。その親父が死んだ 時にできたのが今も持っているこの宝珠だが、もう親父の力は手に入らない。
細かく言えば俺限定で手に入らない。宝珠の不思議な性質として一度でも装備しながらも、発動させないまま鍛錬やある一定の行動をとってしまうと宝珠はその使い手に対して効果を発揮しなくなるというのがある。
まぁ、例えそうじゃなかったとしても親父の教えの通り律し切れるだけの力は使わないが。
とにかくそのせいで俺は宝珠の恩恵を受けることがない。
いや、受けることができない。
そのことは5年前に騎士となった時から思い知らされているのでもう割り切ってはいる。
だがあまりにも他の騎士たちよりも劣るならば足を引っ張りかねない。
しかしどうしても自分の力以外の力には頼りたくないという思いも忘れることができない。
そんなことを悩みながら歩いていると市場の店から声がかかった。
「よう、テッド!浮かない顔してるな。またサキルにでも打ちのめされたのか?」
嫌なことを大きな声で言うオヤジである。大きくするのは店ぐらいにしやがれ。しかも当たっているからなお腹立たしい。
などと仏頂面を深くしながらなにも答えないでいると
「お? 当たりか。こりゃすまん。ま、これでも食べて機嫌直せや」
といって売り物のワゴリの実を投げてきた。
「おいおい、いいのかよ。売りもんだろ?」
「なぁに、一つや二つぐらいやったってかまうもんか、。売るほどあるし、それにお前さんにならやったってバチは当たんねぇーさ。むしろやらなきゃバチが当たる」
「まったく、あの時助けたのはたまたまなんだから別にいいのに」
「いや、忘れねえさ」
まったく義理堅い親父である。だが昔いた隊商のオヤジもこんなんだったな、と俺は妙に嬉しくなりありがたく頂戴することにした。
「そーかい、じゃ、貰っとくよ」
「おう、気ぃつけて帰れよ」
「あんがとよ」
結局考えていたことをすっかり忘れ、ワゴリの実を食べながら再び満月の光の下歩きだした。店主と別れてしばらくしてから家への近道になる路地裏の入り口にさしかった。
王都とはいえ、いや王都だからこそ光の届かぬところは多く、またその闇は深い。
そのことを仕事柄よく知っている俺は気を引き締め直し剣の柄をいつでも握れるようにしてから入る。
月明かりが照らす中、両側に続くまっすぐな土壁の先の三叉路がありそこには木箱が積み重なっている。
物陰からの襲撃を警戒しながら通り過ぎる。
気配がしたので、目を向けてみると黒い物体がゆっくりと上下しているのが見えた。
なんだろうと思い目を凝らす。
人だ。
しかも今まで気付かなかったが血のにおいがする。
慌てて近寄るとはっきりと見えてくる。
その子ーどうやら女の子のようだーは黒のローブを着てうつぶせで倒れており、傷を負っているようだ。
焦って声を掛けるとわずかに反応がある。
医者に連れて行こうと彼女を抱きかかえるとかぶっていたフードが外れ、ひとまとめにされた長い金髪がこぼれ落ち、わずかに意識が戻ったようだ。
「おい! 大丈夫か? すぐに医者に連れていってやるからな」
すると少女は薄く目を開いて
「だ、駄目。人目につくのは」
「な、バカなことを言うな! この傷は医者に見せないと」
「お、お願い」
そう言うと少女腕を強くつかんだが力尽きたのか全身から力が抜けてぐったりとした。
どうするか迷う。少女の言葉を心苦しいが無視するのもありだがどうも様子がおかしい。あまりにも切羽詰っている。
見たところ少女の傷は深いが、家に戻ればなんとか自分の魔術により手当できないこともなさそうだ。手に負えなくなれば躊躇なく医者に見せることにすると少女を抱き上げ、暗い夜道を走り出す。
アクセス解析を見ると読んでいただいている方がいました。
感謝感激です。続きもがんばりますのでよろしくお願いします。