プロローグ
セールスマンとして働いている俺は、日曜の昼過ぎに
目を覚ました。
「休日寝て過ごすだけって…虚しすぎるよな」
破けたり、黄ばんでいる毛布を押し退けてテーブルにあるタバコに火を付ける。
思い返せば、仕事は俺にとってクソみたいな物だ。
詐欺紛いの事を求められるし、ノルマを達成しないとゴミも同然。その上、人間関係にも配慮しないと行けない。
「…甘味でも食べに行こうかな。」
嫌な考えを払拭しようと、心機一転して出かけようと言う思いに話題を切り替える。
充実は無かったが、無為に金は貯まった。
使う時間が無いので、それも当たり前ではあるのだが………着っぱなしだったよれよれのスーツを片付けて、学生時代から使っていた黒一色のジャージへと着替える。
いつもより気力があったので、久々に出かけてみる事にした。
仕事に追い立てられ、その忙しさで好きな事が出来なくなってしまったが、その中でも未だに続いているのはスイーツ巡りだ。
ただ年齢が年齢なので量は食べられない、すごく悲しい事だ。
「若い内にもっと食べときゃ良かったなぁ…」
住宅街から出てしばらくした所の商店街。うっすらと無精髭が生えた自分の顎を撫でながら呟く。
こういう時に決まって行くのは、スイーツビュフェやカフェでは無く、そこら辺のコンビニだ。
貯まっている金は、臆病にも近い慎重さが邪魔して中々使う事ができない。
その慎重さは、人生から勇気を奪っていた。
「はぁ〜〜〜…」
人生の愁いの全てを込めた、深い、深いため息を空気が尽きるまで吐き出した瞬間だった。
「あっ────?」
目の前の光景が急激に回転して、逆さまになっている。
体が鞭打たれた様に痛く、
息を吸い込む事が難しい。
寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。
熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。
酷く混濁した思考と、体の血管全部をハンマーで叩き潰された様な激しい痛み。胃液が喉元まで差し迫っている不快感と吐き気と内臓の全てが疲れ切っている感覚。
周囲の音や、目に見えている物が何かを判断する余裕も無く、無意味な情報の羅列としてしか処理されない。
─────あ。これ、俺が倒れたんだ。
胃液と、自分の血液が混ざった液体が手にへばり付く感覚を確かに感じながら、迫りくる睡魔に身を任せ、眠りについた。
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「昨日。8月7日午後3時15分。神戸市垂水区に住んでいる45歳男性が、死亡しました。
近場にも犯行が確認されており、現在警察は無差別通り魔殺人事件として調査を進めて─────」
真っ黒だけど、なぜか明るさを感じる部屋。
座っている椅子は木造で雑な造り、座り心地は悪い。
目の前に置かれているのはブラウン管テレビ。今どき古物を使っている物好きもいるんだなぁ、とぼんやりとした感想が浮かんでくる。
通り魔に殺された被害者…として映し出されているのは、間違い無く俺だ。
ニュースは延々と繰り返し再生され、かれこれ15時間ほど聞かされている気がする。
それで分かった事なのだが、俺はまず通り魔に刺されてしまったらしい事…と。
死んだ後は天国でも地獄でも無く、かと言えば冥府でも煉獄でも破滅でも無く…この不思議空間で一生こうする定めらしい事。
──────俺は一体、どうなってしまうのか。