4 山奥の旅館へ(1)
「送ってくれてありがとうございました~~では、伊月さん、巧さん、お気をつけて~~」
三人で、巧の行きつけだという小料理屋で食事を済ませ、野宮を家に送ると、随分と遅い時間になっていた。どうやら、旅館には巧の運転で行くようだった。てっきり電車で行くと思っていたので、車で行くと聞いて驚いてしまった。だが、車で行くということは、案外近いのかもしれない。伊月は、普段は電車や飛行機ばかりなので、車での移動は新鮮だった。
食事を済ませて、お腹も満たされている。しかも、快適な温度の車内で感じる心地よい揺れ。加えて、伊月は最近、残業続きで、寝不足だった。
「ふぁ」
伊月は、片手を口元に当てて、小さくあくびをした。すると、巧はそれに気づいていたようで、上機嫌に答えた。
「着くまで寝ててもいいですよ」
寝ててもいいとは言われても、さすがに運転している人間の隣で眠るのは、憚られる。しかも相手は、一応他部署の上司だ。
「さすがにそれは……」
伊月の言葉に、巧が少し笑いながら言った。
「実は、さっきまで仮眠してたので、俺は眠くないんですよ。それに、着いたら大変かもしれませんよ?」
商品開発部のフロアには、仮眠室があり、誰でも使うことができる。巧もよくそこを使っているようなので、今日も寝ていたのかもしれない。
それに、自分たちは、まだ見ぬ薬草を探しに行くのだ。確かに大変だろう。それならば、今は移動なので、少しでも休んでいた方がお互いのためかもしれない。
「……では、失礼します」
「はい。おやすみなさい」
伊月は、巧に遠慮することなく目を閉じた。起きたら、薬草探しが待っているというのなら、ここで遠慮するのは、むしろ迷惑をかけることになる。
伊月は、残業続きで疲れていたこともあり、そのまま助手席で意識を失うように眠りについたのだった。
◇
「ん?」
わずかな陽の光と揺れを感じて、伊月が目を開けた。車はくねくねとした山道に入ったようだった。
ふと、時計を見ると、6時だった。確か、食事を終えて、野宮を送った時には、22時過ぎだったので、もう8時間も車に乗っていることになる。ふと、ドリンクホルダーを見ると、コンビニなどで買うことのできるコーヒーカップが数個おいてあり、ガソリンのメーターを見ると、半分くらいだったガソリンが満タンに近くなっていた。もしかしたら、途中で何度か休憩したのかもしれない。
(全く気付くことなく眠っていたのか……)
すぐ着くかと思っていたのに、どうやら、そうではなかったようだ。伊月は、これまで自分が全く目を覚まさなかったことが、恥ずかしく思えた。
「おはよう。もう少しで着くけど……車酔いしたら言ってね」
巧が、運転しながら声をかけた。
「え? はい」
道は、一車線しかない。反対方向から車が来たら、所々広くなっている場所で待機して、離合するしかないだろう。しかもかなり急なカーブなどもある。この辺りは深い森になっているようだ。広葉樹と針葉樹がバランスよく生えていた。これは意図的に整えられているのだろうか? それとも森の自然な姿なのだろうか? 伊月は窓から見える光景を見ながら、少しだけ不安になっていた。
(こんなところに旅館なんて、本当にあるのか?)
伊月は不安になりながらも、黙って座って窓からの景色を見ていたのだった。
しばらくすると、キレイに整えられた道になり、こんな山奥に不似合いなほど鉄筋コンクリートの頑丈そうな建物が見えた。
もしかして、この建物が旅館なのだろうか?
木造建築の情緒ある建物を想像していたので、伊月は少し驚いてしまった。
伊月が、建物を見ていると巧は、建物の中に車のままで入って行った。そして、『三』と書かれている扉の前に着くと、車の窓を開けて、呼び出し音のようなボタンを押した。
ブー。
ブザーのような、一瞬驚くような音が響いて、少しすると、インターフォンから『鳴滝様でございますね』とい声が聞こえた。
「はい、鳴滝です」
巧がそう答えると、大きな扉が開いた。
『お車のまま、中へどうぞ』
そう言われて、巧は、車のまま扉の中に入った。すると、ガチャリと車の中にいた伊月にでさえわかるほど大きな音が響いた。どうやら、カギがかったようだった。
「さぁ、降りようか?」
「はい」
巧に言われて、車を降りると、大きなモニターに若女将と思われる人物の映像が流れ始めた。
『いらっしゃいませ。当館でおくつろぎ頂くために、いくつかの注意事項がありますので、そちらに同意して頂ける方のみ、当館にご案内いたします』
伊月はまるで、テーマパークのような場所で少し不安になった。するとこれまで視界に入らなかった場所が、光ったかと思うと、ロボットがこちらにやってきた。
ロボットは、両手にトレーのような物を乗せている。
伊月が不思議に思っていると、画面の中の人物が説明を始めた。
『当館は、お客様同士のプライバシーを保持するため、映像や音声記録機能付きの機器を持ち込むことはできません』
「え?」
伊月は思わず声を上げた。つまり、旅館にスマホなどを持ち込めないということだ。
「ボイスレコーダーもダメってことでしょうか?」
伊月が、隣に立っている巧に尋ねると、巧が困ったように言った。
「ん~~そうかもね~~」
俺たちは話をしていたが、映像の中の人物は、そんな俺たちに構うことなく話を続けていた。
『そちらのロボットのトレーの上に電子機器を置いて、ロボットを見つめて下さい。顔認証いたします』
そこまで言うと、映像が途切れた。
伊月が戸惑っていると、巧はポケットから、スマホを取り出すと、ロボットの持つトレーの上に置いて、伊月を見ると、困ったように言った。
「郷に入っては郷に従えっていうしね」
そして、ロボットの瞳を見つめた。すると、ロボットの瞳が緑色に代わり、『認証完了』と言った。
伊月は、しばらく悩んで、スマホの電源を落とすと、ロボットの持つトレーの上にスマホとボイスレコーダーを置きながら言った。
「はぁ~虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言いますしね」
そして、ロボットの瞳を見つめると、ロボットは巧の時と同じように『認証完了』と言った。
その後、ロボットは、大きな金庫のような場所に向かうと、金庫の中にスマホを入れた。
するとまたしても映像が流れ出した。
どうやら、ロボットが所定の動きをすると映像が流れ始めるようにプログラミングされているようだった。
『それでは、お客様のお荷物をロボットにお預け下さい』
すると、ロボットが今度は大きな箱を持ってやって来た。
巧と伊月がそれぞれの荷物をロボットに預けると、ピーという警告音が鳴った。
すると、ロボットが、『映像記録機能付き機器感知』と言った。
「え? なんだろう?」
巧が首を傾けていると、伊月が思わず声を上げた。
「あ!! そうだ。私、鞄にデジカメが入っていました」
伊月は自分の鞄を開けると、普段は使わない鞄のポケットに入れているデジカメを取り出した。
最近はスマホばかり使っているので、忘れていたが、資料として画像が必要な時は、デジカメを使って撮影しているのだ。
伊月が鞄からデジカメを取り出すと、ロボットが『金庫へ入れて下さい』と言った。そして、金庫の場所が光った。伊月は、金庫に向かい、金庫の前に立つと、ガチャとカギが開いて、伊月のスマホが見えた。どうやら、顔がカギになっているようだ。伊月は、デジカメを金庫に入れると、自動で扉がしまりガチャリとカギが閉まった。
伊月はこんな山奥にこれだけの施設があることに驚いてしまった。
カギが閉まるとまたしても、映像が流れた。
『それでは、お待たせ致しました。ようこそ、#五更__ごこう__#館へ』
映像が映し出されていたモニターが上に上がると同時に、奥の扉がゆっくりと開いたのだった。