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「今更だけれど……ごめんなさいね……香さん」
京香が、奥野夫人を見て申し訳なさそうに言った。伊月は奥野夫人の名前は香さんというのだと初めて知った。
「いえ……仕方のないことですから……」
伊月は、2人のただならぬ気配に、何も言えずにいた。伊月が所在なくしていると、京香が困ったように言った。
「伊月さんたち、見てたのでしょ? 私たちのこと……」
一瞬で、伊月は京香の言っていることが、奥野と京香が部屋に入って行ったことだと勘づいた。
「はい……」
伊月も小さく頷いた。
「私と、美香さんは……奥野家に徹さんの子供を産んで欲しいって頼まれていたの」
「え?」
衝撃だった。
奥野には、美しい奥様がいるのに、不倫をするなんてと思っていたが……どうやら、仕組まれたことだったようだ。
「奥野家の跡取りは、代々優秀な遺伝子を残すことを義務付けられているの。それで、顔の綺麗な香さん、才女の美香さん、画家であり、音楽家の私が、徹さんの相手に選ばれたの。美香さんは、本気だったみたいだけど」
京香の言葉に、香は目を臥せていたが、否定はしなかった。
「話過ぎたみたいね。そろそろ行くわ」
京香は、そう言うと、部屋に戻って行った。伊月が、どうしようかと迷っていうと、奥野夫人である香が立ち上がった。
「私もそろそろ失礼します」
伊月は、座ったまま京香と香を見送った。
「優秀な遺伝子か……」
「ふぅ~~バカバカしいな」
「わっ!!」
いつの間にか伊月の隣には、巧が座っていた。
「突然、どうしたんですか?」
「ん~~? 起きたら、伊月さんがいなかったからさ、ここかな~って思って来たら、なんだか深刻そうな話をしていたから」
巧が、空を見上げて言った。
「優秀な遺伝を残すことが義務って……生命って機械じゃないのにね……」
巧の横顔が切なそうで、伊月は思わず小声で「そうですね」と言った。
「ところで巧さん、一体どうしたのですか?」
「ああ、昨日の場所さちょっと気になってさ……」
「気になるですか?」
伊月が首を傾けると、巧が困ったように言った。
「いやね、違和感を感じるんだけど、それがなんだかわからなくてさ」
「なるほど……」
「う~~ん。暗かったかったしさ……もう一度、現場を見に行かない?」
「はい」
こうして、伊月と巧は、もう一度崖に行ってみることにした。
整備された庭から森に変わろうという場所で、伊月はふと立ち止まった。
「そういえば、この辺りで、美香さんの後ろ姿を見たんですよね」
「ん~~でも、俺には白い布のような物が一瞬見えただけだったからな……」
伊月はそう言われて、「そう言えば、私もそうかもしれません」と言った。
「伊月さん、あれ」
「え?」
巧に言われて、伊月が木を見上げると、木に紐などが擦れたような跡がついていた。
「これはロープの擦れた跡……しかもまだ新しい」
「そうですね……これは?」
伊月も巧の見つめたロープ跡を見ながら言った。
「ん~~この傷の付き方は人力じゃなさそうだな……何かモーターのような物を使ってロープを引き上げたって感じだけど……」
巧の言葉に、伊月は、呟くように言った。
「そう言えば……昨日、美香さんの元に向かう時にモーター音を聞いたような……俺は、てっきり水を汲み上げる音かと思っていたのですが……」
「モーター音? ん~~必死だったから、覚えてないな……」
「そう……ですか……」
確かに、すぐに止まったが、伊月には確かにモーター音が聞こえた。
伊月が木についた跡を眺めていると、巧が困ったように言った。
「ん~~とりあえず、今は、現場に行ってみよう」
「はい」
伊月と巧は、疑問に思いながらも現場に向かうためにしばらく歩いていると、警察の捜査用のテープが貼られていた。
「入れないみたいですね」
「うん……そうみたいだね……」
警察の捜査が続いているようで、入ることが出来なかった。
ふと近くを見ると、どくだみの群生地があった。
「巧さん、この辺りはどくだみの群生地のようですね」
伊月の言葉に、巧が唸るように言った。
「どくだみか……もしかして!!」
巧は、旅館の方に足を向けた。
「どうしたんですか?」
「いや、旅館の西側に『キクイモ』そして、旅館の東側に『どくだみ』旅館の北側と南側も確認したい」
「はい!!」
伊月と、巧は、旅館の南側に向かった。旅館の南側に付くと、巧が突然、地面を掘り出した。
「あった……地下茎だ……」
巧が、スギナの根を見ながら言った。
「『スギナ』もあったんですね」
「ああ」
これは絶対に偶然ではないだろう。
それから、2人は旅館の北側に向かった。旅館の北側は物置などがあり、バックヤードのようになっていた。
そこで伊月はスリガラスのようになっている物置小屋の中に、見覚えのある模様を見つけた。
「これ……京介のパラグライダー」
京介はパラグライダー仲間だ。だから、ここにパラグライダーが保管してあっても何も不思議はない。だが、なぜだろう……伊月にはなぜかそのパラグライダーがとても気になった。
「伊月さん、見つけた!! クコだ」
「あ、はい」
伊月は心に引っかかりを感じながら、巧の元に向かったのだった。




