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社畜は現在ミステリー中!!  作者: たぬきち25番
会員制高級旅館殺人事件

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20/24

19 様々な可能性


「はぁ、はぁ、はぁ」


 3人が全力で美香の走って行った方向に向かうと、腰くらいの高さの柵があった。

 伊月たちは、柵から身を乗り出して下を見て大きな声を上げた。


「美香さん!!」


 伊月が下に降りることが出来そうな道を探していると、京介が声を上げた。


「こっちです!!」


 そうして、伊月と巧は京介について行った。

 崖の高さは3階建てのビルと言う雰囲気だった。

 すると、美香の周りには血痕が広がり、すでに亡くなっているようだった。


「美香さん……」


 伊月がふらりとしながら呟くと、巧が伊月の肩を支えながら、京介に向かって言った。


「すぐに警察に連絡を」

「はい」


 この辺りは、岩場になっていて、植物はあまり生えていなかった。

 ふと、美香の足元に枯草のような草があった。


(これ……どこから)


 伊月が辺りを見回していると、連絡をするために上に向かった京介が声を上げた。


「鳴滝様、これ!!」

 

 伊月と巧は顔を見合わせて、崖の上に戻ると、先ほど伊月たちが立っていた場所から少し離れた場所に、何かが置いてあった。


 美香の物と思われる靴と、銀の指輪が置いてあった。


「これ…自殺でしょうか?」


 京介の言葉に伊月と巧も頷いた。


「とにかく、連絡を」

「はい」


 こうして伊月たちは、警察に連絡するために旅館に戻ったのだった。

 


☆==☆==



 その後、すぐに警察が来て、伊月や巧だけではなく、旅館にいた全員が事情聴取を受けた。

 そして、美香の亡骸は、すぐに解剖に回された。


 警察は事故と事件、自殺の可能性で捜査をしていたが、美香の残した指輪の裏に『T→M』と彫られているのを見て、奥野の後を追い自殺した可能性が高いとみているようだった。また美香が亡くなる直前、美香以外の宿泊者が、皆が同じ場所にいたことから今回の件は自殺の線で捜査をするようだった。


 事情聴取が終わって、伊月と巧が部屋に戻ったのは、深夜を過ぎていた。

 今日は事情聴取もあったので、お風呂の掃除はせずに、一晩中露天風呂に入れることになった。


「伊月さん、大丈夫?」

「はい……」


 伊月は、捜査官の前でだけ身分証を見せて、自分が男性だと伝えた。

 男性だと伝えた時の、捜査官のあのなんとも言えない瞳を思い出すと、胃が痛くなる思いだ。

 

「奥野さんは事故、美香さんは自殺……なんだか信じられないな」


 巧がソファーに座り込みながら言った。


「そうですね……今朝まで……お2人ともお元気そうでしたしね」


 伊月は、深い溜息をついた。

 

「化粧落としてあげるよ。今日は、お風呂入って寝よう」

「はい」


 伊月は、巧に化粧を落としてもらって、もう遅い時間なので、巧と一緒に露天風呂に行った。

 身体を洗って、湯舟に浸かると月が出ていた。


「今日の月は、九日月だな」


 巧が空を見上げながら言った。


「へぇ~今日は九日月か……そう言えば、今年の八十八夜の日ってこんな月でしたよね……俺、静岡のお茶農家さんで行われた八十八夜の茶摘みに体験に参加した日、久しぶりに宿泊先のホテルで、ゆっくりと月を眺めたんで覚えてるんですよね……」


 伊月は巧から『八十八夜に日に摘まれたお茶の葉を持って来てほしい』という依頼を受けて、静岡までお茶摘みに行ってきたのだ。


「ああ、その節はどうも、ありがとう!! でもね~不思議なことに、あの八十八夜の日に摘んだお茶は、少しだけ味にも見た目や、効果にも違いがあったんだよな~~」


 巧は、月を眺めながら言った。


「野菜なんかでも収穫のタイミングによって、栄養が変わるということが書かれた書物にはいくつか出会ったことが……」

「そうか!!」


 巧が伊月の方を見ながら、急に湯舟から立ち上がった。

 伊月の目の前に、巧の裸体が晒されゆらゆらと巧の身体の一部が揺れていた。伊月は、迷惑そうに、眉をしかめながら、巧の前から移動しながら言った。


「突然、どうしたって言うんです?」

「摘むタイミングだよ……寒い……」

「え?」


 巧は再び、湯舟に浸かると伊月を見ながら言った。

 

「タイミングだ。もしかしたら、あの数字と薬草は、薬草を摘むのに一番適した日を示していたのかもしれない」

「え……」


 タイミング……?

 なぜか伊月は、巧の発したタイミングという言葉がいつまでも耳に残っていたのだった。

 


☆==☆==



 次の日、伊月は早く目覚めたので、寝ている巧を起こさないように、奥野夫人に会った庭に向かった。

 庭に出ると、京介が庭園を整えている音が聞こえた。


(いい音だな)


 伊月が、そう思って庭園を歩いていると、昨日伊月が座っていた場所に、奥野夫人の姿を見つけた。


「……おはようございます」


 伊月は、奥野夫人にためらいながらも声をかけた。


「おはようございます」


 奥野夫人は、あいさつを返してくれて、ベンチの端に寄ってくれた。ふと見ると、奥野夫人の手には新聞が握られていた。


「あの……どうぞ」

「ありがとうございます」


 伊月は、奥野夫人の隣に座った。


「昨日は、その精神的にも肉体的にも大変おつらかったと思います。ご気分はいかがですか?」

「そうですね……なんだか昨日の事が夢のようで……まだ実感がありません。戻る前には、しっかりとしたいのですが……」

「いつ、戻られるのですか?」


 伊月の問いかけに、奥野夫人が俯きながら答えた。


「昨日……こちらの旅館で電話をお借りして、お義母様に聞いたら……一週間後のお別れの式まで戻らなくていいって……むしろ、しばらくは戻らないでほしいと言われてしまいました」


 伊月はマズイことを聞いてしまったと後悔した。そして、すぐに話題を変えようとした。


「そうですか……あの、その新聞は?」

「ああ、これは……」


 奥野夫人が今日の新聞を見せてくれた。

 新聞には奥野の事は何一つ書かれていなかった。奥野議員は、テレビだけではなく、雑誌の表紙などを飾ったこともある人気代議士なので、大きな騒ぎになっていると思っていたが、全く取り上げられてはいなかった。

 不倫の末の事故。しかもその不倫相手は、大病院の医院長の娘。大物代議士と有名医院の娘のw不倫。しかも、相手の美香は、自殺……。

 そんなことになれば、これまで築いてきた奥野家の爽やかな政治的なイメージは失墜する。確か奥野議員のご兄弟も政界にいたはずだ。

 それに、石川家にとっても、これは伏せておきたいスキャンダルだろう。

 幸い、2人の亡くなった場所は、情報の遮断された場所。警察関係者がどこかにリークしない限りは、情報は守られるだろう。


「昨日、お義母様に死後離婚のお話をされました」

「死後離婚?」


 伊月は、死後離婚という言葉を初めて聞いた。


「元々、私は徹さんのご両親には歓迎されていませんでしたので、私に奥野家と縁を切ってほしいと言われました」

 

 どうやら死後離婚とは配偶者が亡くなったら、配偶者の実家と縁を切るということらしい。

 伊月は、奥野夫人にかける言葉が見つからなかった。

 するとどこかからフルートの音色が聞こえて来た。


「別れの曲ね」


 奥野夫人が、呟いた。

 その音色はとても気高く、伊月の心にしみ込んでくるようだったのだった。

 


 しばらくして、演奏が終わると、京香がフルートを持って歩いて来た。


「あら? こんなところに人がいたのね」

「素晴らしい演奏でした」


 伊月が、化粧をしていない顔をあまり見せないように控え目に言うと、京香が呟くように言った。


「そうね……やっとあの人から解放されたから……」


 そのセリフの意図がわからずに、伊月はじっと京香を見つめたのだった。









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