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社畜は現在ミステリー中!!  作者: たぬきち25番
会員制高級旅館殺人事件
2/24

1 巻き込まれた社畜(1)



――この会社は鳴滝巧のために作られた……


 そんな噂があるほど、商品開発部は、他の部署とは違う作りになっている。

 ビルのワンフロア全てが商品開発部だ。

 十畳ほどの事務スペース、広い研究室と、巧専用のスペース。

 巧は多くの機密情報を保持しているので、巧専用の個室と研究室も与えられていた。


 これは、巧が鳴滝グループの会長の息子というだけではなく、彼の開発した商品は国内だけではなく、海外でも評価が高く、鳴滝グループの資金作りの一角を担っている重要な人物であるからだ。

 そのことは、巧と一度でも一緒に仕事をした者ならば、誰もがわかることだった。

 あまりにも巧が優秀なので、一部では巧のためにこの会社が作れたという噂まであるほどだ。普段は変人だが、偶に見ることができる巧の才能に触れる度に、伊月も密かに『噂は本当かもしれない』と思っていた。


 そんな巧の個室は、非常に整理整頓されており、ソファーのような物はなく、大きめの事務机と、作りつけの鍵付きの書類棚。そして、シンプルなテーブルと椅子が4脚置いてあるだけだった。

 このシンプルに見える椅子や机も人間工学に基づいたお高い物のようだが、伊月には家具の価値はわからない。ただ、座っていて疲れないということだけは理解できた。


「伊月さ~~ん、これ飲みながら、ちょっと待っててね~~」


 巧は伊月を自分の個室に招くと、自社製品であるアンチエイジングを売りにしている350ミリのペットボトルの『時間、戻っ茶う~~』というお茶を段ボールから無造作に取り出した。

 伊月がここに来ると、いつも座るテーブルの場所に置いた。ちなみにこのお茶は、巧が商品化した物で350ミリなのにワンコインでは買えない、かなり高額なお茶だ。巧はこのお茶を社割を使って、自費で箱買いしている。なぜ、そんなことを伊月が知っているかと言うと、巧に財布を預けられ、毎月のように販売部に出向いて、購入しているのは他ならぬ伊月だからだ。

 一度、巧に『販売部に電話して届けて貰えばいいじゃないか』と言ったのだが、販売部の女性たちが、巧目当てに、誰がお茶を届けるかで壮絶なバトルになったらしく、それ以来、巧は開発サポート部を通してお茶を購入しているらしい。


 伊月はいつもの位置に座ると、遠慮なくお茶を手に取った。


「……頂きます」


 伊月はもちろん、このお茶の価値を知っているので、始めはこれほど高級なお茶を貰うことに戸惑っていた。だが、ここに来ると当たり前のように渡されるので、もう感覚が麻痺してしまった。

 伊月はさっそく巧に貰ったお茶の蓋を開け、ゴクリと飲み込んだ。これだけたくさんの成分が入っているのに、スッキリとして飲みやすい。


(ああ、旨いな……)


 伊月は、無意識に目を閉じた。お茶が、残業続きで疲れた身体に、じんわりと沁み込んでいくような感覚になったのだ。正直に言うと、伊月は、アンチエイジングと言われてもあまり実感はないが、このお茶には、身体をふわりと軽くする癒し効果はあるように感じている。


 伊月がしばらくして、ゆっくりと目を開けると、目の前にニヤニヤと笑う巧の顔があって、慌てて声を上げた。


「わっ!! ちょっと、巧さん。いるなら声かけて下さいよ……突然、音もなく目の前に座っていたら、驚きます」

 

 伊月の言葉を聞いた巧は、頬を緩ませながら、目を細めて、頬杖を付き嬉しそうに言った。


「ん~~? 俺、そんな顔が見たくて、このお茶作ったんだし。目の前で、想定通りの反応をされたら、そりゃ~嬉しくて見るでしょ?」


「……想定通りの反応……」


「そっ! いい顔だったな~~」


 伊月は思わず、巧の言葉を繰り返してしまった。巧の想定する反応とは、自分は一体どんな顔をしていたのだろうか? 恥ずかしいので、今すぐ記憶から消し去って欲しい。だが、そんなことを言っても、無駄なので、伊月は話を逸らすことにした。


「……それで、お話とは?」


 伊月が尋ねると、巧が、テーブルに置かれた、古びているが質のいい蒔絵の書かれた箱の蓋を持ちながら言った。


「伊月さん、これ……見てくれる?」


 巧は、箱を開けると、中から古びた和紙の束のような書物を取り出し、テーブルに置いた。伊月はこぼしたりしないように、お茶を素早く、テーブルから下ろすと、自分の膝の上に置いて、左手で持った。


「……これは?」


 明らかに歴史を感じる書物に、自分が触れて、破いてしまったり落としてしまうと怖くて、伊月は差し出されたが、書物には触れずに尋ねた。すると巧はゆっくりと話を始めた。


「実は江戸時代に……いつまでも容姿が変わらずに、他の人々から化け物扱いされた一族がいたんだけど……」


 江戸時代、化け物扱い?

 いつものように必要な物を取り寄せる仕事の依頼だと思っていたので、伊月は、巧が突然、昔話のような話を始めたことに戸惑ってしまった。だが、巧は真剣な顔をしていたので、伊月も膝の上に乗せているペットボトルを握り締めながら、黙って話を聞くことにした。


「その人たちは、他の村人から化け物扱いされることに耐えられず、人里離れた場所にこっそりと隠れて住んでいたんだけど……最近、その人たちの末裔だという人物の住んでいた蔵の中から、非常に興味深い記録が見つかってね。父がその人物から、この書物を買い上げたんだ」


 巧は非常にあっけらかんとした様子で話をしているが、そんな貴重な情報を入手したというだけでも凄いのに、さらにその貴重な書物まで入手してしまうなど、鳴滝グループの会長は一体、どんな情報網と力を持っているのだろうか? 考えただけで眩暈がする。

 そんな伊月の様子など、構うこともなく、巧は嬉しそうに和紙のページをめくると、ある場所に指を置いた。


「ほらここ」


 巧は嬉しそうに指を差しているが、伊月には波線が引いてあるようにしか見えない。筆で書かれた昔の人の達筆すぎる文字を伊月が理解できるはずもなく、首を傾けながら尋ねた。


「何が書いてあるのですか?」

 

 すると、巧が笑いながら答えた。


「簡単に言うと、『人の時を止める秘薬、戻時草(らいじそう)』っていう薬草について書いてあるんだ」


 伊月は、素早く顔を上げながら尋ねた。


「『人の時を止める』って……それって、不老不死の薬ってことですか?」


 伊月の問いかけに、巧はペラリと和紙をめくり、ある場所を差しながら言った。


「ここには『人の老いを止めることは出来たが、寿命を伸ばすことは出来なかった』と言うようなことが書かれている」


 (人の老いは止められるけど、寿命は伸ばせない?? 人は老いるから死ぬと思っていたが、違うのだろうか?)


 伊月が、さらに首を傾けていると、巧が冷静に言った。


「ここに書いてある、薬草の効果を見ると、恐らく、強力な解毒効果により、肉体の免疫力を高め、人の修復能力を極限まで高める効果のある薬草なんじゃないかって思っているんだけど……」


 伊月は、「へぇ~」話を聞きながら、背中に汗を流していた。


 なぜこんな話を自分にするのか?

 そんなの、理由なんて、一つしかない。


 伊月は、チラリと自分の腕時計を見た。

 すでに就業時間は終わった。だが、どうやら、まだ帰れないようだ。今日も残業なることが決定した瞬間だった。


(ああ、ビールとお弁当……食べたかった……)


 伊月は、心の中で涙を流しながら、話の続きを聞いたのだった。








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