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社畜伊月の日常


「お~~いっつも凄い荷物だな~~頑張れよ~~」


「ああ、ありがとうな~~」


 就業時間もそろそろ終わりに近づき、皆が時計を気にするようになった頃。

 高く積み上げらた段ボール箱が、荷台で運ばれていた。

 あまりに高く積みあがってるので、廊下ですれ違う人々は、皆、心配そうにその光景を見ていた。荷台は『商品開発部』と書かれた場所の前で止り、扉の前のインターフォンを押した。


伊月(いづき)です。頼まれていた物をお持ちいたしました」


 自動で扉が開いた。伊月は、荷台を中に運び入れた。


「お疲れ様です。こちらの書類の品が、全て揃いましたので、ご確認を願いいたします」


 伊月(いづき) 宗近(むねちか)は、寝不足でクマの出来た疲れた顔で、荷台を置くと書類を差し出しながら言った。


 伊月は、25歳。身長163センチ。

 元々、目の大きな伊月だが、黒髪で小顔なので、さらに目が大きく見える。そのため、コンビニでお酒買おうとしても、コンビニ店員に眉を寄せられ、身分証明書の提示を求められる。よく言えば、とても若く見える。別の言い方をすると、童顔だとも言える。スーツも似合わないと言われるので、幼い頃から通っている剣術道場に今でも定期的に足を運び、身体だけでも鍛えて、スーツを着ても浮かないように努力している。


 そんな伊月は、化粧品会社の業界大手でもある『カスカータ』の開発サポート部に在籍している。化粧品会社の心臓部であり、花形部門の商品開発部を支える部署と言えば、聞こえはいいが、つまりは、商品開発部の雑用係だといえる部署だった。

 今回だって、『モリンガ』と呼ばれる植物の葉を産地違いで集めて欲しいという地味に大変な依頼を受けて、もう1週間ほど、毎日残業している。


「産地違いのモリンガを36種類……本当に揃えちゃったんですね……お疲れ様でした」


 美人で有名な商品開発部の、野宮(のみや) 莉奈(りな)が同情を隠せない表情で伊月を労った。

 きっと野宮のことをあまり知らない男性からは、野宮から言葉をかけてもらえることを、羨ましがられるだろうが、伊月は、よくこの商品開発部に通っているので、野宮の本性をよく知っている。だから、できるだけ野宮とは関わらないようにしている。 

 伊月は、そそくさと「では、これで」と商品開発部を去ろうとした。

 だがそれは、いつも伊月を困らせるある人物に、後ろから肩を組まれたことにより阻まれてしまった。


「伊月さぁ~~ん。おお~~モリンガ、手に入ったんだ~~。ありがと~~!! じゃあ、次は……」


 伊月は、自分の肩に馴れ馴れしく手を置いている男に向かって、溜息を付きながら自分に乗せられている男の腕を下ろしながら言った。


「巧さん……耳元で大声出さないで下さい、寝不足なので、頭に響きます。後、離れて下さい」


 鳴滝(なるたき) (たくみ)。28歳。

 色素の薄い髪に、黒縁眼鏡。背が高く、本人は170センチくらいと言っているが、187センチだという学生時代バレーボールをしていたという営業の高橋と並んでも大差ないので、きっと180センチはあるだろう。いつも白衣を着て、無精ひげを生やしている。この会社の母体である鳴滝グループの会長の6男で、この商品開発部のエースと言える存在だった。


 伊月はそんな男を苗字ではなく、名前の方で『巧さん』と呼んでいる。本来なら『鳴滝さん』と苗字で呼びたいのだが、ここは鳴滝グループ内の会社なので、社長と専務が鳴滝という苗字なのだ。だからなのか、巧は、伊月や、商品開発部のメンバーには、『自分のことは巧と名前で呼んでほしい』と言っていたのだ。

 

「え~~俺と、伊月さんの仲じゃないですか、互いの電場を揺さぶり合いましょうよ~~」


 巧が意味のわからない親密さを表現する言葉を使ったが、誤解はしないでほしい。伊月と巧は、ただの会社が同じというだけの関係だ。特別にお互いの関係に、名前が付くような仲というわけではない。


 巧の距離感は少しおかしくて、伊沢も始めは驚いたが、毎回なのでもう注意するのも疲れてしまった。しかも、会話の意味がよくわからないこともあるが、その辺りは、流すことにしている。説明されても、高度過ぎて、意味がわからないことが多いのだ。天才だと言われている巧の頭の中は、凡人には理解が難しいことも多い。

 そのため、巧の要望に答えるのは、かなり大変だ。だから、開発サポート部のメンバーは誰もやりたがらない。その結果、真面目な伊月がいつも担当して、今では、伊月は『巧さん担当』と思われている。実際、伊月は常に巧からの要望に答えてばかりいるので、担当と言われても否定するのは難しいのだが……


「……巧さん。何か御用ですか?」


 伊月が、肩を落としながら尋ねると巧は、無邪気な笑顔で言った。


「ああ~~実は伊月さんにお願いが……」


 伊月は時計をチラリと見た。就業時間終了まであと10分だ。久しぶりに定時で帰れると思っていたが、そうはいかないようだ。最近は、いつもコンビニのお弁当だった。コンビニのお弁当に不満があるわけではない。むしろ、伊月はコンビニのお弁当に生かされている。だが、たまには、行きつけのスーパーのお弁当が食べたいと思っていたのだ。それに、スーパーで、インスタント味噌汁も買いだめしたし、醤油もほしい。欲を言うと、星の輝くビールを箱買いしたい。

 

(今日は、ビールと……久々にスーパートクエツの野菜も肉も乗せすぎデラックス弁当食べたいんだけどな……)


 伊月は、早く終わることを願って「わかりました。話をお伺いいたします」と言って、巧の話を聞くことにしたのだった。

 


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