カナと“食べすぎ保険”の奇跡
カナは、小さな体を大きく揺らしながら、今日も市場の片隅で果物やパンの香りに顔を近づけていた。
龍人族の末娘として生まれた彼女は、どこか好奇心旺盛で、何より“美味しいもの”を食べることが生きがいだった。
しかし、町の大人たちは時々困った顔をする。
「また食べすぎて、お腹こわしたのかい?」「薬代もバカにならないよ」と、からかわれ、心配され、時には叱られる。
(だって、美味しいものは、食べたいんだもん……)
寂しさと甘えん坊な気持ちが混ざり合い、カナは時折ひとりで泣く夜もあった。
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そんなある日、ギルドの前で“保険”というものを聞きつけたカナは、好奇心に導かれるままジロウの前へ駆け寄った。
「あなたが“保険”の人?」
ジロウは優しく微笑み、「どんな心配があるの?」と訊ねてくれる。
「いっぱい食べて、もしもお腹こわしたら……怖いの。でも、美味しいもの、いっぱい食べたい!」
ジロウは考え、そして真剣な眼差しで頷いた。
「なら、君のためだけの“食べすぎ保険”を作ろう。お腹を壊した時は、僕が薬を用意する。その代わり、ご飯を分けてくれた人にはちゃんと“ありがとう”を言うんだよ。それが契約条件だ」
カナはキラキラと目を輝かせ、コクリとうなずいた。
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数日後、カナは広場の屋台で大好物の焼き芋を頬張っていた。
ついつい食べすぎてしまい、案の定、お腹が痛くなってしまった。
(うぅ、やっぱり……)
涙目でうずくまったその時、カナの胸元で契約証書がやわらかく光りだした。
淡い虹色の光がカナの体を優しく包み、次第に痛みが引いていく――まるで母に抱きしめられたような温もり。
「……あれ?もう、お腹痛くない!」
周囲の大人たちも驚き、カナは顔を上げてジロウの姿を探す。
ジロウは少し離れた場所から優しく手を振っていた。
カナは走り寄り、大きな声で言った。
「ありがとう、ジロ兄!わたし、ちゃんと“ありがとう”も言ったよ!」
嬉しさと安心が胸いっぱいに広がる。
誰かに守られているという実感、そして自分の願いを大切に思ってくれる人がいる――
それはカナにとって、かつて味わったことのない“心のごちそう”だった。
この瞬間から、カナの中に新しい絆が生まれた。
困った時はまたジロウに相談しよう――
そう決めたその笑顔は、屋台の焼き芋よりずっと甘く、あたたかいものだった。