第三章 契約の波紋、そして陰謀
ジロウの“保険”は冒険者ギルドを中心にじわじわと広がり始めていた。
「保険証書」が光るたび、人々は「もしかしたら」と希望を抱き、契約を求めてギルドを訪れる者が後を絶たなかった。
しかし一方で、町の有力商人や、一部の貴族たちがざわつき始めていた。
「なんだ、あの新参者。契約だの証書だの、町の金が外へ流れかねんぞ」
「どうせ詐欺まがいの手口だろう。調べておけ」
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ある日の午後、ギルドに不思議な少女が現れた。
白銀のツインテールに小さな角、紫の瞳が輝く――龍人族のカナだった。
「ねえ、あなたが“保険”ってやつをやってるの?」
まだ幼い声に、周囲の冒険者たちも思わず目を細める。
「そうだよ。興味があるのか?」
「うん!だって、お腹いっぱい食べたいし、もしも倒れちゃったら……怖いもん」
ジロウは少し考え、笑みを浮かべた。
「じゃあ“食べすぎ保険”を作ろう。お腹を壊したら、俺が薬を用意する。その代わり、ご飯を分けてくれた人にはちゃんと“ありがとう”を言うこと。これが契約条件だ」
カナは嬉しそうに大きく頷いた。契約証書が宙に現れ、淡い光に包まれる。ギルドの面々は驚き、興味津々で契約書を覗き込む。
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その夜、ギルドに妙な気配が忍び寄る。
ジロウが帳簿を確認していると、見慣れない足跡と書類の乱れに気づく。
「誰かが……俺の契約内容を調べた?」
不安を胸に、ジロウは契約証書を確認し直す。すると、一枚――見覚えのない署名が紛れ込んでいた。
その名は「カズマ・ザイト」。かつての現世のライバル、そしてこの世界でも名うての若き貴族だった。
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翌日、町外れの広場にて――
カズマ・ザイトが現れる。漆黒の髪、鋭い金色の目。堂々たる立ち姿に、周囲が息を呑む。
「なるほど……“保険”か。ジロウ、お前らしいビジネスだな」
「カズマ……やっぱり、ここでもライバルかよ」
「勘違いするな。お前のやり方は見事だが、俺は俺で“契約”のルールを変えてやる。
“保険”が浸透すればするほど、リスクも社会も変質する。自分の作ったシステムに呑み込まれないようにな」
カズマは意味深な微笑を残し、去っていった。
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ジロウは夜、ギルドの窓から町を見下ろす。
手元には光る契約証書と、レムが差し出してくれた小さな包み、ユイが作った花の髪飾り、カナがくれた手作りクッキー。
「守りたいものがある人間は、強くなる。
――俺の“保険”は、信じてくれる仲間のためにある」
ふと気づけば、冒険者たちの中で“保険”が日常の話題となり、
家族を想う父親、仲間を支える友人、夢を追う若者たちが新たな契約を求めてギルドに集まっていた。
その中、闇に紛れて遠くからひとりの少女――
魔王セラが、静かにジロウを見つめていた。
「安心、か……。くだらないが、少しは興味が湧いてきたわ」
新たな契約、新たな仲間、そして新たな陰謀――
ジロウの“営業”は、世界を変え始めていた。