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1話

魂無し


山の中から煙が吹き上がる。

薪の焼ける匂いがした。

小さな村がそこにはあった。


「おい、またこの村の近くに魔物が出たらしいぜ」

「大丈夫だろ」

「何せ俺たちの二ニア村には、ソウラーがついてるからな」


村人達の声は軽く、活気がある。

危機感はない。

安心しているのか、信頼しているのか。

やがて、幾人かの若者達が現れた。


ソウラー。


魂を具現化した武器、ソウルを振るう者。

中でも戦いに高い適性を持つ者は戦魂者ソウラーと呼ばれる。

強い戦魂者は人智を超えた力を持ち、まさに一騎当千。

ある者は稲妻を喚び大地を吹き飛ばし、あるも者は火炎を吹き出し鋼鉄すら焼き払う。

それが戦魂者なのだ。

世界中に魔物が跳梁跋扈する昨今、優秀な戦魂者は集落の防衛を担う主戦力となっている。


「おい、帰ったぜ」


若者達の中央から一際体躯の巨きな青年が、まさに体格に相応しい声をあげる。

無造作に蓄えた金髪はまるで獅子の立髪のようだ。


「おお、エンヴィル。戻ったか。どうだった?」

「ご覧の通りさ、ホラよ」


エンヴィルと呼ばれた青年は無造作に、抱えていたものを放り投げた。

どすり、と重たいそれは、死してなお異様な雰囲気を放つ、熊に類似した魔物の首だった。

首元は焼け焦げており、それは死して尚鋭い牙を光らせ、今にも飛び掛からんとして見えた。



「まあ大したことはなかったぜ。まあ、俺たちがそれだけ強いからってことなんだが」


言いながら、エンヴィルは村人達の中の一人の青年に近づいていく。


「見ろよ、オイ。すげぇだろ?」


エンヴィルはニヤニヤと笑いながら、青年に絡む。

青年は何も言わない。

青年は痩せ肉で、目は僅かに窪み、銀がかった髪はざんばらに伸びていた。

彼はただ俯き、じっと魔物を見つめている。

そんな様子を、エンヴィルは苛立たしげに一蹴した。


「大した魔物じゃなかったとはいったが、お前じゃ一生かかってもどうにもできなかったろうけどなぁ」


銀髪の青年は何も言わない。

そんな様子を見て、エンヴィルは一層声を荒げた。


「見ろって言ってるだろ? この役立たずの『魂無し』がよぉ!」


エンヴィルが青年を小突くと、青年は枯れ木のように吹き飛ばされた。


「へっ、やっぱ魂無しは弱っちいなあ。なあ、ゾード」


ゾードと呼ばれた青年は俯き、転んだまま何も言わない。

痛みさえ感じないように無反応だった。


「ちょっとエンヴィル。やりすぎよ」


若者の中から、一人の女性が歩み寄る。

非難し諌めるというより、遊んでいる子供を笑うような声だった。

その声に、無反応だったゾードは初めて僅かに顔を上げた。


「……グレシア」

「そんな顔しないでよ、ゾード」


グレシアはゾードから視線を逸らし、エンヴィルに抱きつく。

それをエンヴィルは見せつけるように抱きしめた。


「もう、今は昔と違うのよゾード。ソウルもなく、何の力にもなれない『魂無し』のあなたが悪いんだから」


ゾードは俯く。

更に深く、深く。


魂無し。

それはソウルを持たない落伍者。

ソウルの力がなくては魔物と戦えない。

ゾードには、何もない。

何も、出来ないのだ。




ゾードは自宅でベッドに横たわる。

粗末なあばら屋はどこか埃臭いが、ゾードは気にもせず伏し、昔を振り返っていた。




2年前。

聖歴298年、初夏。

文化の中心たる聖都から南西遠く離れた、山奥に位置する二ニア村。

この教会には、今年で15歳になる少年少女達が集まっていた。


「ようこそ。神の祝福の儀へ」


田舎の村には似つかわしくない、神官の厳かな声が響く。

今日は祝福を受ける日。

神聖国ソアより派遣された神官から、成人した者達がソウルを受け取る日であった。


「これより、祝福の儀を行う。呼ばれた者は前へ出て己がソウルと対話せよ」


少年少女達が順前に出て、祈りを捧げる。


斧のソウルを得た者や、農具のようなあまり戦に適さないソウルを得た者など様々であった。


「次。グレシア・ブリーシン」

「はい」


透き通る泉のような青髪の少女が立ち上がった。

グレシアは今年15歳になる、ゾードの隣に住む幼馴染。

両親を魔物に襲われ亡くしたゾードの唯一の「家族」であり、そして婚約者だった。


「いってくるね、ゾード。一緒にソウルを得て、この村のために頑張ろうね」

「ああ。頑張れよ」


ゾードは微笑み、握手し、そしてグレシアを見送る。

そんな二人を不満げに見やり、エンヴィルは揶揄した。


「へぼいソウルが来たりしてな。まあお似合いだけどよぉ」

「大丈夫よゾード。もしそんなことになったら私があなたも守ってあげるから、任せて」


エンヴィルは軽く舌打ちした。


「静粛に。グレシア・ブリーシン。御霊石に触れソウルと対話せよ」

「はい」


グレシアは神官の翳す聖なる球に触れる。

御霊石と呼ばれるそれに祈りを捧げることで、天より恩寵たるソウルを授かるのだ。


「汝は風氷を誘う牙、『ヴォルケン』なり。『魂よ産まれ出よ(ソウル・バース)』……!」


風が吹いた。

グレシアの手に風と氷が集められていく。

それは氷の結晶となり、やがて狼を象った短槍の形を成した。

神官は目を見開いた。


「自然現象を伴う武器型のソウル……まるで英雄のそれではないか。汝グレシアよ。そなたはソウルに選ばれたのだ。聖国ソアのため、世界のためその力を振るわんことを」


周囲にざわめきがおきる。

ゾードはそれを誇らしげに、エンヴィルは苛立たしげに見つめていた。


「おい、次は俺だ。いいよなっ?」


エンヴィルは神官に詰め寄る。

次の儀式が始まった。


「よかろう、エンヴィル・ニニアス。御霊石に触れソウルと対話せよ」

「俺のソウル……出て来やがれ。最高の俺に相応しい、最強のソウルッ!」

「おい、エンヴィル・ニニアス。雑念を捨て……むっ?」


エンヴィルが触れた御霊石からは灼熱のような光が迸る。

先程のグレシアとは逆に、爆風と炎が吹き荒れた。

それは集まり、やがて巨大な両手剣に変貌した。


「テメェは爆炎を纏う剣、『ボルガレオ』だな。『魂よ産まれ出よ(ソウル・バース)』……!」


名を与えられ、剣が炎の中から姿を現した。

それは炎を模した巨大な美術品のようでいて、同時に獅子の如き凶暴さを醸し出していた。


「これは……何という激しいソウル」

「ハッハッハ。気に入ったぜ」


エンヴィルはボルガレオを掲げると、周囲の温度が一気に跳ね上がった。

周囲は更に騒めく。

ソウルには「格」がある。

力の乏しい単なる道具、現象を引き起こす装置、強力な武器。

そして最上のものが今回のように「現象を引き起こすもの」だ。

それが二人も同時に。

片田舎の村として、これは異例のことだった。


「後はお前か、ゾード」

「頑張って、ゾード」  

「ああ、きっと、僕も……。父さん、母さん。僕にもソウルを」


ゾードは祈りを捧げた。

だが、何も起こらない。


「どうした、ゾード・メラガ。集中してソウルと対話するのだ」


ゾードは祈りを捧げ、何度も御霊石に触れた。

だが、何度やっても結果は同じ。

その後一刻が経過したが、それでも。

何の反応も起きることはなかった。


「……そんな、なんで、僕は!?」

「おおぉ、何ということ。神聖国建立以来初めてのことではないか。ゾード・メラガよ。そなたはなんのソウルにも選ばれなかった無能。言わば『魂無し』じゃ」


目を見開くグレシア。

腹を抱えて笑うエンヴィル。

どよめく周囲。

ゾードは今後、魂無しと呼ばれるようになる。

そして、この村の縁を失った。




魂分かれ


魂降しから一年が過ぎ、ゾードは16歳になっていた。

藁を運ぶ。

細身のゾードにとって、それは酷く重たい。

フラフラとしながら進んでいると、後ろから来た村人にぶつかった。


「邪魔だろうが、退けよ」

「うっ」


ゾードは村人に突き飛ばされ、背負っていた藁を散らしてしまう。


「チンタラするなよ魂無し。それ終わったら薪を切って来な。さっさとするんだよ」


村人は舌打ちしながら去っていく。

それを誰一人として咎めない。

起き上がるゾードに鈍痛が走った。

子供達が石を投げていたのだ。


「「やーい、魂無し。役立たずー!」」


嘲り、見下し、否定する。

今や村の全てがこうだ。

抵抗もせずゾードは去っていく。


両親のないゾードはその境遇にも負けず朗らかに、村のために尽力してきた。

学問にも秀で、時期村長の候補にもなっていた程だ。

そんな扱いは、もはやない。

魂無し。

村に貢献できない穀潰し。

そう扱われるようになった。


逆に評価を上げたのは、村長の孫でありながら嫌われていたエンヴィルだ。

彼は暴力的で、我儘で、村人からすれば表立って叱ることもできない立場にあった。

そんな彼を諌めていたのがゾードであり、その婚約者グレシアだった。

二人は仲睦まじく、そんな様子をエンヴィルはいつも恨めしげに見つめていたのだ。

そう、今までは。


だが魂降しの日以来、村人の視線は一変した。

ゾードは無能な魂無しとして、エンヴィルは最上のソウルを持つ戦魂者として。

魔物が跋扈し人間を襲う昨今、誰もがソウルを用いて魔物と戦う義務があった。


勿論、弱いソウルや戦いに向かないソウルは少なくない。

しかし、それでも可能な範囲で魔物退治に協力するのは義務である。

義務を果たせない者に居場所はなかった。

充分な食事も得られず、労働は負担を増し、彼は日に日に弱っていった。


作業を何とかこなし、ゾードはヨロヨロと帰宅した。

家。

そう呼ぶには見窄らしい小屋。

魂降しの日以来村八分となり、手入れらしい手入れもしてもらえず、それどころか足蹴にされ粗雑に扱われていたからだ。


「ふぅ……」


ゾードは帰宅するや、郵便物を探した。

孤独なゾードにとって、ここにはいないグレシアだけが唯一の救いだった。

グレシア達はよりソウルを使いこなすために神聖国ソアで修行をしているのだ。

……あの、エンヴィルと、一緒に。


「ちくしょう……なんで僕にはソウルがないんだ」


壁に怒りを叩きつけた。

血が滲み、痛みに涙が溢れた。

殴った手が痛いのではない。

孤独な心が痛いのだ。


辛い時はいつもグレシアがいた。

グレシアがいたから頑張れた。

そのグレシアからの手紙が来なくなって、もう数ヶ月。

ソアに行った最初のうちは三日に一度は手紙が来た。

それが週に一度になり、月に一度になり、やがてなくなった。


そして更に一年。

帰ってきたエンヴィルの傍には、グレシアの姿があった。

仲睦まじい二人の目に、ゾードの姿はない。

やがて、二人の婚約をゾードは知った。

知って、走った。


「グレシア!」

「ゾード……久しぶりね。でも、ごめんなさい。私、あなたとは結婚できないわ。だって……」

言葉が終わる前に、エンヴィルがその唇を塞ぐ。

グレシアは拒まない。


「よう、魂無し。報告しとくぜ。俺、グレシアと結婚するからな」


嘲笑うエンヴィル。

微笑むグレシア。

二人の目に、ゾードは映らない。


グレシアとの破局。

それは孤独なゾードを、本当の意味で独りきりにした。

それから一年、ゾードは抜け殻のように過ごすのだった。

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